一文物語365 2013年7月集

一文物語365 7月

一文物語

1

雪の結晶を撮った写真が表紙の本を買って自宅で開くと、本の間から雪の結晶をかたどった小さな紙が1枚落ちてきて、なんて素敵な1ページ目を演出してくる本なのだろうと感動したが、本の内容を思い出すことはなかった。

2

危険と苦難を乗り越え、夢にまでみた伝説の花を見つけて、手にしようとした瞬間、数多くの花びらは蝶となって飛び去った。

3

世界のはずれに住む身体が不自由で美しい少女に会いにくる者たちは、エメラルド色に輝く少女の目を覗き、自分の記憶を吸い取られるかわりに少女と一生見つめ合っている記憶を最後にうえつけてもらう。

4

鍵穴の形をした入り口に入ると、出された問題に正解しないと奥には進めないが、そこから引き下がることは簡単にはできる。

5

何も思わず、空を一方向に泳ぐ魚を眺めていると見知らぬ少女が手をつないできて、「みんなと一緒に行こう」と死者が流れ着く滝へ連れて行かれた。

6

今が見たくて、毎夜、少女は天体望遠鏡を覗いて遠くの星を望んでも、それは過去の光で絶望して、眠りにつくとまた太陽の光で目が覚める。

7

彼が弾くピアノに夢中の聴衆は、ピアノの中から浮かび上がる月に魅了されている。

8

これはなんでも割れるハンマーだよ、と友達に言って、自分の身の丈の倍はあるハンマーを持つ少女は、地面めがけてハンマーを振り下ろした。

9

雲に乗れる少女は、ラジオでひどい干ばつが起きていると聞いて、少女は雲に乗ってカモメに大海原の道案内を頼み、その地を目指した。

10

男は自分のアトリエの床に座り絵を眺め、家出中の女は森の中で倒木の上に座り動物たちに囲まれて、少女とその兄と犬は西の塔の部屋で夕日を望み、第二王女は大きな幻獣の上に横たわり静かに歌い、騎士の父と幼い娘は街灯の下のベンチで亡き母の写真を見つめ、人々はそれぞれの場所でやがて消える世界を待っていた。

11

晴れて雲ひとつないのに、土砂降りの雨が降ったが、空には海ができてそこで魚が泳ぎ、人々は空に向かって釣竿を振ってどこでも釣りができるようになった。

12

読んでいた本の字がバラバラと落ちて、自分の太ももの上で山になるとその中から、なんとベッドの上で泣いていた主人公の少女が現れた。

13

部屋のドアがガタガタと音を立ててドアの隙間から、彼女が逃げてきた世界に置き去りにした嫌な記憶が覗いたので、彼女はドアに背中を当てて全体重をかけ必死に押さ込んでいたが、力負けして、彼女はまた別の部屋に移動してドアの鍵を締めた。

14

老い先長くない老人は、長年積み重ねてきた研究資料がある小屋に孫ほどの少女を棲みつかせ、少女は面白がってその研究資料を勉強しているが、老人は人体を乗りかえる研究をしていたのである。

15

少女は誰もいない静かな草原で分厚い本を広げて読んでいると、気づいたら頭から花々が咲き、足は根となり土にうもり、数日、本を読んでいられたが、新しい本を取りに行くことはできなかった。

16

少女は、死が訪れるまで広がり続ける心のパズルを埋めるために、他人から本心のピースを奪い集めていると、色んな気持ちがあって楽しかったが、だんだんと気分は下がって黒くなり、結局自分のことだけを考えるようになった。

17

リゾート地のプールサイドに腰かけているグラマーな女は、脇に置いてあったグラスを手に取り、プールの水をすくって、その薄赤くなったグラスを見て微笑んだ。

18

夕日の沈んだ浜辺で想い人を忘れるために少女が歌っていると、ボロボロの帆船が出現し、稀人が少女を取り囲み、船へと案内していた。

19

発見された白骨死体は、話を聞いてみるとどうも骨休みをしていたらしい。

20

彼女はつぎはぎだらけの、ただまとっていただけの服を脱ぐと、身躯が輝きだし、上手く生き始めた。

21

氷の泉に願った青年は、薄氷の下の新しい自分を引き上げようとしていたが突然腕を掴まれ引き込まれそうになり、薄氷も割れて青年も冷水の泉に落ちたが、新しい青年だけが陸に戻った。

22

海水浴に来た見習いの魔道士が、海で一度はやってみたいと海割の魔法を練習し始め、師匠がこうやるんだと海割の見本を見せたら、ビーチの監視員に猛烈に怒られていた。

23

彼はところどころ起伏のある地を歩いていたが、食べるものはなく、仕方なく小さな穴に向かってそれを報告して、最後に「口を開けろ」と付け加えると、海の上で倒れている巨人は口を開き、彼はそこへ飛び込んだ。

24

海中を泳ぐウミガメを発見した女は、意地でも甲羅から手をはなさずにいると、息が切れて気を失ったが、次に目を覚ますと下半身は魚の尾に変わっていて、胸には縫われた痕があり、海中にいるにも関わらず苦しさを感じない。

25

背の高い姉は小さくなりたいと願い、妹は早く大きくなりたいと叫び、今が幸せであればと望んだ少女の目を妹が手で覆い隠し、手のひらに姉が座って少女の唇に触れている。

26

お手伝いの仕事を辞めたい若い女性は、伝書鳩小屋の前を箒で掃いていると、鳩が「わしがあんたをやとってやろうか」と言ってきたので「空は飛べないけど、あなたの代わりに雇われたのが私」と女性は言い返し、城壁に囲まれて女中をしている自分と姿を重ねた。

27

田舎街で有名な落書き少年は、死ぬまで街のいたるところに落書きをし、人々を悩ませたが、生まれ変わった時に恥じてもらおうと、その少年の顔岩が街の山に作られた。

28

青年は気づくと雲へと伸びる螺旋階段を上がっていて、息が上がることなく雲の上に到着すると一軒の家があり、その家の階段で地上に戻ることが出来たが、青年の姿に気づいてくれる者はいなかった。

29

時の番人で死期が近い老人は震えた手で明日の時計選びをしていると、老人に会うためせがれが急いでこっちに向かっていると聞いたので、老人は最後のわがままでゆっくり進む時計を選んだ。

30

年頃になった少女は自分をもっと知ると言い残し、自分の体のあらゆる部位をメジャーで数値化し、CGで、木彫りで、砂で、鉄で、自分と同じ分身を世界各地で生み出してきたが、次第に自分自身も形に残しておきたくなった少女は最後に、南極の氷の中で分身と同じポーズをとって眠りについた。

31

お互いに心がすけすけに見える二人が結婚し、何をするにもしゃべらず生活できていたが、ひとりが死んだ時、相手にはじめて声を荒げて抱きついた。

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