一文物語365 2013年12月集

一文物語365 12月

一文物語

1

彼は、合図があったら上か下のポタンを適当な時間押し続ける簡単な仕事をしているのだが、彼が目を覚ました時、無数の光の紐が天からつる下がっていて、一本を適当に選ぶと彼を乗せたエレベーターのように紐が下がり始め、今の場所に辿り着いた彼は他人の運命の位置を決める運命の紐を選んでいた。

2

天体観測をするのにいい機会だと彼女は、彗星が横切る姿を一目見ようと望遠鏡を覗いて、光の尾を長く伸ばして去っていく彗星を追っていると、どこかの星から望遠鏡を覗く誰かの目と目が合った。

3

カプセルホテルで、隣のカプセルから夜な夜なすすり泣きが聞こえてきたので、ちらっと覗いてみると着物を着たままの舞妓がうずくまっていたが、翌朝、まるで蝶のように自由の羽を広げて飛び出ていき、寝床には蛹の抜け殻のごとく着物が脱ぎ捨ててあった。

4

盗みに入った家の壁に飾ってある絵画の裏の狙っていた金庫を開けると、黄金に輝く金ではなく、生まれたばかりの赤ん坊がいて、盗っ人は自分も師にこうやって拾われて育てられたことを思い出し、赤ん坊を抱きかかえてその場をあとにした。

5

彼らが狙っているのは、彼女が奪われまいと宙に持ち上げている皿の、夕食にワインのお共にと背伸びをして買ったチーズで、結局泣きを見た彼女は、安いチーズに切り替えて以降、舌の肥えたネズミたちは現れなくなった。

6

女性のピンチに現れた白馬に乗った王子ともう一人の白馬に乗った王子が、どっちが女性を助けるかで揉めている。

7

黒い雲が覆い、罵声を浴びせるかの如く一瞬の光とともに雷鳴が轟く道筋の見えない野原で、人影が近い未来を先導するかのように上げている凧だけが、雲を裂くように青い空を見透かしていて、見たいのはそれであると、多くの人々は見上げている。

8

身の丈の3倍はある長い髪の彼女は、毎夜、風呂から上がると庭の木の枝に髪を広げるようにして引っ掛けて、この地に囚われた女を演じながら月を見上げ、髪をかわかしている。

9

旦那のいびきで眠れない日々を過ごす妻が、自分で旦那の口や鼻を抑えこむには抵抗があったため、悪気はなかったが軽い気持ちで悪魔に願ってみたはいいが、いびき以上に旦那は苦しみと抗いの唸りが激しくなってしまった。

10

毛を抜くたびに代々受け継いできた魂の叫び声が聞こえてくるが、たまに知らない女の名前を絶叫してそいつに騙されるなと訴えてくる。

11

山奥の塔にそれはそれは美人な女がいるらしく、会いに行った男はみな帰ってこないほどだと言うので会いに行くと、塔のいたるところに頭の吹き飛んだ男たちが転がっており、塔の女は確かに美人でもあり、すぐにキスを交わすと込み上げてくる興奮で男の頭が吹き飛んだ。

12

ウサギちゃんがポールダンスをしている。

13

数年放置していた紙袋の中を覗くと小人が黒く円い住居を築いてたので、数ヶ月後にまた覗いてみると、住居は天を向いた円筒になっていて、覗いたその顔目掛けて弾丸が発射されたが推進力が足らず、この住居人を始末して家を乗っ取る小人の夢はつい敗れ、紙袋ごと消滅した。

14

画家同士で結婚した夫婦がお互いの生身を愛することができず別居し、定期的に自画像を描いては送り合っている。

15

言葉じゃ伝えるのが恥ずかしいからと、彼女はテレビに心をつなぎ、彼への愛を表現した脳内映像を見せ、二人は別室へ去ると、そのテレビも住人への愛をアピールしようと、画面に自分の気持ちを処理している基板を夜な夜な映し続けた。

16

窓のない閉じ込められた部屋から脱出するには、唯一の扉を開けて出ればいいのだが、そこは竜の口が開いているため飛び込むわけにも行かず、しかし、竜の口の中が次第に乾き始めている。

17

人形作家は魂を込めて生み出した少女人形を誤って落としてしまい、石で出来た足は砕けてしまい、少女人形は大切にしてもらえていないと悲しみ、同時に魂など宿して欲しくなかったと怒りを覚え、恐怖で逃げる生みの親を少女は這いつくばって追いかけている。

18

めったに姿を見せず恐れられている少女の影は、尾が生え、角もあって、鋭い鎌を持っていると噂され、少女はうんざりしているが、その少女から噂をする人たちの影を見るとみんなその少女と同じ影をしている。

19

店頭で少女の魔女が自家製ハチミツを笑顔で売っているが、誰も買ってくれず、たちまち試食用の瓶には小虫が浮いて、少女は泣いていた。

20

医療用に開発された蝶々は、飛んで薬を運んでくれるが、現地に到着するまでに羽ばたかせた羽の勢いで薬を次々に落としていくので、次第に薬を求める人々が蝶々の出発地点に集まってきてしまう。

21

いらっしゃいませ、と来店客に条件反射のように言うと、ガオー、と軽い返事をし、それを見ていた店内の客達はいっせいに外へ逃げ、バケツを口からぶら下げて量り売りの水を買いに来たライオンに店員は真摯に対応した。

22

窓も出入り口もない浴槽で大工が死んでいたが、探偵は大工が設計図のミスに気づかず、浴槽の中で壁を建ててしまい自らを閉じ込めてしまったと推理し、発見した設計図を推理通りに探偵は修正している。

23

時間がくれば、レールの分岐点は自動的に進む方向に切り替えてくれて行き先を予め考える必要もないが、左の車輪と右の車輪の行きたい先が違うので、分岐点の直前で火花を散らすほどの喧嘩が行われている。

24

陽が沈む前から早めに眠って、夜、外のあちこちでパーンパーンと乾いた音が鳴って目が覚めた彼は、白い大きな袋の中身を笑顔で重念に確認し始めた。

25

先行き絶望しか見当たらない男は、両の手のシワを重ね合わせることで幸せになるおまじないを信用し、両の手の小指のつけ根に蝶番を整形術で埋め込んでいつでもしあわせになることができると思っていたが、手術経過を診てもらう際、看護師の手で触れてもらった感触が忘れられず、重ね合わせる手は自分の手ではないと後悔した。

26

年の瀬、彼女は髪をなでてもらえる手がなくなってしまったので、長かった髪をすっぱり切り落としてしまった。

27

世の中にあるすべての本を読み尽くした女は、すべての本を白紙にする魔法をかけて、教えを請うために人々が自分のところに押しかけてくるだろうと目論んでいたが、いっこうに人は来ず、世は本だけが情報源ではないと読んだ本に書いてあったことを思い出した。

28

少女をひと目見てしまうと誰でも惚れてしまうので、村外れの小屋に閉じ込めたが、少女の影は揺らぐ煙のような無臭の何かを辺りに広げていて、それを吸って少女を偏愛してしまう大人が続出している。

29

雪の降った日、早くして夫に先立たれたその妻は、ふと墓参りに行くと、墓の前で雪をかぶって座っている人がいたので、不気味に感じつつもそっと雪を振りはらうとそこには姿形はなかったが、妻はそこに向かって涙を流すほど笑いながら、雪を投げつけた。

30

仕事を納めたOLが、まだやり残したことがあると言って、機関銃に弾を込めて、争いを鎮めるために紛争地へ颯爽と駆けて行った。

31

荷物カバン一つ持ち、焼け残った村を背に生き残った少女二人は去り、お互いに相手が男だったら愛させるのにと思いつつも口にはせず、その夜、歩き疲れた身躯を重ね合わせて、閉じたまぶたから想いをこぼしながら、新たな日の出る時まで眠った。

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