一文物語365 2014年6月集

一文物語365 6月

一文物語

1

単身赴任をしている研究者は、妻から送られてくる手紙の中のよくわからない設計書を何枚も何枚も解読していくうちに、理論上人が住めそうな小さな星が出来上がったのだが、久しぶりに会った妻にその設計書は単なる料理のレシピだと聞かされた。

2

知ってか知らずか、屋敷の庭師によって整えられた木や葉は、病気がちの少女がいる部屋から見ると、風が吹くことでまるで外へ誘うように楽しそうに踊って見える。

3

一夜の締めくくりに愛を突き貫くように重なりあった彼女のために、朝、コーヒーを入れると、彼女は、一方的に撃ち抜かれた気持ちを味わってみるか、と言ってピストルを模した手をこちらに向けて、そして、コーヒーは冷めていった。

4

ある人への積年の恨みを特定されないように何百冊のノートに書き連ね、満月の夜にいっきに燃やすと、煙が月に反射して燃やしたはずの内容が写し出され、それを読んだ世界各国の人々が、よく言ってくれたと言わんばかりに、涙しながら拍手を送った。

5

あれこれ考えすぎている青年は、少し頭のなかを整理しようと、ゴミ箱をひっくり返すように頭を振り下げると、詰め込まれていたものがどんどん出てきて、部屋中が埋め尽くされて身動きがとれなくなってしまい、整理する方法論も頭のなかにはもうない。

6

女は明日の完璧な成功計画を立てて一日を終え、翌日も、さらに日を追っても明日の計画に一日を費やし続けて、実行しない日々を浪費している。

7

その湖に張った氷で、男たちがスケートをしても溶けないのに、女性が滑り始めた途端に氷が溶け始め、下心がすぐににじみ出る。

8

なかなか言葉で想いを伝えられないので、しばらく目を見つめ合っていると、相手が嬉しくなったのか涙を流したが、目が乾いたからという理由は伝わっていない。

9

愛を注ぐ唇を持った男は、数々の女にキスをしていったが、無理ヤリ愛を奪ったとして、避難を浴びることとなった。

10

ネギが嫌いだった奴が死んで、骸骨になってから味覚がないことを理由に畑のネギを噛み刻んで、食い散らかし回っている。

11

ねむいねむいとことあるごとに口にしていた男は、なんだかんだでねむってしまうことはなかったが、ある時、一度ねむりだしたら、二度と眠りから覚めることはなく、周囲の人たちは改めて自分の生活を見直し始めた。

12

ねむい、もう少しだけ、と何度かそんな呪文を繰り返して目が覚めると、彼女の体はベッドと一体化していて、ベッドを解体してやっと魔の睡眠から脱した。

13

嵐の夜、停電があったがすぐに復旧した翌朝、巨人が倒れた鉄塔の替わりになって電線をつないでくれていたが、巨人の体はプルプルしつつも、だいぶしびれを切らしている。

14

疲れた心を落ち着かせようと、溢れ広がる面白いコケを見ていたら、足元から迫り上がってきてコケに覆われそうになり、助けを呼ぼうと電話をかけたら、相手が電話口からコケが出てきたと慌てふためき、新種のコケを発見したのだと今ほど夢を見ていると思っていたい。

15

創造主の女性は、羽を生やした生命や金属体の生命など、新しい生命を創り出ししたある日、その生命体らが争い始め、世界が壊れつつある中、女は創造にミスがあったのかと設計書を見直したが誤りは見つからず、女自身にも危険が迫り、泣く泣く最後の切り札のリセットボタンを押して、何事もなかった世界で女性は銀行の窓口の仕事に就いた。

16

最近、肌荒れが酷くて、と世間体に合わせて繕った笑顔で悩みを言った女が、おもむろに糸と針を取り出し、破れかかった皮膚を縫い始めた。

17

荒れ狂った嵐の中に飛んでいってしまったお気に入りの傘を追いかけようとしたが、上を見上げると宙を埋め尽くすように傘がクルクルと咲き乱れ、嵐がやんだ途端、傘は枯れた花のごとく散り、槍のように落ちてきた。

18

入り組んだ路地の一角にあるほとんど人の姿を見ない小さな神社の前で、白い花嫁ドレスを着た女性が、もうこの世の者でなくてもいいから今すぐ結婚したい、と願かけていると、誰もいないのに肩を叩かれた。

19

川辺で昼寝をしていると、誰かが近くを通る足音がしたので目を開けると、歩いたところに足の平と指五本を模すように石が並んで、川の中から茂みに続いていた。

20

自然の風ではビクともしない村人たちだが、ふぅーっと優しく息を吹きかけただけで、力を奪われてたかのようにいっせいに倒れてしまう。

21

世界の崩壊も佳境に入った頃、一人残った世界の王女が占いをすると、滅亡と示され、王女以外誰もいない滅亡した世界を証明しようと、カメラを持って旅に出た。

22

私の歌を聞けと、ギターを持った少女が屋上で歌っていると、多くの人が集まりだして少女は気分良くなっていたが、何やら広く布を広げる人や少女の歌が気にくわないのか叫んでいる人もいて、さらに少女は気分が乗ってきたところで、背後から早まるなと声をかけられ、取り押さえたられた。

23

一向にまとまらない会議で、みんな机の下で貧乏揺すりをして、帰りたいと思っていると、足首から下だけが勝手に会議室からさっさと出て行ってしまった。

24

野道に落ちていた木の実を持ち帰って、割ってみると中から実の妖精が出てきて、これで数百年あなたは生きながらえる、と言うと、割れた実から凄まじい勢いで木が生え出してその中に取り込まれて、数百年後、木が枯れてやっと出ることができた。

25

すずめが一羽、誰もいない炎天下の公園で、出しっぱなしになった水道で思う存分水浴びをしている。

26

その女性がバイオリンを奏でると、草木がより緑を強く発し、蝶や鳥は舞い、風は音色に引き寄せられ、空の雲はその風に乗ってきて嵐を起こし、人々は耳を塞いで逃げ惑う。

27

男は一年間の旅を終えて家に戻ってくると明かりが灯り、見知らぬ女が住んでいて、女は旅途中の男と出会って忘れることができず、先回りしてその男の帰りを待っていた。

28

毎日一文しか喋らないやつが、記念日だからと言って、一文以上語ると、うるさい、句点はひとつだけだ、いろいろ多い、むしろ大丈夫か、と言われながら踏みつけられたり、心配されている。

29

下校時間になって、突然雨が降り出し、傘を持ってこなかったお化け屋敷に住んでいる少女の元に、片足で雨の中、傘が少女を迎えに来た。

30

何の問題も起きず、刻々と流れていく映像をただただ見ている警備員、カメラの向こうでいつの間にか巣作りをして、卵から羽化して餌をあげている仲睦まじい小鳥の親子を観察し、ここのところ癒やされている。

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一文物語365の本

2014年6月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。

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