一文物語365 2016年12月集

一文物語365 12月

一文物語

1

大地が雨風に侵食されて削られ、芸術的な丸るさを帯びるように、ただ普通でいたい青年も名前のない人々の辛辣な言葉に身を削られている。

一文物語365 挿絵 侵食でできた石

2

作家をタクシーに乗せ、どんな本を書いているのか聞いたら、突然タクシーに翼が生えて空を飛び、今までお客を送ることができなかった山の上や海の向こうに海の中、そしてグンと加速して隣の星へ、どんどんメーターも上がりドライバーも運転にやりがいを覚えたところで、信号が青に変わった。

一文物語365 挿絵 メーター

3

カフェの席でストローの吸いが悪いと中をのぞくと、小人が必死に吸われまいと手足をつっぱっているのを発見した女性は、もしいたら飲み込まないように気をつけて、と隣の人に伝えたら、ぎょっとされてしまった。

一文物語365 挿絵 ストローの中

4

箱の隙間から中をのぞくと、その箱をのぞいている自分の後ろ姿が見え、振り返ると目があった。

一文物語365 挿絵 箱の中

5

今にも沈みそうな幽霊船が港に姿を現し、骸骨船長が船を直したいとお宝を差し出してきて、それじゃ幽霊船にはならねぇべ、とは言いつつも船大工は要望に答え、後にその海域では夜霧の向こうで輝く幻の黄金船があると噂が立つようになった。

一文物語365 挿絵 帆船

6

彼は、今日の予僚を決めようとサイコロを振り、マス目を一つ進めると一回休みだったので、今日一日休むことにした。

一文物語365 挿絵 サイコロ

7

あ、透明人間だ、といった子どもが指を差している方を見ても何もいなかった。

一文物語365 挿絵 透明

8

塗り絵用の絵を依頼された色ぬりが好きな絵描きは、それでは自分が色を塗れないと激怒し、怒りを込めて力強く筆を握り、真っ黒に塗りつぶした絵を描き上げてやった。

一文物語365 挿絵 塗り絵

9

亡くなった父親が大事にしていたもう動かない腕時計は、電池式でもゼンマイ式でもなく、直してもらおうと娘が時計屋に持ち込むと、店主が奇妙に笑って、妖精のクロック・ワーカー式の時計だからその一族の妖精が内部に入って動かしてもらう必要がある、と森の住み家への地図を渡された。

一文物語365 挿絵 時計

10

炊きたてのごはんを壁にしたカレーライスダムが建造され、好きなところからみな食べ始めている。

一文物語365 挿絵 ダム

11

暖かくなって、少女は大樹の上で読書をしていると、鳥が近づいて鳴いてくるので、読むことに集中できない。

一文物語365 挿絵 木の上で読書

12

心配性の人が多い国では、ちょっと外出するときにでも、家から盗まれてはいけないとゴミの入ったゴミ箱を大事に持ち運んで、時にはご近所さんとおすすめ食品のパッケージゴミの見せ合いをしている。

一文物語365 挿絵 ゴミ箱

13

真夜中に眩しい光りを放つUFOから、数日間行方不明だった男が降りてきて、言葉を奪われてしまったかのように口を閉ざし、宇宙人との楽しい思い出は人類には刺激的で話す訳にはいかず、しかし時折り、自己紹介は大事だとつぶやいている。

一文物語365 挿絵 UFOの光

14

家族が待っている自分の家に入ろうと彼は、玄関の生体認証錠を解錠しようとすると、すでにあなたは家の中に存在しています、とメッセージが流れたその時、楽しそうに笑う一家の声が聞こえてきた。

一文物語365 挿絵 認証

15

独り身の若い彼女は、目の前に垂れてきたひと針の餌には目もくれず、最低三つの餌のついた仕掛け針にしか食いつかない。

一文物語365 挿絵 釣り糸の仕掛け

16

深海で行われたパーティーから泳ぎ上がってきた彼女は、網タイツを脱ぐとその中に魚が入っていて、ギョッとした。

一文物語365 挿絵 網タイツ

17

パワースポットの神社に慌てて駆け込んできた彼女は、愛が出てくるまでガチャポンを回しまくったが、すべて空で、お賽銭代わりだと自分に言い聞かせてその場を後にした。

一文物語365 挿絵 ガチャポンのケース

18

もうすぐなくなるトイレットペーパーの最後を引き出したら、大吉、と書いてあってうれしくなった。

一文物語365 挿絵 トイレットペーパー

19

くたくたに疲れよれた服は、物干し竿で風になびかれ、繊維からほどけ消えかかっている。

一文物語365 挿絵 シャツ

20

明るい場所でも光に隠れている闇を照らし出す闇電灯を人に向けると、その闇の中で地面を這いつくばる一匹の蟻が、灯りを嫌うように逃げ惑っている。

一文物語365 挿絵 懐中電灯

21

外は寒く、抱えては持ち運べないほどの大きな氷を押し滑らせて届け先に到着すると、氷は半分ほどの大きさにまで削られていたが、まるで彫刻されたかのように細かな毛並みまで再現された丸まった猫の形となっていた。

一文物語365 挿絵 氷

22

落ちかかって崖にしがみついているのがやっとの青年に、腹をすかせた大蛇が這い寄ってくる一方、悪魔が天から紐を垂らして捕まれと言ってくるが、青年は今もこれからも生きた心地を覚えない。

一文物語365 挿絵 蛇の舌と綱

23

数日前から世界各地の配送所で、たくさん物が入った白い袋を放置する赤服の人が続出している。

一文物語365 挿絵 袋

24

煙突が汚かったから去年は来てくれなかったのかと思って、掃除をし始めると、煙突の内部にすっぽりとはまって燻製となった遺体を発見した。

一文物語365 挿絵 煙突の煙

25

あぁ、と彼は排水口に妖精を流してしまい、汚水まみれにしては悪いとせめてもの償いとして、妖精がどこかに流れつくまで清い水を垂れ流しにしている。

一文物語365 挿絵 水道

26

広大な砂漠に雪が降り、食べ放題のバニラチョコレートアイスのような大地となった。

一文物語365 挿絵 砂漠

27

解剖医である父親は、よだれを垂らして待つ少女の前で、余り残ったフライドチキンをよく切れるナイフで丁寧に引き裂いて、肉を凝視し、焼き直すからもう少し待つようにと優しく言った。

一文物語365 挿絵 ナイフ

28

この星から住人への感謝の気持ちが送られることになり、突如、全世界のマンホールのフタが一斉に吹き飛んで、そこから巨大な花々が傘を開くように咲きほこった。

一文物語365 挿絵 マンホール

29

年の瀬の大掃除で出たゴミを収集所に出しに行った時、ゴミ袋に過去をめいいっぱいつめ込んだゴミを女性が出して行き、小さくまとめられた荷物を一つだけ持って彼女はその場から身軽に清々しくどこかへと去っていった。

一文物語365 挿絵 ゴミ袋

30

朝、出かけ前に霜柱をザクザクと踏み潰していると、世界のあちこちで複雑骨折をする人が続出する。

一文物語365 挿絵 折れる

31

最後の一人になった時、訪れた静けさの中で、後ろから、だーれだ、と目を隠された。

一文物語365 挿絵 目隠し
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一文物語365の本

2016年12月の一文物語は、手製本「海」に収録されています。

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一文物語365 12月

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