MENU
水輝亭ルーム
小説ルーム Novel Room
一文物語 One Sentence Story Room
ブログルーム Blog Room
素僕ルーム Naturally Room

プロフィール背景画像
水島一輝
小説家・ブロガー
当サイト『水輝亭』を運営している水島一輝(みずしー)です。

フリーランス/Webデザイナー・オンラインショップ運営経験/東京都在住

2018年末までの5年半、毎日一つ、一行だけで完結する一文物語を作り続けていました。
現在、当サイトでファンタジー小説を連載しています。

想像力が人生を豊かにするがモットー!
水島一輝をサポートできます!

第2話 村のドラゴン

1

 土埃が舞い上がる。
 大きな翼を羽ばたいて、一匹のドラゴンが目の前に降り立った。
 背中には人が乗っていた。

 竜の顔には、まるで馬を操るように、リードがくくりつけられていた。
 訓練されているのか、全く嫌がっている様子はない。
 近くに俺たち人がいるにもかかわらず、気にする素振りもなく大人しい。

 蒼みがかったドラゴンの背中からカーラの年齢とさほど変わらない女性が降りて来た。
 そして、ドラゴンの首元にくくりつけられている籠から冊子を取り出した。

「シンクレアという方のおうちは、どちらですか?」

 ヘルメットとゴーグルをした女性が、俺たちに声をかけて来た。

「シンクレアは、うちです」

 カーラが答えた。

「ロイヤルドラコ社の定期冊子のお届けです」

「ありがとうございます。今月は、いつもの方ではないんですね」

 カーラは、冊子を受け取りながら聞いた。

「このひと月だけ、私が臨時で担当させてもらっています。それでは、今後とも飛竜特空便をよろしくお願いします」

 配達屋の女性は、笑顔で軽く礼をして、走り飛んで竜の背中にまたがった。
 リードを握ると、ドラゴンが翼を広げた。一回二回と羽ばたくと、ドラゴンが浮かび上がった。
 また土煙が舞い上がり、三回四回目の羽ばたきで、ドラゴンは一気に上昇して行った。
 あっという間に、見上げるほど高くを飛んで行ってしまった。
 俺は、呆然とそれを見ているだけだった。

 ――まるでアニメや映画を見ているようだ。ん?

 青い空に一本の細い白い線が伸びていることに気づいた。
 飛行機雲かとも思ったが、その先頭が見当たらない。動いている飛行物体も確認できない
 白い線は、煙のように消えることはなく、ただずっとそこに白線としてあり続けている。

 ――あれは、一体……。

 ドガァーーー

 ドガーの鳴き声で、ハッと現実に戻される。
 とは言っても、ここが現実でドラゴンのいる世界であることに変わりなかった。

「ドガーが私たちを呼んでるみたい」

 カーラの足が一歩前に進む。合わせて俺も一歩足を前に出す。
 空の線については、あとで聞けばいいかと、俺は歩くことに集中した。

 体は、動かせば動かすほど、どんどん思うように動くようになる。
 これには驚くばかりだ――とは言っても、平均本来の体ではないのだが。
 筋肉が活性化されて、体自体が軽く感じられるようになってきて、力も入るようになっていった。
 平均以下の元の俺の体では、考えられないくらいだ。

 ドガーは、木の柵の向こう側で大人しく俺たちを待っていた。
 目の前に来ると、人の三倍は高く、ドラゴンの顔は見上げなければ伺うことができない。

 ドガァ

 ドガーが首を下げて、眼前にドラゴンの顔が現れる。
 少し開いた口から鋭い歯が見え、噛まれでもしたら、ひとたまりもない。
 それどころか、その口が開いたら、人間など簡単に丸飲みされる。
 右目は、縦に深い傷となって、閉じている。

 クキュー クキュー

 俺の背中にしがみついているファムの声は、怯えている。

 もし、何も知らないままこのドガーと鉢合わせでもしていたら、きっとチビっている。いや、卒倒しているかもしれない。
 カーラがそばで見てくれているとはいえ、俺は目の前の巨大なドラゴンに、体が錆びついたように固まってしまっている。

「ドガー、調子はどう?」

 カーラは声をかけて、ドガーの鼻先をやさしくなでている。
 ドガーの表情が和らいだように感じた。

「エヴァンもなでてあげて」

「えっ? いや、それは」

 反射的に俺はそう答えてしまった。

「ドガーは、私たちが子供の頃からここにずっといるのよ。もちろん、エヴァンのことも知っているわよ、ね」

 カーラがそう言うと、ドガーはまるで人の言葉がわかるかのように頷く仕草を見せた。

 俺は息を飲んで、重く感じる腕を上げ、ドガーの鼻先に触れた。
 表皮は、分厚いを感じ、でこぼことしている。ほんのり温かさも感じられた。
 俺が触れても嫌がりはしない。ホッとした束の間、ドガーが鼻息を吹いた。

「ぬあっ」

 俺は、すぐに手を引いて、自分の鼻に手を当てた。
 ドガーの息は臭かった。
 一方、カーラは、一つ嫌な顔を見せない。慣れか?

 しかし、どこか懐かしい匂いだと、感じた。

 ――ハッ、これは、この体の記憶……か?

 鼻息が止み、改めてドガーを見た。

「この右目は?」

 ドガーの右目は閉じられていて、傷口が表皮と一体化してしまっていて、すでに開けられない状態だった。

「昔、魔物が村を襲ってきたときに、ドガーが退治してくれたの。その時に負った傷。目も激しく傷つけられちゃって見えなくなっちゃってる」

「魔王が世界を支配している時に?」

「えぇ、そうよ。私たちがまだ子供の頃よ」

 カーラに言われても、その記憶は蘇って来なかった。

「魔物やドラゴンも魔王の力で、凶暴化しているものじゃないんですか?」

「少なくともアドヴェント村のドガーは、そうじゃないわ。ドガーは私たちのことをわかってくれているもの、ね」

 カーラは、ドガーに言うと、また軽くうなずく仕草を見せた。

 ――何度も声をかけられたドガーが、ただそれに反応しただけじゃないのか。

「ドラゴンの多くは、知性を持っているもの多いし、中には言葉をしゃべることのできるドラゴンもいるらしいわ。私はまだ、喋るドラゴンを見たことはないけど」

 もし、本当にいれば、面白い。
 しかし、カーラの言っていることは嘘のようには感じられなかった。

 ドガッ、ドガーーー

 突然、ドガーが首を上げて、後方に顔を向けた。
 静かに林の奥を見つめている。
 林は風を受けて、ただ葉を揺らしている。
 奥に何かいるのだろうか。
 俺は、ゴクリと唾を飲んだ。

 少しの間が空き、ドガーがドスンドスンと、勢いよく林の中に駆けて行く。
 方向転換して、長い尾がカーラと俺の頭上を通り、髪が激しくなびいた。

 勢いのあるドガーの尾にぶつかりもすれば、人間の体はいとも簡単に吹き飛ぶほどだ。
 一瞬、遅れて背筋が凍った。
 そして、激しく呼吸をする。呼吸するのを忘れていた。

「エヴァン、大丈夫?」

「ハァ、ハァ、だ、大丈夫です……」

 今になって心臓がバクバクしている。

 ――ここにいても、いつか同じようにドラゴンにひき殺されてしまうんじゃないか。

「奥の森に行ったみたいね」

 カーラは、ドガーが去っていった林を笑顔で見つめていた。

「森に?」

「林を抜けて小さな川を渡った先に森があるの。そこに魔物の気配を感じたんだと思う」

「魔物がいる? 魔王がいなくなったのに?」

「まだ時々出るの。魔王がいなくなって、世界を支配していた魔王の魔力は消えたけど、人の立ち入らない森や山、海にはまだ魔力が残り続けているみたい」

 ――まだ世界は完全には平和になってはいないのか。

「だからそこには、魔力を宿した魔物がいる」

 しかし、カーラの表情は依然と柔らかいままだ。
 いつ村を襲ってくるかもわからない魔物が近くにいるというのに、怯えてはいなかった。

「ドガーが村を守ってくれる。もし、魔物が村に近づいてきたら、追い払ってくれるの」

 ――まるで番犬のようだな。

 ドガーは、いいやつなんだなと思えた。
 元の世界で、何度番犬と仲良くなろうと手を出して、噛まれたことか。

 ククー

 ドガーがいなくなったことで、ファムが俺の周りを飛び始めた。

2

 それから家に戻って、昼食を迎えた。
 今までは、カーラやレナに食べさせてもらっていたが、腕や手も動くようになったので、自分で食べることにした。
 とは言っても、木製のスプーンやフォークを握るだけだ。簡単だ。

 しかし、カーラの作ったスープをスプーンですくった時だった。
 スプーンが簡単に折れてしまったのだ。

「あ、す、すみません」

 俺はすぐに謝った。
 今までに手に力を入れて物を壊すことなど一度もなかった。
 木製のスプーンとはいえは、握っただけでそう簡単に折れるものではない。

「そんなに謝らなくてもいいわ。スプーンはまだあるし」

 と、カーラは同じ木製のスプーンを渡してくれた。
 だが、握ると、また折れてしまった。

「え、あ、本当にごめんなさい」

 昼食の一口目が、遠い。
 結局、カーラに食べさせてもらうことになってしまった。
 カーラが同じようにスプーンを握るも、それは折れることはなかった。
 カーラが力いっぱい握っても少しばかりしなる程度で、折れる気配すらない。
 たまたま、渡された二本のスプーンの強度が弱かっただけなのか。

 いつまで赤ん坊のように食べさせてもらうのか。そんな自分が恥ずかしかった。

 昼食を終えた午後、俺の体、エヴァンの体は、ますます動くようになっていく。
 錆び付いたロボットに油が刺されたように。
 そこで、一つ感じることがあった。

 ――平均の体ではなく、エヴァンという勇者という体ということを。

 一人、林へ行った。
 ドガーは、いない。近寄ってくる気配はなかった。でも、なるべくすぐに表に出れる近い場所で、落ちた枝を拾った。
 枝をスプーンに見立てて握る。
 パキッと、わずかな力で折れてしまった。
 何度試しても同じだった。

 ――やっぱり、この勇者の体のせいだ。力が強すぎるんだ。

 そして、俺がまだこの体に慣れていないということがわかった。
 さすがにスプーンや食器を壊し続けることは避けたい。
 俺は、しばらく枝を折らずに握る練習を続けた。

 日が傾き始めて、林の中が少し暗くなり始めた。
 ダッダッダッ、と足音らしき地面を蹴る音が聞こえてきた。
 林の中からではなかったが、思わず、林から出てしまった。

 村から南に伸びる道から二頭のドラゴンがこちらにやってきた。
 後ろ足で二足歩行をし、前足は首元から人の腕のように短いドラゴン。
 背中には、二人ずつ人が乗っていた。

「あ、ゆうしゃだ~」
「ゆうしゃだ~」
 見知らぬ子供が俺に指を差す。

 まるで、乗馬をするかのように、子供が馬サイズのドラゴンを乗りこなしている。
 先頭のドラゴンの手綱を握っていたのはレナだった。
 俺は、ただ呆然と見上げるだけだった。

「お兄ぃちゃ――んんっ、バカ兄貴。外をほっつき歩いていいかのかよ」

 レナがドラゴンの背中から見下げて言った。

「だいぶ動けるようになったから歩く練習も兼ねて」

 レナたち村の子供は、少し離れた大きな村の学校に通っている。
 移動距離があるので、陸移動型の早乗りドラゴンで、毎日往復している。
 歩くとなると、かなり時間もかかるが、このドラゴンならかなり早いそうだ。

 俺がここで目を覚ました時、レナが隣村から医者を呼びに行った時も早かった。
 このドラゴンに乗って呼んで来てくれたのだ。

「ふーん、そう。記憶がないんだから、迷子にならないように気をつけてよ」

 昔の記憶がないからとはいえ、目覚めてからの記憶はしっかり残っている。

 その時、林の中から、ドスドスと何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
 林の中が騒がしく、鳥たちが悲鳴のような声をあげている。
 枝がバキバキと折れる音も次第に大きくなる。

 ――ドガーか?

 けたたましい咆哮とともに、ドガーよりさらにひと回り大きなドラゴンが姿を現した。
 目つきは鋭く、屈強の二脚で地に立つ赤い表皮のドラゴンは、まるでティラノザウルスのようだ。

 俺は、腰を抜かしてその場に尻餅をついた。
 自分の股間が濡れているのかどうかすら、考えている余裕はなかった。

 ――な、何で見るからに凶暴そうなドラゴンがっ、ドガーが守ってくれるんじゃなかったのかよ。

 突然現れたドラゴンに、早乗りドラゴンも驚いて村の奥へと突然走り出した。子供たちは悲鳴をあげつつもドラゴンにしがみついていた。
 だが、レナだけ早乗りドラゴンから振り落とされてしまった。

 地響きを立てながらドラゴンは近づいて、叫びながら大きな口が開く。

「ヒッ――」

 俺は、もう動けずにいた。

 ――く、食われるのか?

 ドラゴンは、俺の手前で片足を上げ、踏み潰そうとしてきた。
 フラッシュバックのように、トラックに引かれた時の記憶が蘇ってきた。

 ――あぁ、今度は、ドラゴンにッ。

 目をつぶり、とっさに腕を前に出して自分をかばう。
 視界が暗くなった。
 もちろん目をつぶっているからだ。いや、昼間とはいえ、目をつぶっていても明るさは感じられるはず。

 ――あぁ、やっぱり、俺はまた死んだんだ?

 と、腕に何かが触れているのを感じ、そっと目を開けた。
 土や葉がこびりついたドラゴンの足の裏が目の前にあった。ひと突きされたら、体に大きなが空くほどの爪も見えた。
 しかし、俺は自分をかばおうとした腕だけで、そのドラゴンの足を受け止めていたのだ。

 足の重さをほとんど感じない。ただ肌に触れられているだけのようだった。

 俺は、その腕で、土埃が落ちてくるプルプルと震えるドラゴンの足を軽く押し返した。
 片足で立っていたドラゴンは、勢いよくバランスを崩して倒れてしまった。

「えっ」

 ――な、なんだ? ドラゴンが紙のように軽かったぞ。

「叫び声が聞こえてきたけど、何かあったの?」

 カーラの声だ。倒れたドラゴンを見て、すぐに悲鳴が上がる。
 村の住人が家から様子を見にくるも、状況を理解すると、すぐにドアを閉めてしまう。

 赤いドラゴンは、自分に何が起きたのわからずも、また身を立ち上がらせ、俺を視認する。
 今度は、その大きな口をあけたまま走り向かってきた。

「ハッ、カッ」

 俺は、その場から動くこともできず、また視界が暗くなった。
 自分の身に何が起きたのか考えていた俺は、気づけば、体半分ドラゴンの口の中だった。
 もう恐怖などを通り越して、何も考えられなかった。

 バキーン

 俺はドラゴンに噛み殺されたんだと思った。しかし、何の衝撃も感じなかった。

 遠くから女性や子供の悲鳴が響いてきた。
 すぐにその悲鳴と混じるように、悲痛なドラゴンの叫び声が俺の鼓膜をつんざいた。
 そして、俺はドラゴンの口の中から吐き落とされた。
 頭上のドラゴンの口元から、砕けちった歯の破片が落ちてきた。

 俺は、何が起きているのか理解できずにいた。

「エヴァン!」
「バカ兄貴!」

 その声で我に返った俺は、今さら逃げなきゃと思って、引き腰気味に立ち上がった。そして、逃げ腰なまま、走る構えを見せた。
 すると、前歯が不揃いに折れているドラゴンがビクリと驚き、後退りしていく。
 そして、さっきとは打って変わって、泣きべそをかくように弱々しい悲しい声をあげて林の中へ走り逃げていった。

「エヴァン、大丈夫?」

 カーラとレナが駆け寄ってきて、まざまざと俺の体を触って様子を見てきた。
 急に、異性に体を触られてしまっている俺の鼓動は、無駄に高鳴っている。

 ――ただ、体を見てもらっているだけなのに。

「痛みはないです。何も異常はありません」

 腕や足を動かしてみたが、普通に動く。

「良かったー。凶暴なドラゴンの顔を殴るなんて、さすが勇者ね」

「食べられたのかと思って、ホント、心配して損したぁ」

 仏頂面のレナが腕組みをして言った。

 様子を見ていた子供たちが、「ゆうしゃー」と言って駆け寄ってくる。
 家の中にいた村の住人たちも外に出てきて、集まってきた。

「ドラゴンを追い払ってくれて、ありがとう」
「さすが、勇者だね」
「目を覚ましてくれていなかったら、どうなっていたことか」
「良かった良かった」

 などと、俺はたくさんの声と笑顔を向けられた。
 しかし、俺は正直困ってしまった。

 ――俺は、何もしていない。俺は確実にドラゴンに食われていた。声を大にして言いたいが、言える雰囲気はない。

 いまさらだが、俺の股間は全く湿ってはいなかった。平均の体であれば、盛大にやらかし、笑い者にされていただろう。

 ――ドラゴンの力にも耐え得る体……勇者の体……

「勇者のエヴァンがいてくれて良かったよ。でも、こんな時にドガーはどこいっちゃったんだろうね」
「ほんとに、あんたがいてくれて良かったよ」
「今まで、あんな凶暴なドラゴンは出てこなかったのに……」

 と、老婦たちの川を聞いていると、俺の脳裏に突然、イメージが湧いた。
 森の中を彷徨い、空を飛ぶドラゴンを見つけて追いかける。
 川辺でドガーと対峙し、尾でドガーをふり叩いているところを。
 そして、早乗りドラゴンの音を聞きつけて林の中をかけているところを。

 ――なんだ、これは……さっきの赤いドラゴンの……でも、何でこんなイメージが……?

「――ァン。――エヴァン?」

 ハッと、カーラに振り返った。

「どうしたの? 家に戻るよ」

「あ、あの、カーラさん、ちょっと……」

3

 突然、頭の中に現れたイメージを伝えるべきか迷った。
 もともと記憶がなく、赤いドラゴンの視点の光景が見えたと伝えれば、本当に頭がおかしいと思われる。
 しかし、もしドガーが大怪我をしていたら、早く見つけて手当てをしてあげなければならない。

 ――そうしないと、俺がこの村を守らなければならなくなる。何度もあんな凶暴なドラゴンと戦うなんてできない。何度チビればいいことか。

 俺は、思い切って頭に湧いたイメージをカーラに伝えた。
 カーラは、最初こそ浮かない顔をしていた。
 ドガーがいないことを考えたカーラは、林を静かに見つめた。

 俺とカーラは、林に入りドガーを探した。
 林を抜けた先の川辺で、ドガーが倒れていた。
 声をかけると、幸いにも目を覚まして起き上がった。
 外見に大きな傷は見当たらなかった。
 だが、痛みがあるのか動きが少し鈍かった。
 川から少し離れたところにあるドガーの住処の大きな洞穴があった。
 そこに入るのを見届けた。

 村にドラゴンを診れる者はいない。
 町に行って、ドラゴンブリーダーを連れてくるしかないと言う。
 カーラは、次の休日に町に行こうと、決めた。

 その晩の夕食。
 村の家々で作られた料理が並べられた。
 昼間、ドラゴンを追い払ってくれたお礼だと言って、料理をお裾分けしてくれたのだ。
 ドラゴンが来てくれたら、また追い払ってくれというプレッシャーも残して。

 ここからいなくなりたいと、思った。
 だが、凶暴なドラゴンや魔物がまだ辺りにいるなら、ここを離れても危ない目に合うのには変わりない。

 ――あぁ、どうしたらいいんだ。

 その傍ら、テーブルの端に置かれた水を、ファムが飲んでいる。
 まるで、この家のペットのようだ。

 ――俺もペットのように、また寝込んで、世話してもらおうか。心苦しくてもうそんなことはできない。

 気を取り直して、スプーンを握った。
 夕食時にスプーンを折ったのは最初の一つだけだった。
 林で握る練習をした成果が出ていた。
 そう、この勇者の体は、平均の感覚で扱ってはならないとわかった。
 もともと平均以下の体だった俺であるが、自分で言っていて悲しいけど、エヴァンという勇者の体は、そんな弱力な俺でさえも、すごい力を出してしまうのだ。
 そう考えると、魔王を倒すという偉業を成し遂げた勇者というのもわかる。

 そんなことを考えていると、レナが素っ気なく声をかけてきた。

「学校の友達が、魔王を倒した勇者……うちのバカ兄貴を見たいって言ってるんだけど……」

 レナは、俺と目線を合わさず、横を見ていた。
 そこは壁しかない。

「私は、バカ兄貴が記憶をなくしているから、本当に魔王を倒したのか信憑性もないし、見るだけ損だって言ったんだけど」

 ――一理ある。それなら、見せなくていいよ。

「でも、見せて減るものじゃないし、今日、ドラゴンを追い返しちゃったすごい兄貴を見せてもいいかなって思ってもいて……」

 ――どっちなんだ?

「だから、明日、学校帰りに友達を連れてくることになってるから、どこにも行かないでね」

 レナが一人怒るように言い終える。
 カーラとカーラの母は、ふふっと微笑んで、食べ物を口に運んでいた。

「は、はい……」

 ――まったく俺の意見は聞いてはくれないんだな。

作品紹介・目次ページへ

この記事が気に入ったら
いいね または フォローしてね!

よかったらシェアしてね!