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水島一輝
小説家・ブロガー
当サイト『水輝亭』を運営している水島一輝(みずしー)です。

フリーランス/Webデザイナー・オンラインショップ運営経験/東京都在住

2018年末までの5年半、毎日一つ、一行だけで完結する一文物語を作り続けていました。
現在、当サイトでファンタジー小説を連載しています。

想像力が人生を豊かにするがモットー!
水島一輝をサポートできます!

第3話 火を吹くドラゴンと勇者

1

 早朝、俺はカーラとともにドラゴンたちの餌をやりに行った。
 カーラは、ほぼ毎日のこと。そして、村のドラゴンの管理を任されている。
 使用許可もカーラがまとめていた。

 俺の体も動くようになって、何か少しでもできることをしたかった。
 今まで、身の回りのお世話をずっとされっぱなしだった。動けずに申し訳ない気持ちばかりで、少しでも役に立ちたかった。

 日が昇り、村の奥の広場が照らされ始めている。
 広場の中央にある井戸で水をくむ。もちろん、俺は率先してくみ上げ、桶に流し入れる。
 広場の先に小屋がある。そこには、早乗りドラゴンが三頭いる。
 水の少なくなったドラゴンたちの水飲み場に流し入れると、ドラゴンたちは新鮮な水に口をつけた。

 小屋の脇に、飼料が置いてある場所があった。
 カーラは、藁のような、草のようなものを大雑把に抱えて、ドラゴンたちの餌場に置いて行った。
 そして、女性が抱えるには大きな樽の中から、少し荒い粉末状の飼料もドラゴンに与えた。

「草だけだと栄養も足りないから、栄養のある餌もあげるの」

 カーラは、手持ちのスコップで餌場に流し落とす。
 ドラゴンは草と一緒にパクパクと食べている。
 あっという間に食べ終わると、ドラゴンたちは声をあげた。

「もう少し食べたいって。エヴァンもあげてみて」

 俺は、両手で草をひとつかみして、そっとドラゴンに差し出した。草をパクパクと食べ、俺の手から草が引き抜かれていく。

 ――ドラゴンが俺の手から餌を食べている。

 俺の手を食べてしまうことはない。

「かわいいでしょう?」

 カーラがニコッと笑って見せた。

 ――その笑顔の方が、もっと可愛いです。

 口に出しては言えない。朝から何を考えているんだ。

「はい。とても人に懐いているんですね」

 あなたも私に。

「もちろんよ。ドラゴンは、愛情を注ぐと、しっかりそれに答えてくるの」

 ――ドラゴンは、か……。ん、愛情に答えてくれるってどういうことだ。

「あら、もう少しで樽の餌がなくなっちゃう。ロイヤルドラコの特売が終わる前に、買いに行かないと……」

 カーラは、飼料を整理しながら、ぶつぶつ言っていた。

「この村には、飛ぶドラゴンはいないんですか?」

 俺は、ふっと疑問に思ったことを聞いた。

「この村にはいない。というより、このフォイアー大陸には生息していないのよ」

「でも、配達に来たドラゴンには羽が生えていましたが」

「あれは、仕事をするために訓練されたワーカードラゴン。海を渡った先の大陸から連れて来られたドラゴンなの」

「飼っている人はいないんですか」

「んー、いるとは思うけど、この辺りにはいないかな。しつけや乗りこなすのも大変って聞くし、体も大きいから餌代もバカにならない。お金持ちの人が飼っていることが多い」

 ――なんだろう、すごいよくわかる気がする。

「ってことは、ファムもいずれは、大きくなるのか」

「そうだと思うけど……なんでか大きくならないのよね。愛情が少ないってわけじゃなさそうだし」

 ――まさか病気なのか? どこかに疾患があるなら、わからないでもない。

「町に餌を買いに行った時に、聞いてみましょう。ドガーの様子も見てもらえるように頼んでみましょう」

 それからドガーの餌の樽を抱えて、林の中を進む。
 日が昇るにつれて、木々の間から幾千の光が降り注いでいた。
 俺たちが洞窟の入り口に到着すると、ドガーが奥から姿を現した。

 ドガァァー

 思ったより覇気のない声だった。まだ、昨日受けた痛みが残っているようにも感じた。
 持ってきた餌をおくと、少しずつ口にしていった。

 家に戻り、俺たちも朝食をとった。
 レナは、俺に、家にいるようにと念を押すように言って、学校に出かけていった。
 そう言われても、俺がこの村以外に行くところなどない。

 昼間、カーラには、ゆっくりしていてと言われるも、落ち着かない。
 自分だけが何もしていないのは、周囲の人々に悪いと思ってしまう。
 体も動かせるようになったというのに、男がただ家でゆっくりしているとは、周りにどう思われるか……。

 カーラにくっついて、畑仕事を手伝う。と言っても、草をむしったり、良さそうな実を収穫させてもらった。

「勇者さんがせんでもええのに。働き者だの」

 畑作業をしていたおばあちゃんに言われる。

 やることはこれといって何もなく、まだ十分ある薪の薪割りをさせてもらった。
 斧というものを初めて持ったに等しい俺。
 勇者の体であることを意識して、ちょっと力を入れて斧を振り下ろした。
 薪が割れるどころか、薪を立てた台の幹すらも割ってしまった。
 二、三度力の抜き具合を試して、素直に薪だけを割ることができるようになった。
 大した力を入れずに斧を振り下ろすだけのなんて簡単な作業。

「病み上がりなのに、無理しなくていいよ」

 と、これまた隣家のお母さんが、笑顔で言ってくる。

 あっという間に、割る薪がなくなってしまった。
 一体は薪だらけで、拾う方が大変で、隣家の人たちが手伝ってくれてやっと片付いた。
 当面、薪割りの仕事がなくなってしまった。

 ――また新たに仕事を見つけなればいけない。今度は、薪用の木を切り倒してみるか。

 薪を割ったお礼に隣家のお母さんにお昼をご馳走になってしまった。
 一仕事できたこともあり、いつもより食事がおいしく感じられた。

 昼食をいただいてからは、何もすることがなくなってしまった。
 村を見て回ると言っても小一時間もかからない。
 広場を抜けた先は畑が広がり、その脇道を進むとまた林につながっている。
 だが、俺はそこまで行かなかった。
 林に近づいてまた凶暴なドラゴンと遭遇したくなかったからだ。
 次こそ、食べらてしまうかもしれない。

 ファムも一緒に俺のそばを飛んでくれている。
 だが、ファムはいうほど高く飛ぶことはない。自制しているのか、飛ぶ力がないのか。

 ファムが広げた翼は、俺の片腕に満たない。それでは猫ほどの大きさの体を持ち上げるには力不足なのだろうか。
 それとも、やはり何らかの疾患があって、体が大きくならないのだろうか。

 ――見ている限りは、元気そうなんだけどな……。

 村の散策を終えて、俺はカーラの家の前のベンチに座った。
 俺の膝の上には、猫のように体を丸めたファムがいる。
 寝息は聞こえないが、スヤスヤと寝ている。

 散歩中、ファムが飛ばずに俺の肩につかまってきて、それから肩から離れることがなかった。
 肩から離そうとしても、羽を広げて飛ぶことはせず、地面を歩くわけでもない。
 
 ――散歩嫌いの犬か。

 ゆっくりしていてと言われても、この何もしない時間がとても落ち着かない。
 元の世界で、仕事をしている時は、暇であることが悪だと、ずっと言われ続けてきた。

 ――こんなところで、のんびりしてていいのか。
 ――いや、ゆっくりしていての意味は、またドラゴンが現れたら退治してね、という意味が含まれているのではないか?

 ぐるぐると考えてしまう。だからといって、何かができるわけではない。
 何か勝手にやれば怒られてしまう。

 村のおばあちゃんが通りかかる。
 挨拶されるが、別に変な視線を村れるわけではない。大の大人が、日がな午後にベンチで寝っ転がっていてもだ。
 むしろ、和んだ笑顔を向けられる。
 その笑顔には、決してひがみなど含まれてはいない。
 俺は、笑顔を見ると、その意味を考えてしまう。笑顔に隠されたその真意を。
 でも、おばあちゃんの笑顔は、本当にただ笑顔で、含まれた何かはないと感じられた。

 おばあちゃんが去って、視線を空に向ける。
 青い空に白い線が一本伸びている。

 ――今日もある。昨日と全く同じだ。

 この世界の空には、白い線が模様として入っているのだろうか。
 ふと、手を伸ばして、つかんでみようとしたが、ただ空を握るだけだった。

 ククッ

 と、ファムが体を起こして、首を伸ばした。

 クキュー クキュー

 ファムは、村の道の先を見つめながら鳴いている。
 俺も体を起こして、その先を見た。

 ダッダッダッ、と足音がだんだん近づいてきていた。

2

 子供二人を乗せた早乗りドラゴンが一頭だけ帰ってきた。

「ゆうしゃ、すごいドラゴンが来るよ」

 子供たちは俺を見るなり、はしゃいで伝えてきた。

「すごいドラゴン?」

「そう、すごいドラゴン!」
「ドラゴン!」

 村の奥へ早乗りドラゴンを連れていく間も、子供たちの声は聞こえてきていた。

 ――レナが連れてくるのは、学校の友達じゃなかったっけ? 昨日のようになることはやめてほしい。

 それともレナの友達というのがドラゴンなのかと、考えをめぐらしていると、またファムが鳴き始めた。
 しかし、今度は翼を広げて、慌ただしく叫んでいるようだった。
 喜んでいる様子ではない。何かの危険を知らせるようだった。

 近づいてくる足音が、いつもより多く、重く響き渡ってきていた。
 レナと子供を乗せた早乗りドラゴンと、それと同じような種類で青みがかったドラゴンが二頭。
 レナと同い年くらいの男子二人と、女子二人がそれぞれ乗っていた。

 その後ろから早乗りドラゴンよりも一回り大きい四つ足のドラゴンがいた。
 まるで、トカゲを大きくしたようなドラゴンだ。
 早乗りドラゴンほど高さはないが、どの足も太く、丸太のようだ。短いが。
 顔も目つきもこの村では場違いなくらい強気な表情をしている。
 背中に乗っている少年が握るリードは、顔に繋がれている。そして、ドラゴンの口がしっかりと覆われて開けないように口輪がされていた。

 ――しつけされていんだろうけど、どう見ても危険なんじゃないのか、そのドラゴン。

 ククー

 ファムも俺の気持ちに同意しているかのように、俺の後ろ肩に隠れてしまった。

「お兄ぃ――じゃなかった。兄さん、外に出てくれたんだ」

 レナが早乗りドラゴンから降りて言ってきた。
 いつもの口調より、とてもやさしく丁寧だった。

「あぁ……」

 俺はちょっと戸惑いながら答えた。

「昨日伝えた学校の友達を連れてきたよ。世界を救った兄さんの姿をひと目見たいって」

 と、レナに言われたものの俺はどんな態度を取ればいいかわからなかった。
 ただその場に立ったまま、ドラゴンの背にまたがっているレナの友達を見た。
 その者たちの表情は、よろしくない。

 ――期待に答えらなかった時の空気。所詮、平均だ。

「兄さん病み上がりだし、記憶もまだ戻らずにいるから、戸惑っちゃうよね」

 レナが取り繕いながら俺を家に向かわせようとした。
 俺もこの場からされるならと、レナに従おうとした。

「レナ、ちょっと待てよ。昨日、村に出た凶暴なドラゴンを追い払ったの、本当か」

 声をかけてきたのは、四つ足のいかつい顔をしたドラゴンに乗っていた少年だった。
 彼はサッと降りて、リードを手の中で滑らせて、ドラゴンの顔のところまで歩いた。

「本当よ。ちゃんと見せたんだから、もういいでしょ」

「エヴァン・サンダーボルト・クリストフ。本当にそうなのか?」

 少年の視線が俺に向けられていたので、そうだと、頷いてみせた。

「ハーン、記憶がないからそう教え込まれたんだろ?」

 俺は頷いた。反射的に頷いてしまい、まずいと思ったが、もう遅かった。

「別に勇者じゃない人間でもいいわけだ。魔王の首とか、勇者の剣とかないのかよ、レナ」

「ないわよ。うちに連れてこられたときには、装備品とかはつけられていなかったから……」

 ――どこで魔王と戦ったのかは知らないが、意識を失った人間を運んでくるんだ。寝たきりの人間の装備品など邪魔だろう。なくて当然か……。

「それじゃ、試してみるしかないな。本物の勇者なのか。――おい」

 少年がそういうと、早乗りのドラゴンに乗っていた男子二人がドラゴンが降りた。
 そして、つかつかレナに近づてくる。

「ちょっ、ちょっと、何するのよ。離して」

 男子たちがレナの両腕をつかみ、レナを俺から引き離していく。
 だいぶ離れたところで止まるも、レナは捕まったまま。

「勇者なら、このくらいのことだったら動じることないんだろ」

 少年は、不敵な笑みを浮かべながら、ドラゴンの口輪を外した。

 ――おいおい、なぜ、わざわざそれを外す。

 口輪を外されると、ドラゴンの口がゆっくりと開く。
 ずっと閉じていたせいか、よだれの糸が上下に伸びていく。
 まるでシャバに出てきたかのような開放感張りに、最大に口が開いた。
 そして、ギザギザの歯を反射が見えるくらいにまた口が閉じる。

 ――嫌な予感がする。

 俺は、一度息を飲んだ。
 何かする予感だけがあるが、何がどうなるのか知る由もない。どうしよもない。
 体を動かそうにも、未知の不安に包まれて動けなくなってしまっていた。
 ついさっきまで、不自由なく体を動かせていたのに。

 少年は、ドラゴンの顔に繋がれているリードは握ったまま、そこから動く様子はない。

「やれっ! グリード!」

 少年は、ドラゴンの名前を呼び、リードをグッと揺らした。
 グリードは、息を大きく吸って、首を振り下ろすように口を開いた。
 喉奥から、真っ赤に燃える炎が吹き出した。

 俺の正面からは、炎の壁が一瞬で迫ってくるように見えていた。
 だが、そう見えたのも束の間、俺はその炎に飲み込まれてしまっていた。

 ――カーラは、飛ぶドラゴンは生息していない言っていたけど、火を吹くドラゴンはいるんだなっ!

 ――またここで俺は死ぬのか。今度は、ドラゴンの炎で焼かれて。

3

「おっ、おっ、お兄ちゃーーーん! ちょっと、離して! お兄ちゃんが……」

 レナの叫び声。

「やめて! せっかく目が覚めたのに死んじゃうなんて嫌。お兄ちゃんが死んじゃったら、私は一人になっちゃうの」

 レナの叫ぶ声。

「もう炎の中にいるわけがねーよ。勇者ならよけてっ――」

 バッ、シューン

 ドラゴンの炎が、衝撃波を受けて一瞬でかき消されてしまった。
 少年の威勢のいい声が詰まるように止まった。
 少年もグリードも口を開けたまま、固まってしまっている。

「――お兄ちゃんっ!」

 俺は、レナに泣きながら抱きつかれて、我に返った。

 ――俺は、炎の中にいたはずじゃ。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「え、あ、あぁ……」

 大丈夫もなにも、炎に包まれていたが、熱さも焼ける痛みすらも感じなかった。
 炎が俺を避けていたように見えていた。
 服の上に見えない薄い層があって、それに沿って炎が背後へと流れているようだった。
 背中にいたファムも炎を感じていた様子はまったくなかった。

 俺は、その炎の中で、反射的に手で炎を振り払った。
 そうしたら、向かってくる炎を切り裂くように突風がかき消した。
 炎の幕が消えると、目が点となった少年とドラゴンの姿が目に入り、レナに抱きつかれて、今に至った。

 少年は、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
 ドラゴンのリードから手が離れると、ドラゴンは後退りをしてから、一気に方向転換をしてどこかに走り去ってしまった。

「ちょっとー、騒がしいけど、どうかしたの?」

 カーラが騒ぎを聞きつけて、様子を見に家から出てきた。

「エヴァン? レナちゃん、どうしたの?」

 泣いているレナに気づいたカーラが駆け寄ってきた。

「お兄ちゃんが、ドラゴンの炎に包まれて、丸焦げに……」

「レナちゃん、落ちいて。エヴァンは大丈夫よ。丸焦げになんてなってないから、ね」

 カーラは、レナを落ち着かせつつ、辺りを見回した。

「なにがあったの?」

 火の粉、煙すらもなく、カーラは困惑の表情を見せる。
 俺は、起きたことをそのまま伝えた。
 カーラは少し眉間にシワを寄せて、理解し難いようだった。

「それで、エヴァンは、大丈夫なの?」

「はい。特には……」

「確かに服も焦げていないし、ファムも大丈夫そうね」

 ククー

 ファムは名前を呼ばれて反応した。甘える元気そうな声だ。

「おぉー、勇者、すげー」
「炎、まったくきいてねー。これは、本物だ」
「本物の勇者だ」

 と、今さっきまでレナを押さえ込んでいた男の子二人が、駆け寄ってきた。
 レナをどかし、俺をベタベタと触り始めた。

「ちょっと勝手に触れないでよ、私のお兄ちゃんに。あんたたち、なにしたかわかってるの?」

 レナが勢いよく男の子たちを突き放す。
 それでも彼らの表情は揺るぎなく、明るい笑顔で俺を見続けていた。

「勇者エヴァン様! 俺を勇者エヴァン様の弟子にしてください」

 腰を抜かしていた少年が駆け寄ってきて、俺の前でひざまづいて言った。

「えっ? 弟子?」

「俺も、勇者エヴァン様のように強くなりたいです」
「俺もなりたいです」
「俺も」

 同じく男の子二人も少年の隣に並んでひざまづき、頭を下げた。
 こんな光景を見るのは初めてだった。
 俺が誰かに頭を下げることは、脳味噌が前方に偏ってしまうのではないかと思えるほどあった。しかし、頭を下げられたことなどあっただろうか。

 ――こう頭を下げられるのって、悪い気がしない。でも……

「俺は、そんな弟子を取れるような人間じゃない。勇者の記憶がないから、申し訳ないけど……」

 俺は、そう答える他なかった。

「じゃぁ、記憶が戻ったら、弟子にしてくれますか?」

 火吹きドラゴンに乗っていた少年が顔を上げて言ってきた。

「そんなことさせるわけでないでしょ。ドラゴンの炎を浴びせようとするバカガキなんかを弟子にするわけないでしょ」

 レナが俺と少年たちの間に、仁王立ちで割って入る。

「う、うるさい。レナに聞いてるんじゃない。勇者エヴァン様にお願いしているんだ――先のご無礼は深く反省しています。本当にごめんなさい」

「「ごめんなさい」」
 少年たちは、声を合わせてさらに頭を下げ、おでこが地面とくっついていた。

「どんなに謝ったって、許されることじゃないんだから、ね、お兄ちゃん」

 レナが振り返って、俺を見つめてきた。

「うっ……」

 ――なぜ、そんな優しい目で見つめてくる? 昨日、俺になりふり構わず強引に話を進めていた勢いはどこへ行ったんだ?

「エヴァン。怪我もなかったことだし、こうして自分の過ちを認めて謝ってるから、許してあげるくらいはしてもいいんじゃない?」

 カーラがそっと耳打ちしてきた。
 俺は、確かにとも思えた。

「わかりました。もし、勇者の記憶が戻って、元の勇者がこのことを覚えていたら、弟子にするでいいかな」

 俺がそう言うと、顔を上げた少年たちの表情がみるみると、光輝くように笑顔になった。

「本当? ありがとうございます、勇者様」
「「ありがとうございます!」」

「「やったぁー!」」

 少年たちは肩を組んで喜んでいる。

「お兄ちゃん……」

 レナが少し弱い声を吐いた。
 自分の期待に答えてくれると思っていたのだろうか。

 でも、俺は少年たちの真っ直ぐな気持ちに答えたいと強く思えたのも事実だった。
 少年たちが俺を試す思惑を抜きに、勇者の力を目の当たりにして、男子が憧れを抱く気持ちを潰したくはなかった。

 ――エヴァン・サンダーボルト・クリストフ。先に一つ謝っておく。
 ――勝手な約束をしてしまって申し訳ない。しかし、あなたが、どんな方かは存じ上げないが、そういうことになったので、記憶を取り戻した暁には、少年たちの夢を叶えてやって欲しい。

 勇者の記憶が戻った時、平均たる俺の意識はどうなるかは知らない。考えたらゾッとすることは間違いない。
 だから、今は、考えないようにしておく。

「記憶が戻るまで、勇者様のお世話をしますから、なんなりと言ってください!」

 少年が俺をまっすぐに見つめて言った。

「ハァー? そんなことさせるわけないでしょ。カーラさんとこの私がいれば、お兄ちゃんのお世話は十分間に合ってるから、ね、お兄ちゃん?」

「必要になったその時は、頼むよ」

 俺は、嘘偽りなく答えた。

「えー、お兄ちゃん……そんなこと言ったら、こいつらまたつけ上がるよ。私がいれば、大丈夫でしょ、ね」

 レナは、俺の腕をつかんで駄々をこねるように揺さぶる。

「今、何か困っていることありますか?」
「「ありますか?」」

「ほら~、今は十分間に合ってるの――あんたたち、そんなことより、ドラゴン逃げちゃったけど、追いかけなくていいの?」

 レナが思い出したように言った。

「あっ、そうだった。まずい――もし、見つからなかったら、父ちゃんに怒られる。みんな探すの手伝ってくれ」

 少年は、ドラゴンが走り去って行った方向に、慌てて駆け出して行った。
 男の子二人も乗ってきた早乗りドラゴンで、少年を追いかけて行った。

 これでひと段落と、ふーっと、俺は息を吐いた。
 しかし、まだ視線を感じた。
 レナの友達女の子二人がそこに残っていた。彼女たちは、ずっと俺の方をチラチラと見たり、恥ずかしがるように見ていた。

「お兄ちゃんに惚れられたら、大変!」

 レナもそれに気づいて、二人の視線を遮るように駆けていって、帰るように促したようだった。
 レナが戻ってくると、もじもじしている。

「変なことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」

 と、俺は謝られた。
 もちろん俺は、許した。

 この日の夕食時、レナはせっせと夕食の手伝いをし、食事を並べたり、エヴァンを席に着かせたりする。
 そして、食べさせてあげようか、とも言い始めたが、俺は丁寧に断った。
 もう食器を壊したりはしないし、一人で食事はとれる。
 とはいえ、レナの気持ちは十分に伝わってきている。
 でも、その気持ちが向けられているのは、俺、平均ではなく、エヴァン・サンダーボルト・クリストフに。

 ――俺は、このまま記憶をなくしたエヴァンを演じ続けなければならないのだろうか。

 笑顔の満ちる彼女らの前で、自分のことを言えるはずはなかった。

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