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水島一輝
小説家・ブロガー
当サイト『水輝亭』を運営している水島一輝(みずしー)です。

フリーランス/Webデザイナー・オンラインショップ運営経験/東京都在住

2018年末までの5年半、毎日一つ、一行だけで完結する一文物語を作り続けていました。
現在、当サイトでファンタジー小説を連載しています。

想像力が人生を豊かにするがモットー!
水島一輝をサポートできます!

第5話 フレステットの町

1

 翌朝、まだ日が昇る前。
 空が白んできている外は、まだ空気が眠っているようで冷たくひんやりしていた。

 でも、俺の後ろ肩にファムがひっついていて、そこだけは暖かい。
 ファムは、まだ眠そうな目をしていた。

 早乗りドラゴンがいる小屋の隣から、大きな荷車を広場へ出した。
 荷台の両脇に大きな木の車輪が一つずつついている。
 カーラの指示のもと、餌小屋から空になった大きな樽を転がしながら、下がった荷台の後方から、樽を乗せていく。

「いつも女手だけだから、餌の買い出しは大変なの。行く時は軽いからまだいいんだけどね。今日はエヴァンがいてくれるから、本当に助かるわ」

 たかだか荷台に樽を転がし上げたくらいで褒められた俺は、カーラという笑顔の太陽光を浴びたように、朝からとてもいい気分になった。

 樽は、四つあるうちの二つ。
 カーラと一緒に、ロープでしっかり固定した。
 一本のロープをこっちとそっちで、調整し合うのは、まるで二人の気持ちを確かめ合うかのような初めての共同作業だった。

 そして、カーラは、二頭の早乗りドラゴンを小屋から連れ出してきた。

 ククー

 急にファムが俺の肩から飛び上がった。
 早乗りドラゴンに近づこうとするが、途中で旋回してすぐに俺のところに戻ってきた。

 二頭の早乗りドラゴンが顔を上げて、小さく鳴いた。

「おはようって、挨拶したのよね」

 カーラは、二頭のドラゴンに言った。
 そして、荷車の前に並ばせて、その場に止まらせておく。
 カーラは、ドラゴンと荷車の間を行ったり来たりして、荷車とドラゴンをロープで繋げている。

「な、何か手伝いますか?」

 俺は声をかけた。
 カーラは、笑顔で首を左右に振った。

「大丈夫よ。早乗りドラゴンで、荷車を引かせるのは初めてだから、ちょっと入念にね。いつもはドガーに荷車を繋げるんだけど、ドガーがあの状態だから」

「そうだったんですね」

 カーラは、ドラゴンと荷車がしっかり固定されているか確認する。

「うん、これで大丈夫そう。エヴァン、乗って。出発しよう」

「乗る?」

 ――そうか。早乗りドラゴンが二頭ということは、一人ずつ乗るということか。

 俺の心拍数は、急激に上がった。

「カ、カーラさん。私、馬にも乗ったことないので、ドラゴンに乗れるかどうか」

 上手くドラゴンに跨がれるのだろうか。仮にドラゴンにまたがることができたとして、それから手綱を引く……。
 すぐに落馬ならぬ落龍する光景が頭に浮かぶ。

「なに言ってるのよ。エヴァンは、荷台に乗ってていいわよ。ドラゴンには私が乗るから大丈夫よ。荷車の乗り心地は、あまりいいとは言えないけど」

 カーラは苦笑いした。

「いえ、大丈夫です」

 いつものように即、作り笑顔を見せてしまった。
 もちろん、乗り心地がいいに決まっている。でも、前世の癖で、本当の気持ちを見せてはいけないという習慣で、そんな表情を出してしまった。

 カーラは本当に、こんな俺をどこまでも心配して気遣ってくれていた。

 ――どんなに悪い乗り心地でも、あなたとならどこまでも行けそうです。

 そう言いたかった。

 俺は、荷台の左側から上がり、樽と樽の隙間に入り、ロープをつかんだ。
 前方が見えるように、樽の横から顔を出す。
 カーラは、二頭並んだ左側の早乗りドラゴンにひょいっと飛び上がって、ドラゴンの背にまたがった。

 彼女の背中は、勇者たる男の自分のより頼もしく思えた。そんな彼女が俺に振り返る。

「それじゃ、出発するね。しっかりつかまっててね」

 俺にだけ向けられる世界を包み込むような優しいその眼差しは、朝一番の日に照らされた。

 カーラは、自分が乗っているドラゴンと、右のドラゴンの手綱を両方握り、一度、大きく振るう。
 二頭の早乗りドラゴンは、同時に動き出す。
 少しして、ドラゴンとくくりつけけられた荷車のロープが、ピンと張って、荷車もゆっくり動き出す。

 木製の車輪が、硬い土の上をゴトゴトと回っていく。

 ク、クー

 ファムは俺の腹の上に回って、荷台のゆれに耐えていた。

 ひんやりとする空気が、静かに俺の頬を通り過ぎていく。
 村の広場を出て、まだ静かに眠っている家々の前をゆっくり通り過ぎていった。

2

 俺は、また緊張してきていた。
 直に荷台の振動が尻に響いて、すぐに耐えられなくなるという不安もあるが、それ以上に、この世界に来て、初めて村を出る。

 ――いったい、どんな世界が広がっているのだろうか。

 昨日も、レナの友達が火を吹くドラゴンを連れ来たばかり。まだ、人に飼われているからよかったものの、村を一歩出たら、そこら中に野生のドラゴンがいるのではないかと、考えてしまう。

 ――いけない。また、よくないことばかりの想像してしまっている。

 俺は、顔を左右に振って、前にいるカーラの背中を見つめた。
 カーラには一切怯えている様子はなかった。
 途中で野生のドラゴンが襲ってくることは考えづらい。

 村を出ても林の中を進み続ける。
 荷車がすれ違うくらいの道幅はあり、道として整備されている。
 整備といっても、元の世界のようにアスファルトが敷かれているわけではない。
 固められた土の道が、ただただ続いている。
 道があるだけで、安心感さえ感じられる。

 当然、真っ平ではなく、どちらかの車輪が上がったり下がったり、荷台の上では気を抜けない。
 時折、勢いよく石に乗り上げて、大きな衝撃も受け、ギシギシと樽と樽がぶつかり合うこともある。

 林を抜けると、自分の背丈ほどの草っ原が広がっていたり、また林に入ったりと、そんな田舎の光景が繰り返される。

 そして、急に空気が軽くなった。
 一気に周囲が開け、どこまでも見通せるほどの草原が広がる。
 ただただ真っ直ぐに伸びる道だとわかると、荷車の速度が速くなった。
 尻に直撃する振動は、細かく速くなったが、それを忘れさせる広々とした光景に、俺は目を奪われた。

 日が昇る空はどこまでも晴れていて、遠くにあるにもかかわらず大きい山が続いている。

 こんな広い大地と空を見たのは、いつぶりだろうか。
 平均の記憶には、満員電車と密集してそびえ立つビルの記憶しかない。

 元の世界にも探せば、こんなところはあったはずだ。
 しかし、何も考えずに、ただ目の前の仕事に忙殺され、世界になにがあるのか考えもしなかった。

 風の音が耳元で騒ぎ、ただただ広いだけの大地に、朝日が落ち広がっている。

 俺は、言葉が出ず、かわりに涙が出そうだった。
 すでに、数滴、横に飛んでいったかもしれない。

 ククー

 潤いすぎた視界に、ファムがこちらに顔を上げて見ているのが映っていた。

 ――なんだ、泣いている俺を心配してくれているのか。

 俺は、袖で涙を拭った時だった。

「あっ!」

 前方のカーラが一瞬、声を上げた。
 その声を聞いた時、俺が座っている側の荷車がガッタンと大きく跳ね上がったのだ。

「えっ、うわっ」

 俺と俺の腹の上にいたファムは、荷台の外へ放り出された。

 俺は、そのまま背中から地面に落ちた。

「お、フグッ」

 一瞬の衝撃から目を開くと、青空を背景に、ファムが円を描くように飛んでいた。

「エヴァン、大丈夫? エヴァン?」

 カーラが大慌てで駆け寄ってきた。
 すぐに俺は抱き起こされた。

「エヴァン? 大丈夫? 痛いところはある?」

 カーラは、何度も必死にそう問いかけてくる。
 石を上手く避けれなかったことに、責任を感じているのがその慌てふためきで、ひしひしと伝わってくる。

「エヴァン? エヴァン?」

 カーラは、俺の体を揺すり出した。

「あっ、だ、大丈夫です」

「すぐに返事をしてくれないから、また意識が飛んじゃったのかと思った」

 カーラは、全身から力が抜けるように、息を吐いた。
 俺は、安堵したカーラの表情をみて、すぐに立ち上がった。

「全然大丈夫です。痛いところもありませんし、ほら、この通り」

 その場で、足を交互に上げて、走る真似を見せた。

 ――さすが勇者の体だ。ちょっとやそっとの高さから落ちたくらいでは、傷ひとつなく、痛みすら感じないとは。

 ククー

 ファムが俺の肩に降りてきた。

「ふー、良かった。スピードに乗って、上手く石を避けれなかったの。ごめんなさい」

 カーラは、そう言いながら、俺の服についた土埃を優しくはたいてくれた。
 カーラの手の感触が服越しに伝わってくる。
 まるで自分が子供のようで恥ずかしくも、なんだか嬉しかった。

「少し休憩しましょうか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「お尻大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 これは強がりではなく、本当だった。荷車の振動こそ感じるものの、勇者の体はとても頑丈で、悠に耐えられている。

「もう少し行くと、川があるの。そこまで行って休憩しましょう」

「はい」

 俺は、道の先に止まっていた荷車まで歩いている間、広大な大地を見渡し続けた。

 餌を探しているのか、鳥が飛んでいる。
 見渡す限りは、空にも大地にもドラゴンはいない。

 こんな何もないところに置き去りにされたら、どう生きていけばいいかわからない。
 でも、村を出て、この雄大な大地を見て、俺の心はワクワクしている。

 ――こんな大地をドラゴンに乗って走ったり、雄大な空をドラゴンで飛べたら……。

 俺は、しっかりその光景を目に焼きつけ、荷車に乗った。

 少しして、石と土で作られた橋を渡った。
 早乗りドラゴンを連れて、川へ降りた。
 その水は透き通っていた。

 ドラゴンたちは、勢いよく水を飲む。
 カーラも水を両手ですくって飲んだ。
 俺も真似るようにして川の水を飲む。
 おいしかった。

 川のせせらぎを聞いたのはいつぶりなのか、俺はまったく思い出せない。
 太陽の光を浴びながら、自然と背伸びをした。

「エヴァン、やっばり荷台はつらいでしょ?」

 カーラが、まだ背伸び中の俺に聞いてきた。

「え、あ、いえ、大丈夫です。ちょっと伸びをしたくなっただけで」

「ほら、やっぱりつらいでしょ」

「えっ、あ、こ、これは……」

 俺はさっと両腕を下ろして気をつけをする。

「そうだ、エヴァンも早乗りドラゴンに乗ってみなよ」

「え、あ、いえ、私は荷台で、ホントに大丈夫です」

 ククー

 ファムもカーラの意見に賛同した。

 結局、強引にドラゴンに跨がることになってしまった。

「しっかり私に捕まってて、エヴァン」

「は、はい……」

 俺は、カーラの背後からカーラの腰に腕を回して、早乗りドラゴンに乗っていた。
 カーラが手綱を振った体の揺れ、カーラの体の温もりも自分の手を通して伝わってくる。
 ドラゴンの乗り心地がいいとは、今は言えない。

 ――女性とこんな接近して……腹部に手を回すなんて、初めてなんじゃ。女性って、こんなに……。

 村を出るときに見た誰よりも勇者のような背中が目の前にあり、カーラの髪がなびいて顔に当たる。
 だが、その背中と俺の腹の間にできた隙間に、ファムが丸まって居座っている。

 もし、ファムがここにいなければ、ぴったりと体を密着させることができただろうに。
 たぶん、そんなことはしないだろうけど。

 しかし、俺は、ただただ振り落とされないように、カーラの腰にしっかり捕まることしか考えていなかった。
 この体であれば、落ちて痛みを感じることはないのは理解していたが、落ちる恐怖にはまだ打ち勝つことはできていない。

「エ、エヴァン? ちょっと苦しいよ。少し力を緩めて……」

「あ、ごめんなさい……」

 クク

 ファムが笑ったように鳴いた。

3

「見えたわ。フレステットの町よ」

 カーラの声で、俺は視線をあげた。
 林を抜け、下った道の先に、森を背にした町が広がっているのが見えた。

 アドヴェント村に比べたら、比較にならないほど大きな町だ。
 それこそ、すごく発達しているわけではないが、ファンタジーゲームで言う、最初の大きな町のようだ。
 中世のヨーロッパ風で、高い建物はほとんどなく、民家も立ち並んで、煙突からは煙も昇っている。

 丘をいっきに下って、あっという間に町の入り口に着いた。
 町を囲う壁はないが、建物で町を囲っている。
 町の入り口に男性が二人立って、辺りを見回していた。しかし、兵士のように防具を身につけているわけでもなく、見張りにして頼りない。町に入る俺たちを引き留めようともしない。
 不審なところがなければ、自由に出入りができる状態なのだろうと思えた。

「ちょっと早く着いちゃったね。さすが、早乗りドラゴンね」

 お店が並ぶ広い中央通りをゆっくり進みながら、カーラは言った。

 ――ドガーだと、もっと遅い到着なのか。

 町は、朝支度を終えたところだった。これから日々の活動が始まろうとしていて、人々が徐々に外に出てきていた。
 見知らぬドラゴンが通りを歩いていても、誰も驚きはしない。
 ドラゴンに慣れている平和な町なのだろうと、俺は感じた。

「お店やってるかな」

 カーラの声は明るかった。
 中央通りのお店の多くは、これから店を開けて、準備するところも多かった。

「ここよ」

 カーラが手綱を引くと、ドラゴンの歩みは止まった。

「竜の巣穴・ファフニール?」

「そう。ドラゴンの餌や飼育用品、ドラゴンの飼育登録代行所もかねてるの。ここが村から一番近いドラゴンのお店よ」

 店名の書かれた看板には、樽から溢れる餌と並ぶドラゴンも一緒に、可愛らしく描かれている。
 見るからに、店構えは、ペット用品販売店だ。

 俺は、ドラゴンからずるずると降り、もう一度看板を見上げた。

 ――確かに、読める。

 知らない字面が並んでいるが、俺は明らかにそれが読めていた。

 ――エヴァンの体を通しているから、こっちの世界の文字は読めるのか。記憶がないと言うのに、字は読めてしまうのか。

 エヴァンは、頭をかいた。
 カーラは、地面から突き出す太い杭に、ドラゴンの首輪の紐をくくりつけた。

「さぁ、入りましょう」

「え、ドラゴンから目を離してしまって、大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫よ。紐を結びつけてあるし、うちの早乗りドラゴンはしつけてあるから」

 レナをはじめ、村の子供たちは、このドラゴンで学校に行って帰ってくる。
 授業を受けている間は、まさか、その辺で野放しにしておくことは考えにくい。
 
 この店同様、中央通りの各店店の前にも、同様の杭が立ち並んでいる。
 まるで、歩道と車道の境を表すような間隔であった。また、駐車スペースを表すかのように、地面に四角いタイルで囲ってある。
 早乗りドラゴンもそこに入るように、止められていた。

 ――ドラゴンパーキング、か。

 カランカラン、とドアに着いていたベルが鳴る。

「シグルズさん、おはようございます」

「おぉ、カーラちゃん、おはよう! 今日は早いねぇ」

 商品棚に商品を並べていた男が振り返った。

「今日はドガーを休ませてて、早乗りの方で来たの。そしたら、早く着いちゃって」

「ドガーは、病気なのかい?」

「いえ、村にドラゴンが紛れ込んできちゃって、その時に怪我をしちゃって」

「そうかい。アドヴェント村でもかい?」

「アドヴェント村でも?」

 カーラが首を傾げた。

「ここのところ、ここら辺の村で、見知らぬドラゴンが出たって話が相次いでいるんだよ。ここには、まだ出てないから、町のみんなもちょっと不安に感じていてね」

 その中年の男は、整えて伸ばされた髭を触って言った。

「そうなんですね。警戒しないとですね」

 世間話をする二人をよそに、俺は、どんな商品があるのか、店内を見て回る。
 革製の立派な首輪や鞍が多種多様あったり、大きな瓶に入れられた黄色い粉も並んでいた。
 その札は、『ロイヤルドラコ社製・栄養剤入りフード・陸生小型・幼ドラゴン向け』と書かれていた。

 ――栄養剤入りって、ドラゴンがペットのように飼われているってことか。

 その隣に、見ただけで高価だとわかるきらびやかなガラスに入った同じような商品があった。

『バビロニア社製 / 神話飼料シリーズ……』

 ロイヤルドラコ社製のものより、札に書かれた値段が高いことだけは読み取れた。

「あ、あなたは……」

 店主のシグルズが突然、声を張って、俺を大きく見開いた目で見つめる。

「勇者エヴァン・サンダーボルト・クリストフ」

 俺は何で名前を呼ばれたかわからず、ただシグルズを見ていた。

「カ、カーラちゃん?」

 シグルズは、カーラに振り返った。

「そうよ、エヴァンが目覚めたの」

「ほ、本物の、ゆ、勇者エヴァン、なのか?」

「えぇ、そうよ」

 シグルズは、興奮気味に俺に歩み寄ってきた。
 そして、その勢いのまま、俺の両手を取って合わせ、一方的な握手をするように何度も上下に手を揺すられた。

「勇者エヴァン、魔王から、町を、いや世界を救ってくれて、本当にありがとう。こうやって生きていられるのも、あなたのおかけだよ」

 言葉では言い足りないのか、シグルズの握る手の力は力強く、鼻息荒く、興奮がおさまらない。

「あ、い、いや……その……」

 俺、平均は、なんと答えていいのか戸惑い、チラッとカーラを苦笑して視線を送った。

「シグルズさん。実は、その――」

 カーラは、感謝興奮するシグルズに、目覚めたエヴァンの事情を説明した。
 要は、魔王を倒した今までの記憶がないことを。
 それを聞いたシグルズは、残念そうに俺をふたたび見た。

「そうか。それでも、魔王を倒したのは、あなただ。それは、世界のどこに行っても変わらない事実。いつか記憶が戻るといいね」

 シグルズは、落ち着いて言った。

 ククー

 俺の背中に止まっていたファムが肩越しに顔を出した。

「へー、さすが勇者だ。勇者はそうでないとな」

 シグルズは目から星が溢れるかのごとく、俺を愛おしく見つめていた。

「お、仕事をしないとな。カーラちゃん、いつもの餌だね。中樽3つ分ね」

 シグルズは、仕事の顔に戻り、カウンターに入った。

「今日は、樽は2つで、お願いします」

「ん? あ、そうだったか」

 シグルズは、書いていた注文票から顔を上げ、ガラス向こうで大人しく待っている早乗りドラゴンと荷車を見た。

 早乗りドラゴン二頭の力では、餌が入って重くなった樽二つ分しか引けないのだろう。ドガーの大きさなら、樽三つ分でも余裕そうだなと、俺は想像した。

「あと、ファム用の、あ、エヴァンのドラゴンの名前ね。あの子に少し栄養価の高い餌もお願いしたいんだけど、ブリーダーの方と相談してからでもいいかしら?」

「もちろん。もしかして、これからドラゴン・ガーデンに行くのかい?」

「えぇ。樽に餌を入れてもらう間に、行こうと思って」

「それなら、ここで待つといい。もう少ししたら納品に来るから」

「本当ですか、ありがとうございます」

 外が、ガヤガヤと騒がしい。
 本格的に町の店が開店営業を始めたのかと思って、俺は視線を店の外へ移す。
 店の前にゾロゾロと人が集まり出していた。
 彼らは、店外から中を見ている。

 ――カーラを見ているのだろうか?

 と、俺は外にいる人たちの視線を辿った。

 ――いや、どう見ても、俺に向けられている。

「魔王を倒した勇者がここにいるって、本当か?」

 しわくちゃな新聞を握った中年の男が、店の中に入ってきた。
 買い物とは全く関係ない言葉に、店内は静まりかえった。

 男は、すぐに俺の顔を見つけ、持っていた新聞に目を落とす。また、俺を見て、

「おぉ、確かに同じだ。本当に勇者エヴァンがここにいた」

 笑顔を俺に向けながら、男は歩み寄ってきた。そして、俺は手をつかまれ、無理矢理店の外へ連れ出された。

「えっ、ちょっと、へっ、あ、まっ、て……」

「「「 おぉー 」」」

 外で待ち構えていた観衆の声が上がり、視線がいっきに俺に集まった。
 観衆は、ひと目近くでみようと、じわじわと近づいてくる。

 取り囲まれそうになるその時だった。

 甲高い、女性の悲鳴が観衆の耳をつんざいた。

 一斉にその声の方向を向くと、上がっていた歓声は、女性と同じく恐怖にかられた声に変わった。

 こちらに向かってくる女性の後ろから、二足歩行の大きなドラゴンが大口を開けて追いかけてきていた。

 先日、村に現れ、俺を食い殺そうとしたドラゴンに似ていた。表皮もその時よりも赤く、かなり興奮気味だ。

 女性は、地面につまずき転び倒れた。
 そのままでは、女性は食べられてしまいそうだ。

 しかし、誰も助けようとはしない。人とドラゴンでは、勝ち目など、考えるまでもない。

 俺の心臓がドクンと強く打つと同時に唾を飲む。

 ――ど、どうする、俺。

「勇者なんだろ、なんとかしてくれよ」

 勇者勇者、という都合のいい言葉が飛び交っている。

「え、あ、いや、その、ちが――っ」

 俺は両腕を振って、全否定を試みる。

 何もできないまま、数人の男たちに背中を押され、ぐんぐんと群衆の中を進み、ドラゴンのいる方へ突き出された。

 遠くで俺の名前を呼ぶカーラの声が一瞬聞こえたが、姿を確認する余裕はなかった。

 俺は、転ばなかったものの、崩れた体勢を起こすと、ドラゴンと目が合った。

 大きく開いた口から、咆哮を浴びる。それは街中に響き、町はいっきに静まり返ってさらに緊張に包まれた。

 目の前には倒れて、恐怖で身動きが取れない女性がいる。

 ――ここで俺は逃げるのか。
 ――いや、ドラゴンに食われても平気だった。
 ――炎を吐かれても、火傷一つしないこの体だ。
 ――ちょっとやそっとのことで痛みも感じないんだ。

 俺の呼吸は荒くなっていた。
 それでも、恐怖と不安が俺を飲み込みかけて、体は震え出す。

 クククー

 ファムが俺の頭を尻尾で叩き、一直線にドラゴンに向かっていく。

 俺はとっさにファムを捕まえようと、手を伸ばすも届かない。

 ――この伸ばした手を何もせずに引っ込めるのか、俺は。

 ククー

 ファムの小さな鳴き声は、ドラゴンの叫び声に飲み込まれる。

 ――情けない。

 伸ばしたままの手を握りしめ、そのまま俺はドラゴンに向かって走り出した。

 ――もう、どうにでもなれ。

「うおぉーーーーーー」

 一歩二歩と地面を駆けた。

 自分が突風になったかのように、いっきにドラゴンとの間合いが詰まった。

 そのまま俺の拳は、ドラゴンの腹に食い込んだ。

 俺は、自分でも何が起こったのかわからなかった。

 次の瞬間、ドラゴンが吹き飛んで、地面を二度三度大きく跳ねていった。
 ドラゴンはすぐさま起き上がり、こちらを確認することなく、悲しい鳴き声をこぼしながら、町から走り出て行った。

 一瞬の静寂の後、一斉に上がった歓声が、空一面に響き渡った。

つづく

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