3-11.救いの羽 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
オアシスにたどり着いたほとりだったが、デフトの大群が待ち構え、包囲されてしまう。
所持する水は切れ、窮地に追い込まれて死を覚悟する。だが、ほとりを守る羽が羽ばたく……。
腐死の包囲
枯れ果てた木々が続き、奥へ進むにつれ、徐々に緑の葉をつけた木が並ぶオアシスに到着したほとり。
だが、そこには、まるでオアシスに入らせまいと、デフトたちが待ちかまえていた。一匹が咆哮を上げると、デフトたちがさらに集まってきてしまった。
あと水辺まで十歩もないところで、デフトに囲まれたほとりは、威嚇を込めて、勢いよく羽を広げた。
少しでもオアシスへの道が開ければと、羽を振り降ろして水を撃つ。
手前にいるデフトに撃ち終えて空になった空き瓶も投げつけるが、一切効き目はなかった。
「……とり……ほとり……」
マノンの声だった。
必死に近づこうとしているが、大群がマノンを阻んでいた。
赤い閃光がマノンを襲うデフトを遠ざけるも、どこからともなくデフトが、また集まりだす。
「ジョーズイージョーズイー」
言葉として聞き取れない低い声が、あちこちで呼応し合い始めた。まるで
大腐死蝶の姿がほとりの位置からも見えていた。
大腐死蝶の進行を止めるため、炎をまとったミズホが現れた。しかし、大腐死蝶と大きさがまるで違う。
浄火と聞いて、辺り一面を焼き尽くす炎を想像していた。しかし、あれでは、ミズホさんでさえも……。
「ジョーズイージョーズイー」
何重にもほとりを囲んだデフトが、奇妙な声を上げて、じわりじわりと、ほとりとの距離を縮めていく。
ほとりが羽を振って、立ち回っても怯えることも逃げもしない。
逆にほとりが死への恐怖を感じ、つま先、手先が冷えていく。
――結局、私はなんだったの。こんなところで私は。
ほとりは、死を覚悟するよりも、何も考えられなくってしまった。
動きの止まったほとりに、デフトがいっせいに飛びかかった。
もう意識すら手放してしまったかのように呆然と立ち尽くすほとり。
しかし、ほとりの水の羽が、彼女を包み込む。
ほとりは、自分が何をされているのかわからなかった。
意識を外にむけたほとりが目を開ける。
羽を開く。
体から黒い煙をあげて、いっせいに苦しんでいるデフトの姿がそこにはあった。
一体、何が起こっているのかわからなかった。
突然、背後から抱えられて、ほとりの体が浮かび上がった。
「ほとりさん、大丈夫ですか?」
それは、マノンの声ではなかった。
顔をあげると、オレンジ色の大きな羽を羽ばたかせるララだった。
救出作戦
ほとりは、夢を見ているようだった。
サーカス小屋に囚われていたまだ幼い蝶人とともに宙を飛んだあの時のように――。
しかし、そのララは、セリカ・ガルテンの制服を来て、しっかりほとりを抱え飛んでいる。
「ララ、どうしてここに?」
ほとりは目を覚ましたように驚いて聞いた。
四日も帰ってこないことを心配したユーリとララがほとりの様子を見に行くと、明日架に直訴。
明日架も二人に勝手に行かれては困るので、ピラミッド島の話を伝えた。そして、対腐死蝶の準備を整えて、ゲートをくぐって来たと、ララが説明した。
ユーリ、明日架、ツバメ、それにケイト、
辺りを見回している瞬間にも、ほとりを連れ逃げるララは、デフトに追い回される。ララの羽は、単に大きいだけでなくスピードも出て、たいていのデフトは追いついて来れない。
しかし、ララの速度に追いつい来るデフトが、ほとりの足をつかんで、ララはがくっと高度を落とした。
デフトがほとりの足をよじ登っていく。
数発の水弾がデフトに直撃。
ほとりの足からデフトが離れた。
「ほとり、大丈夫だった?」
「明日架先輩……、ありがとうございます」
正面からやってくて、頷く明日架とすれ違う。
「ララ、ほとりをゲートへ」
「はいっ」
明日架はララに指示を出し、そのままほとりを追ってくるデフトに向かって行き、水を撃つ。
ララは、オアシスの真ん中の島を目指して降下していく。
「ララ、このあとみんな、どうするの?」
「ほとりさんを救出したら、学園に戻ります」
――それでは、マノンとミズホさんが。
「ちょっと、しつこいー」
大群のデフトに追われているユーリの声だった。先頭のデフトを水弾で撃ち落としても、次々とデフトがユーリを追い回す。
生徒会の蝶人も逃げに回る他ない状況だった。
「ララ、ユーリや追われている人たちの方を回って」
「え?」
「デフトたちは、私を追って来るから。そしたら、私をオアシスに落として」
「でも」
「大丈夫!」
ほとりの水撃
ララは、ユーリに近づいていく。
ユーリを追っていたデフトが餌の臭いにきづいたかのようにほとりに、いっせいに向かい出す。
「ほとり?」
「ユーリ、大丈夫だから」
ララは、デフトの大群を追いつかれない程度に引きつけながら、別の大群に近づいては、デフトを引き連れていく。
ゲート一帯にいるデフトのほとんどは、ララを追っていた。
「ララ、降ろして。ララは、まだデフトに追われている人を助けに行って」
頷いたララはいっきに降下し、ほとりをオアシスに降ろして、再び飛び去る。
デフトの大群が、ほとりめがけて滑空してきた。
ほとりは、自分の羽をオアシスの水面を削るように交互に払い、向かってくるデフトにかけ始めた。まるで、消火放水のごとく、水が広がり飛んでいく。
水を全身に浴びたデフトたちは、次々と落下して、うめき声を上げながら体から黒い煙を発してもがいていた。
「ほとりー」
ユーリが降下してきて、ほとりは抱きつかれた。
「ユーリ、助けに来てくれてありがとう」
「無事でよかった。全然帰ってこないから、ララと心配してて」
「ごめんね、心配かけて」
「とにかく学園に戻ろう」
ユーリは、オアシスの真ん中にある島に向かって水の中を歩き出す。
しかし、ほとりはその場に立ったまま空を見上げた。ほとりに向かってくるデフトはいなくなり、空が明るくなったように思えた。
それは、大腐死蝶の前で進行を阻んでいたミズホのまとう炎が大きくなって、そこから発せられる強い光のせいもあった。
炎の中心のミズホは、真っ白な光に飲み込まれてしまっていて、見えなくなっていた。
大きさではまだ大腐死蝶には及ばないミズホの炎が、流れ星の尾を伸ばすようにして、大腐死蝶に向かって動き出した。
3-12.黒蝶の死