3-13.ナイアの奈落 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
セリカ・ガルテンに戻ってくるも、デフトが襲来する。明日架の指示のもとツバメが、ほとりを安全な場所へ。
しかし、ほとりは、ツバメの企みを聞かされ、奈落へ突き落とされる。
伏せられた理由
砂漠のゲート岩をくぐると、少し湿った空気が懐かしく感じられた。
爆発の影響か、ゲートの岩が斜めになって、完全に閉まりきらず、明日架はツバメに見張りを立てて監視するよう指示をした。
石庭の去り際に、一匹の蝶が岩の上に降り立つのをほとりは見た。
ララやユーリ、ケイトらは、セリカ・ガルテンのいつもの日常へ戻っていった。
ほとりとマノンは、生徒会室で、ピラミッド島での出来事を報告した。
そして、ほとりは、自分のルサルカの力を、最後の最後まで伝えるべきか迷った。しかし、隠しても意味はないと正直に告げた。
「そうか。気づいたミズホさんに聞かされたか」
明日架は、視線を落として静かに言った。
「予言の子と、ルサルカがどう関係あるんですか。なぜ、ルサルカ派ではなく、インボルク計画に引き入れたんですか」
ほとりは、思ったことを口にした。
明日架は、海の怒りを描いた青い絵に目を向けた。
大量の水が暴れて、ありとあらゆるものを破壊して流していくと、明日架が語った。水が去ったあとは、ただの残骸と無念さだけが残って、生きる気力すらなくなったと。
「二度と、そんな光景を見たくない」
明日架のその一言に、ほとりは黙った。明日架もここに来てしまった理由がある。
――だからって、インボルクの浄火がいいのか。
しかし、それぞれの過去や思いを完全にくみ取れていなかったほとりは、反論を口にはしなかった。
ほとりがルサルカの力を持つことは、今まで通り伏せることになり、インボルクの浄火を知るマノンは、清水級管理下扱いとなった。
マノンは、ただ静かに頷いただけだった。
その後、夕食まで、ほとりは部屋で休んでいた。
インボルク計画は、明日架が自分の理想水郷を作るために進めているもの。それは、ほとりの島ではないと、頭の中では理解していた。
予言の子として、力を秘密にされたことが納得できなかった。包み隠さず、しっかり説明してくれていたとしても、計画に賛同していたかはわからない。
ほとりは、裏切られたように心が痛かった。
腐死蝶の襲来
寮の食堂での夕食。ほとりは、ユーリやララとともに、久しぶりに賑やかで味のある食事をとっていた。
並びの席で、マノンも明日架やツバメらとともに食事をしていたその時、一匹の蝶がツバメのもとに降り立った。ツバメが急に立ち上がり、明日架に耳打ちをした。
「みんな、食事はここまでだ。緊急事態だ。すぐに部屋に戻って、指示あるまで待機してくれ」
せき立てるように明日架の声が食堂内に響き渡った。
一同は、何ごとか理解できず、すぐには動かなかった。
しかし、食堂の入り口から悲鳴が聞こえてきて、空気が凍った。早くに食事を終えて外に出ていた生徒だった。
それをかわきりに、椅子や机がずれる音が響き、いっせいに食堂を出て行く者たち。
すぐに、流れは逆流し、食堂に戻ってくる。
ボロボロの羽の
明日架は、テーブルにあった水の入ったコップをデフトに投げつける。
「ジョーズイージョーズイー」
黒い煙を上げ、ほとりを目指して進んで来る。
「ツバメ、ほとりをあそこに。清水級は、水を集めて、デフトを食い止めろ」
ほとりは、ユーリとララの背中が視界を遮った。
予言の泉
「こっちへ」
ほとりは、ツバメに手を引かれて食堂の裏口から外へ出た。ほとりを抱えて、デフトのいない学舎の裏側から三階へ飛び、生徒会室に入った。
明日架の机を押しのけたツバメは、現れた床の蓋を開けた。
ほとりはツバメに抱えられて、穴を降下して行った。
ピラミッドの降下路を降りていくより長かった。進めば進むほど、空気がひんやりしていき、やっと足がついた。
そこからまっすぐに洞窟が伸び、ツバメの後ろをほとりはついていく。
水の流れる音が大きくなり、ドーム状にひらけた場所に出た。泉に注ぐ滝が底にはあった。
「こんな地下に、滝が……」
「ここまで来れば、デフトにも気づかれないでしょう」
「私だけ、ここに来て良かったんですか」
「会長の指示ですから。それにここは、清水級でも一部のものしか知らない場所。
ウンディーネの泉。新しい島の誕生が予言された場所」
「予言の……」
「そして、ルサルカの力をもつシュメッターが来ると予言された泉。でも……」
ツバメは泉の縁を歩き、滝の裏へと消える。
ツバメの企み
ほとりも水しぶきをわずかに感じて滝の裏へ入った。
奥まったところにツバメが立っていた。
「あなたがインボルク計画に選ばれることになり、私はベレノスの光を扱うシュメッターから外された。会長は、私を見放し、あなたをとった」
「えっ、会長は、ツバメさんを頼りにしているとしか、私には見えませんよ」
ほとりは、思いも寄らぬ話で、苦笑いした。
「インボルク計画は、私の姉の計画。会長もそれに賛同していた。しかし、一人で計画を行った姉は失敗し、死んだ。
あなたが、ピラミッドに辿り着かなければ……。
あなたが、囚われたシュメッターに助けてこなければ……。
あなたが、予言されなければ、私は、会長とともに理想水郷を作り上げられたのに……」
「私が……」
ほとりは心臓を握られたように苦しく、しかし、腹の底で熱く煮えだすものを感じていた。
「飛べないくせに、上手く立ち回って、結果を出すあなたが嫌い。すぐに諦めてくれれば、姉は死なずに済んだのに」
「ツバメさんの気持ちは、言われて初めて知りました。理解しろと言われても難しいですが、わざわざここで言わなくてもいいじゃないですか。
それに、今、セリカ・ガルテンの状況をわかって言ってるんですか」
ほとりは、いつの間にか拳を握りしめていた。
「えぇ、わかっています。むしろ、こうなることを望んでいたくらいよ。あなたを二度と地上に戻らせはしない。
あなたが二つの島から連れてきたシュメッターは、海の怒りを呼び起こす十二の精霊のうちの二人。
会長は、海の怒りを呼び起こすシュメッターをインボルク計画配下に置き、コントロールしておきたかった。
あなたの力をルサルカ派に知られるのはまずいから、静かにしててもらうため」
「私がまた戻ってこなければ、ララやユーリが私を探してくれる」
ほとりは、はったりを言ったが、そう願う。
「時期に、ベレノスの光を手に入れる月の晩が訪れる。それにあわせて、新しい島も誕生する。
その時に、あなたがいなければ、私はそれでいい。会長は、必ずまた私を求めてくれる。
ともに同じ光を放ち、一体となってウトピアクアを作る」
「私が大人しくずっとここにいるとでも思っているの?」
「ここで大人しくしててもらおうとは思っていない。あなたは、ナイアと同じように、奈落へ葬られるのよ」
ツバメは、急にほとりをつかんで引っ張り、自分の位置と変わるように回転して、突き放した。
ほとりは、よろめいて足を後ろに突き出すが、そこに受け止める地面はなかった。
空いた穴にほとりは落ちる。
とっさに伸ばしたほとりの手が、穴の縁に引っかかりるが、指一本でも動かせば外れてしまう。
「最後まであがくのね。でも、飛べないあなたは、二度と上がって来れない。
ここに落とされたナイアは、二度と姿を現したことはないと聞く」
ほとりは、羽を出したかったが、手の動作がなければ出すことができない。しかし、手を放すことはできない。
「インボルク計画は、会長と私で実行するから、浅葱ほとりは、用済みよ」
ツバメに指を踏みつけられると、痛みと同時に、穴の縁にかけていたほとりの指が放れた。
ほとりは、引きずり込まれるように真っ暗な穴へと落ちていった。
第3章 ピラミッド島の腐死蝶 終わり
4-1.光の住処