4-8.水宙を飛ぶ羽 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
テクリートの襲撃を避けるほとりは、増えていく水かさに、ついに溺れる。すると、水中で水の羽に包まれた。
そこに、なぜか、クォーツが現れ、しかしテクリートに狙われる。
ほとりはクォーツを水中へ……。
溺れるまで
ほとりは倒れ込むようにして、急降下してきた巨大なコウモリを避けた。
背後を風が切り、全身を震わせたほとりは恐る恐る顔をあげると、コウモリは天井に逆さまになっている。
ほとりもいつもまで倒れ伏せているわけにはいかなかった。どんどん水かさが増し、息ができなくなる。
テクリートの様子を見ながらゆっくり立ち上がるほとり。
テクリートが足を離し、羽を広げ、また降下してくる。
ほとりは、からがら横へ飛び退けた。
水しぶきをあげ、体が水に沈む。
しかし、水の量が増え続ければ、何度も避けることは次第にできなくなると、ほとりは悟った。
立ち上がった状態で、すでに腰の高さまで水が増え、飛び跳ねるようなことはもうできなかった。
テクリートが宙を旋回し、ほとり目がけて飛んでくる。
ほとりは、身動きが取れず、その場で慌てて潜った。
テクリートは、水中にいるほとりを気にしてはいるものの、水中に入って来ることはしなかった。水にすら触れようともしてこない。
ほとりは息がもたず、顔を出す。
水は胸の位置にまで達そうとしていた。
またテクリートが急降下してくるのをほとりは、水中でやり過ごすこと数回。ついに、ほとりは足が底に届かなくなり、体が浮いてしまった。
足がつかなくなった瞬間、ほとりは真っ暗闇に引き込まれたような恐怖に包まれた。足をどんなに伸ばしても何にも触れない。
「あ、いやっ、たすけ――」
なりふり構わず、ほとりは手足を動かすと、水中に沈み、もがくことしかできなかった。
幼少期に海で溺れた記憶がさらなる恐怖とともに蘇る。
水宙の羽
その時だった。
ほとりの背中から羽が出現し、ほとりを包み込んだのだ。途端に体は軽くなり、息もできた。
水に流されることもない。行きたい方向に歩けば、ほとりを包み込んだ球が回転して、水中を移動できた。
ほとりは、セリカ・ガルテンに初めて来た日、池に落ちた時と同じだったことを思い出した。
蝶人が宙を飛んでいるように、ほとりは水宙を飛んでいた。
水が注ぎ込む方向から何かが流れてきた。ほとりは、崩れた岩壁かと思ったが、それは水面に浮き、そして水面から消えた。
ほとりは背伸びをする意識をもつと、水の球は水面に向かって浮かび上がっていく。
二人の天姫
水の外の様子をうかがうほとり。
そこには、テクリートに追い回されているクォーツがいた。
――どうして、クォーツが。
ほとりは水面に完全に浮き、身を包み込んだ水の羽を、水面につけ、自分の体を支え立った。
「クォーツ!」
「ほとり?」
ほとりに気づいたテクリートが、クォーツからほとりに狙いを変えた。
「クォーツ!」
ほとりは、水上を駆けた。
「ほとり!」
クォーツも強く羽を羽ばたかせ、猛スピードでほとりに向かう。
テクリートがほとりに追いつく寸前に、ほとりはクォーツを抱えられ、いっきに上昇する。
すぐにテクリートが二人に向かってくる。
クォーツは、ほとりを抱えては素早く飛び逃げることはできず、向かってくるテクリートをギリギリ避けることしかできなかった。
「クォーツ、なぜそこに。それに、天姫、何をやっている。早く、テクリート様に命を捧げよ」
アダマースが、立ち上がって叫んできた。
「クォーツ、水に潜り込んで」
ほとりは、アダマースの言葉を無視して、口早に言った。
「えっ、でも。息が。私、泳げない」
「クォーツ、私を信じて」
ほとりは、戸惑うクォーツと視線が合った。
「わかった」
サッと、テクリートとの衝突を回避して、クォーツはいっきに水面に向かって滑空する。
水に入り込む寸前、ほとりは、自分の羽でクォーツとともに包み込んだ。
天姫を思って
球体に覆われた中で、二人は抱き合った。
「ほとり、私なんかのために、こんなことを」
「クォーツを助けたいと思ったから。クォーツには地上に行って欲しかった。でも、どうしてここに」
ほとりが体を離し、クォーツの顔を見て聞いた。
「この水が流れ出てるところに私は連れてこられて、水が出なくなるのを待ってた。
水が道を遮っていて、その先の道が地上に行ける道だって言われた。たぶん、あの壁の裏側」
水が注ぎ込んでいる方をクォーツが指差した。
「だったら、どうしてずっとそこにいなかったの」
「だって、ほとりが私の代わりに天姫になったなら、この水の先にいるってことでしょ。
ほとりを私なんかのために死なせたくない、って思ったらいてもたってもいられず、目の前の水に飛び込んでた」
「クォーツ……」
「ありがとう、ほとり」
ほとりは首を振った。
「本当のことを言えば、自分も助かってクォーツと一緒に地上に行きたかった。地上への道もわからないままで……。
でも、クォーツと今一緒にいる。その先へ行けば、地上への道があるんだよね」
クォーツもそれに頷いた。
「でも、水がすべて流れ出たら、テクリート様がまた壁を塞ぐ。そうしたら、道も閉ざされちゃう」
「わかった。行こう」
ほとりは、水が注ぐ方向に歩き出した。二人を包み込む球が動き出す。
「あ、ベレノスの光」
クォーツが両の手の平を見返して言った。
クォーツはベレノスの光を持って地上に行くことになり、手で持っていた。しかし、水に飛び込んだ時、水に流されてしまったようだった。
「クォーツ、あれ、そうじゃない?」
二人の見た先に、光るクリスタルが回転しながら水の流れに逆らっていた。しかし、水の勢いに押され、それ以上進めていない。
ほとりがクリスタルの背後からに近づくと、球の中に入り込んできた。クォーツが両手で抱えた。
ナイア像の手の上で輝いていたベレノスの光は、両手で抱えなければならないほど大きかった。
「きれい」
ほとりは、キラキラと光りを放つクリスタルに目を奪われた時だった。
水に何かが落ちた音がした。
二人は、その方向を見る。
白い衣装の神官だった。次々と、落ちてくる神官の服の一部が赤く染まっていた。
4-9.天姫からの解放