3-5.ピラミッド島の真実 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ほとりはミズホに連れられ、ピラミッドの中階層へ。
砂漠化する前の島の模型があり、研究の資料が散らばっていた。化学で他の物質から水を作る研究や実験が行われていたことを話す。
そして、ミズホが砂漠化させた方法がわかる。
実験島
ミズホは、マノンの仕事が終わるまでの間、ピラミッド島の真相を見せようと、ほとりを中階層に連れてきた。
無数にある部屋は、埃だらけだった。中でも、大きな部屋に案内された。
計算式や設計図などが書かれた書類が散乱し、壁一面にも貼られていた。
中央のテーブルには、ピラミッドを中心に無機質な建物や緑の広がる島の模型が置かれていた。
「これが砂漠の島になる前のここ、理想水郷を求める実験島」
ミズホが模型を見下ろして言った。
「実験島……」
「化学島なんて呼ばれてもいた。化学で他の物質から水を作れないか、研究していたんだ。
もちろん、汚水をきれいすることや、水を固形化して大量に運ぶ方法、海水を真水にする方法など、さまざまな研究、実験が繰り返されていた」
「あ、もしかして、それって」
ほとりは、ポケットから小さな丸い石を取り出して見せた。
「水を固形化させたものだね。これは、どのくらいの量?」
「一つで五百ミリリットルくらいって言ってました。もっと多く量を固形化できるように、学園でも研究が進めているみたいです」
ミズホは頷いた。
「それくらいが適切だね。でも、それが限界でもあるんだ」
「限界?」
ほとりが聞いた。
「それ以上の量を固形化するには、エネルギーと固形化物質が大量に必要となる。そして、なぜか固形化された水は、汚染され、飲める状態じゃない」
「固形化物質とのバランスですか?」
「再三、実験を繰り返したよ。でも、五百ミリリットルを越えると、汚染の値が増えていく。
原因はわからずじまい。神様は、水をそんな風に扱って欲しくないのかもしれない。
一定の成果が出た研究もあったけど、汚染された水が大量に生み出されもした。
汚染された水は、そのまま地中に捨てられ、手の施しがつけられないほど、環境を破壊していった」
ミズホの焦点は、どこにも合っていないように見えた。
「でも、それが原因で砂漠になったわけではないと……」
「そう。私が砂漠にしてしまった。どのみち、砂漠になるのは時間の問題だったかもしれないけど、それ以上に毒された島になっていたかもしれない」
ミズホは、模型から離れて、壁に貼られた様々な数値の書かれた紙をのぞき込んだ。
「これだ。固形化物質との比率の値」
ほとりは、ミズホが差した紙を見るも、ただの数字の羅列にしか見えなかった。
水というもの
「水は天然資源と考えられがちかもしれない。でも、製品に近いものだと私は思う。
自然環境という工場で製品化されているものなんだよ。決して、私たちには作れないもの」
そう言われるとそうかもしれないと、ほとりは思った。しかし、ミズホの話はどこに向かっているのかわからなかった。
「人間が、自然環境に手を加えなければ、水はもともときれいなものだと思うよ。
それなら、ほんの少しの手を加えるだけで、飲み水に。手を加えることも必要ないかもしれなかった。
汚い水を頑張ってきれいにするには、労力がかかりすぎる」
ミズホの言葉が、ほとりの胸に重く響いた。
「もし……もし、人類が自然環境に手を加えなければ、こんな便利な世の中になっていなかったとも言えます。
だから、ミズホさんやこのピラミッド島の人たちは、水をきれいにしたり、水を作りだそうとしていたんですよね」
ミズホは、一つ息を深く吐いた。
ミズホの過去
「私たちが矛盾を抱えて生きていることはわかっている」
ミズホは、十一歳の時に両親を亡くしていると語った。
田舎の自然豊かな場所で、まだ、水道が通っておらず、井戸水で生活する暮らしだった。
それでも両親と妹との四人で、十分幸せだった。
しかし、町の方針で、水道を通すことになった。ミズホの家では必要ないと何度も訴えたが、計画は強引に進だ。
ある日の朝、井戸水から水をくんで飲んだ両親は、途端、苦しんで息を引き取った。
起きたばかりのミズホに、母は苦し紛れに、井戸水を飲まないよう忠告して、意識を失ったという。
「夜中、井戸に毒が入れられたようだった。周囲の家々は、もう地下水は怖くて飲めないと、結局、水道が敷設された」
「そんな……」
ほとりはそれ以上言葉が出せなかった。
「こっちこそ、そんな顔をさせるつもりはなかった。ただ、矛盾を抱え始めたのがその頃から」
ミズホは、やさしくほとりの肩をなでた。
「それで、ミズホさんは、マノンさんと一緒にウトピアクアに」
「マノンは、妹じゃない。でも、妹とは一緒にこっちに連れてこられた。まだ、セリカ・ガルテンにいるよ」
「そうだったんですね」
「気をつかわせてすまない」
ミズホは、何も貼られていない奥の壁に向かった。
「ほとり」
呼ばれたほとりは、壁の前でミズホと並んだ。すると、ミズホは、ドアをノックするようにおもむろに壁を叩いた。
その途端、ただの岩壁が色を失っていくように、透けていった。
一面の壁は窓ガラスのようになって、外の砂漠の光景が見渡せた。
「わぁ、すごい」
ほとりは、また一歩近づいて透明な岩を見つめたが、岩には思えなかった。
砂漠の向こうに黒い小さな点が見えた。動かないので、デフトではないだろうとほとりは思った。そして、自分がやってきたオアシスのあった方角でないとこともわかった。
「汚染されたこの島を最初からやり直すために、私はインボルクの浄火を行った」
ミズホが唐突に言った。
「えっ――」
ほとりは、ミズホの口から、インボルクの浄火と、聞くとは思いもせず、耳を疑った。
3-6.大罪の償い