3-4.黒のスカーフ [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
瓶に水を入れ終わった帰り道、ほとりは、壁の火の原理を聞いた。マノンは、ピラミッドの水機構を利用して、汚染水から油を抽出したものだった。
そして、ほとりは、ミズホに黒のスカーフの意味を聞く。それは、重罪を犯した者の証だと知る。
壁の火
ほとりは、水の入った瓶を数えた。六本。そして、今マノンが水を入れているもので、八本。上手く抱えられるだろうか。
「そこに箱があるから、それに入れて持っていけばいい」
水を入れ終わった瓶を持ったマノンが言った。
「あ、助かります」
ほとりは、床に置いてあった木箱に、瓶を丁寧に並べて入れていった。
抱えられるだけ持てと言ったマノンは発言は、いわゆるジョークだったのだろうか。無表情で、抑揚なく言うのはやめて欲しかった。まったく通じない。
瓶の箱を抱えると、まだ余裕だった。しかし、瓶だけを運ぶのと、瓶とほとりを抱えて飛ぶとではわけが違う。
マノンもそれをわかっていたのか、それ以上水を入れず、来た道を戻る。
ほとりは、通路を照らす火を見た。やはり、壁から直接出ている。
「どうして壁から火が出てるんですか? ガス?」
ほとりが聞く。
「水」
「水?」
――今度こそ、からかわれている?
「いや、水と言うより油」
少し間が空いて、マノンが言い直した。
「油……油田とかあるんですか?」
「油田はないと思う。汚染水を濾過して、油だけを取り出し、それを燃料にして火にしている」
「汚染水って……でも、壁から直接出てますけど……」
マノンがわかりきっていることのように淡々と言ったが、ほとりには理解できず、反射的に聞き返す。
「汚染水をピラミッドの水機構に流すことで、濾過されている。これには、水が必要。
濾過されて抽出された油は、やはり水機構で、ピラミッド全体に行き渡るようになっている。
水機構のことは、私もそれ以上のことはよく知らない」
このピラミッドは、普通のピラミッドでないことはわかった。壁の中もしくは積み上げられた岩が特殊なのだろう。
しかし、このウトピアクアがかなり発展していたのだと、ほとりは思えた。
「その汚染水というのは?」
ほとりは、つい疑問を質問してしまった。
マノンが一瞬立ち止まって、来た道ではない別の通路を歩き始めてしまった。
「あ、あの」
「汚染水、知りたいんでしょ」
ほとりは、マノンのあとを追う。箱の中で、瓶がぶつかり合う音が響く。
閉ざされた通路
水を入れに行く通路より、明かりと明かりの間隔が広く、薄暗かった。
何度か分かれ道を折れると、もう帰り道はわからなくなって不安になった。
しばらく進んで、先が真っ暗な場所でマノンが止まった。
単に明かりが灯っていないわけではなかった。天井が落ち、岩と砂におおわれて進むことができなかった。
「ここは?」
ほとりが聞いた。
「汚染水の処理施設へつながる地下通路」
――やっぱり、ここはもう地下だったんだ。
「どうして崩れちゃったんですか?」
ほとりはまた質問した。
「さっき話した汚染水が漏れ出し、それを止めるために行った計画が失敗した影響で、通路が崩れてしまった。
ピラミッド内に引き込むパイプも壊れ、汚染水を引き込むことができず、ミズホさんが定期的に取りに行っている」
「それじゃ、あのバケツは、汚染水の……ということは、まだ汚染水は出続けているんですか」
「えぇ。次の仕事があるので、戻ります」
マノンは、質問を聞くつもりもないかのように、来た道に体を向け、さっさと戻っていってしまった。
ほとりは、置いて行かれても困るので、慌ててあとを追った。
汚染水のことを教えてもらえると思ったが、わざわざ通れない道を見せられただけだった。
――箱を長く持たせるために?
ミズホの黒いスカーフ
ほとりは、マノンに抱えられてピラミッドの最上部に戻ってきた。
マノンは休むことなく、汚れていないバケツを持って天井から出て行った。
定期的にオアシスの水をくみに行く。
またほとりは手伝いを買って出ようとしたが、思いとどまった。結局、マノンに負担を強いることになるからだ。
「手伝ってくれてありがとう。それを一本、飲むといい」
起き上がったミズホがマノンを見送って、ほとりに言った。
肩から下げた水筒の水がまだ残っていたが、ほとりは冷えている瓶を手にした。
「ありがとうございます。いただきます」
口から喉を通過した水が、体内の熱を吸収し、体全体に水が広がって行くかのようだった。味という味はなかったが、とても澄んでおいしく感じられた。
ほとりは目を閉じて、しばし体にしみていく感覚に浸った。
「少し休んだら、マノンに送らせよう」
ミズホが言った。
「いえ、私は自分で帰り――」
――帰っていいの?
「昼間はデフトの活動が少ないとはいえ、飛べないほとりは危険だ。飛んでいても襲ってくるけどね」
「あの、なんでこんな危険なところに住み続けているんですか? たった二人で」
ほとりは、切り出すように言った。
ミズホは、首に巻かれた黒いスカーフをゆっくりとつかんで、微笑んだ。
「私は罰を受けているんだ、ここで」
「罰? 黒のスカーフを初めて見ました。というより、黒色があると教えてもらってなくて」
「そうそう目にすることもないよ。私だって見たのは、自分のが初めてだよ。
黒のスカーフになったら、色が変わることはおろか、二度と外せない。
重罪を犯した者の証なんだ、黒は」
「重罪って、ミズホさんが……」
ミズホへの疑問か、ほとり自身が納得するためか、あいまいに答えたほとり。しかし、胸の内では、何をしたのか聞きたかった。
「この島を今のようにしたのは、私だから。その代償さ」
ほとりは固まった。マノンから聞いた汚染を止めるために行った計画の失敗。
――ミズホさんが。
3-5.ピラミッド島の真実