4-5.交換条件 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
光帝に呼ばれたほとりは、地上への道を教えてもらう代わりに、条件を突きつけられた。しかし、気持ちは一つだった。
ほとりはクォーツを探しに出た。見張りのいる入り口を見つけた。
道の存在
クォーツを見送ると、集まっていた住人はそれぞれの家に帰っていった。中には、クォーツの母親を慰める者もいた。
「ほとりさん。光帝がお呼びです。私と一緒に来てください」
一人残った神官の男に、ほとりは声をかけられた。
神殿に行けるのはほとりにとって好都合だった。
ルークスと呼ばれる板状の浮遊移動できる乗り物に乗った。エンジンや羽ばたく翼がない乗り物。
ほとりがどうして浮かぶのか聞くと、神官は、浮光する力をもつクリスタルを使用していると言った。
もし、元の世界にあれば、環境を汚さないエネルギーとして重宝されるのではないかとほとりが思っていると、あっという間に神殿に到着した。
神殿の中は静かだった。もともと人が多いわけではなく、昨日案内された時と変わらない。ただ、クリスタルが光っていなかった。
大広間で、光帝アダマースと対面した。
「前泊は、クォーツの家に泊まったようだが、体調はいかがか。急な環境の変化に疲れてはいないか」
「はい、大丈夫です」
ウトピアクアに行く度に季候が変わり、ほとりはその変化にそう驚いていない自分自身に気づいた。
「何か言われたか?」
「といいますと?」
ほとりは、真意がわからず聞き返した。
「クォーツからだ。家族と過ごす最後の時間だ。何か思い残すようなことを言っていたか?」
「地上に行きたいと」
ほとりは、クリスタルの廃坑でのことを思い出して言った。
「それは、我々も同じだ」
「なぜ、地上に行こうとしないのですか?」
ほとりは聞いた。
「ナイア様が我々の住みよい地上を作られた時、我々は地上に行くことができる」
――それがベレノスの光。インボルクの浄火。
「それでは、地上に行く道はあると」
ほとりの問いに、アダマースが一瞬、表情が固まり、間が空いた。すぐに、同じ口調で話し始めた。
「あるには、ある」
アダマースの発言に、神官たちがいっせいにアダマースにこわばった顔を向けた。アダマースは、ざわつく神官たちに軽く手を上げて、静まるよう合図した。
「今は行けない。納天姫祭中のある一時しか、その道には入れない。道を作るにも、天姫は必要なんだ。
ほとり、君が地上に行き、インボルクの浄火をするというのなら、今回納める未来のベレノスの光を託し、地上への道に案内をしよう」
「え、それは――」
ほとりは、ピタリと動きが止まり、目だけがあちこちに動き、思考も定まらない。
――ミクトランの民が地上の確認に来ないのであれば、私が地上に行ってもベレノスの光を使わず黙っておけば、私は生きれる。
――それじゃ、クォーツは……。
「ほとり。もし、同じ蝶人である君が天姫になるというのであれば、クォーツの夢、クォーツを地上に行かせよう。もちろん、ベレノスの光は持たせるが。
納天姫祭まで時間はないが、即決するには少し酷な条件だ。今泊中いっぱい、返答を待とう。
どちらの意志もなければ、滞りなく納天姫祭を進める」
部屋でゆっくり考えるよう言われたほとりは、大広間を出て行く。
クォーツを探す
真っ白な部屋の寝台で横になるほとり。
まさか地上への道の存在を聞かされ、条件次第で、地底から出ることができるとは思ってもみなかった。
「すでに覚悟を決めたクォーツに、無駄な迷いを与えないことだよ。民がみな、迷惑するからね」
アダマースの最後の言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。
――地上に行けるなら、クォーツと一緒に行けるのが一番いい。
当然、アダマースの条件にはない。
――地上への道のありかがわかれば。
――納天姫祭の最中の一時がいつなのか。
少なからずの手がかりをつかんだほとりは、クォーツを探そうと決めた。クォーツに伝えて、二人で考えれば一緒に地上へ行けるかもしれないと。
いや、そうしたかった。
ほとりは、そっと部屋から廊下に顔を出した。
人の姿はない。
神殿の壁は一面クリスタルで、鏡とまではいかないが、姿を映り込む。
ほとりは誰も来ないことを確認して、廊下を進んだ。
知っている道は、神殿の入り口から大広間までと、そこから今までいた部屋まで。それ以外の道を進む。
進めど進めど静かで、覗いた部屋は誰もおらず、ただ寝台があり、複数人が使用している様子だった。
とにかく進んで行った突き当たりは、左右に分かれていた。
右手の先に見張りと思われる人物が二人立っていた。その先から一人こちらに歩いて来た。
見張りは、軽く頭を下げるだけだった。
ゆるんでいた緊張の糸がピンと張ったほとりは、物陰に隠れようとしたが、そこには身を隠す場所がなかった。
少し戻れば空き部屋がある。
と、後退するも、そっちからも足音が近づいてくる。
ほとりは、何度も前後に振り返る。
前後から聞こえてくる足音は、確実に近づいて来ている。
ほとりの鼓動が聞こえてしまうのではないかと思われるくらい、激しく打つ。
突き当たりから人の姿が見えた瞬間、ほとりはとっさに手で後ろの首筋をなぞった。
ほとりは、水の羽に包まれ、姿を消した。
息を押し殺すほとりに気づくことなく、ほとりの目の前を通り過ぎていった。
バックウェーブ島のサーカス団で、空中から飛び降りた時のことを思い出した。水の羽の中にいる時、観客たちはずっと上を見ていた。ほとりがすでにステージいることに気づいていなかったのだ。
ほとりは、初めからこうすれば良かったと思って、水の羽で自分を包み込んだまま歩き出した。
見張りの二人の間を通り抜ける。見向きもされなかった。
廊下の一番奥まで進むと、下りの階段があった。
何かのうなり声か、すすり泣きか、複数の声が響いてきていた。それが近づいてくる様子はない。
階段を降りきったほとりは、目の前の光景に、喉奥から出る驚きの声を口から出させまいと、手で塞いだ。
そこは、ナイア像があったようなクリスタルで囲まれた部屋だった。
その中央で、炎に包まれたまだ小さな蝶人、子供が悲痛な叫び声を上げ、苦しんでいた。
4-6.それぞれの役目