5-8.水を操る蝶人 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ほとりは、水の球の中で今までにない感覚を得た。川の流れ、形が羽を通して伝わってきていた。
そして、手にとったかのように川を自在に操り始めた。
ゴーレムが、水の引いた川に護岸の岩を積み始めた。
水の感覚
水に流されて溶け消えてしまったゴーレムを見て、ほとりは、全身の力が抜けるように、その場に倒れ伏せた。
シリカの話も自分が溺れたことも、自然の力の前では何もできない無力さを感じた。
拳を振り上げ、自分を包み込んだ水の球を強く叩いた。
水の球の表面に波紋が広がった。
しかし、その波紋は球面だけにとどまらず、グーンと、激しく流れる川全体に響き渡ったのをほとりは感じた。
今までに感じたことのない感覚が、背中の羽を通じて、体の中に入ってくる。
上流から下流へ流れる川の勢い、水中を転がる石も、川幅も、子細に伝わってきた。
手の平を上に向けると、川に落ちてくる雨粒一粒一粒が、どこに落ちているかもわかった。
腕を伸ばして、少し上へと動かした。
まるで川がゼリーになったかのように、形をなす感覚におちいった。
下流側が流れはそのままに、浮き上がり、地面が見えていた。
ほとりが意図したように、川が動いた。
開いていた手の平をゆっくり少しだけ閉じる。すると、川幅が縮まり、見えない巨大なホースの中を通っているかのように、水の流れがまとまった。
川の制御
本来の中洲が姿を現し、ほとりは川の上に立っていた。
シリカが慌てて、近寄ってきた。
「ほとり、お前、何をしたんだ」
仮面を被っているシリカだったが、驚いているのが見てとれた。
ほとりは、自分が川の流れを制御できると伝えた。しかし、水から離れることはできない。離れてしまえば、そのつながりが消えてしまうのだった。
シリカは、川を制御できる状況を見て、もう一度大樹王と話をしてみると言って、いなくなった。
しばらくして、逃げ隠れていたゴーレムたちが、ぞろぞろと現れて、川の岩を積み直し始めた。
すると、シリカも戻ってきた。
「大樹王がゴーレムにもう一度、護岸を作り直すよう指示した。そして、大樹王自ら森を説得する……」
「大樹王が? でも、私、川を別の場所に移すことまではできない。どうやって大樹王は……」
シリカは、頷くだけだった。
「私は、そのためには、道具を取りに行ってくる。
ほとり、悪いがそのまま川を維持しててくれ。ゴーレムの作業がしやすい」
「うん」
腕がしびれ始めたほとりは、顔をゆがめた。
「すぐに戻ってくる。今度は、一人で飛ぶからそんなに時間はかからない」
シリカは、やはり森の上を行かず、森の中に飛び込んでいった。
雨はいっこうに止む気配はない。
空中を流れる川に沿って、岩を積み上げていくゴーレムの視線を、時々、ほとりは感じた。
流されてしまったゴーレムのことを恨んではいないだろうか。表情もなく、言葉も出すことなく、作業を進めていくゴーレムたち。
一カ所が終われば、また別の場所へ。岩山の壁が前にもまして、厚く作られて、時間を追うごとにその山が伸びていった。
中洲は、以前よりも狭くなっていた。それだけ厚い護岸を築き、どんな激流にでも耐えられるようにしているのがわかる。
ほとりは、自分が川を制御しているので、わざわざ作り直さなくてもいいのではないかと思った。
その間に、森を説得してくれればと。
大樹王とシリカは、一体何をしようとしているのか、ほとりには検討もつかなかった。
持ってきたもの
「ほとり――」
森を抜け出てきたシリカの声だった。シリカが戻ってきた。
しかし、シリカは、ベレノスの光が抱え持っていたのだ。シリカの腕の中で発するベレノスの光が、表面ついた無数の雨粒で乱れていた。
ほとりは、それが不気味に感じられた。まさか、それを取りに帰った訳ではないと思いたかった。
「シリカ、それをどうして――」
「ほとり」
そして、クォーツも姿を現した。その手にはクリスタルの剣を持ち、息を切らしてやってきた。
「クォーツ、もう大丈夫なの?」
「少し休んだからね」
「まだ無理しない方がいいんじゃぁ」
「休んでいられなかったんだよ」
そう言ったシリカを見たほとりは、体のあちこちに切り傷があった。雨で濡れ、血が滲み流れてもいた。
仮面をつけていないクォーツは、顔にも同じような細かな傷がついていた。
森が二人を襲ったのだと、ほとりはすぐにわかった。きっとクォーツは、休んでいられず、剣で応戦していたに違いない。
そこにやってきたシリカとともに、クォーツもここへやってきた。
「オイ」
一体のゴーレムが呼んだ。
シリカが向かうと、すぐにほとりの元へ戻ってきた。
「もう川の水を流してもいいって」
ほとりは、一度シリカを呼んだゴーレムに視線を向けた。すると、頷きを見せてくれた。
「わかった」
ほとりは、ゆっくりゆっくり両腕を下げていく。宙に浮いていた川が、ゴーレムの作った川の道に落ちると、濁流で川幅が埋まる。
激しい流れは変わらないが、頑丈に作った護岸は、びくともしなかった。
しかし、雨が降り続ければ、水の量が増え、また護岸が壊れるかもしれない。一刻も早く、雨を止めなければならなかった。
クォーツに抱えられて、ほとりは川岸に降り立った。
ゴーレムが川岸にならんで、岸壁が壊れないように見張っている。
ほとりは、川が決壊しないことを祈った。
「ほとり、大樹王のところに行くよ」
ほとりとクォーツは、シリカのあとに着いて、大樹王のいる林の中へ入っていった。
前を行くシリカの姿を見たほとりは、一体何を取りに行ったのかわからなかった。ただ、ベレノスの光を抱えていること以外に変化はなかった。
5-9.祈り火