5-9.祈り火 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
シリカは、大樹王にベレノスの光を使おうとしていた。ほとりは、それを止めよとするも、大樹王の根がベレノスの光を奪っていく。
雲に届く炎の柱が、長く雨を降らせる雲を消した。
従属
林の中に入ると、いくぶん雨がやわらいだ。
森の中をシリカについて飛んできたクォーツの体調は、小屋にいた時よりだいぶ良くなっていた。足取りも悪くない。むしろ、雨を浴びることを嬉しがってはしゃぐほどだった。
地底を出たクォーツにとって、見るもの、触れるもの、すべてが初めてのこと。
――本当の青い空を見せてあげたい。
ほとりがそう思っていると、大樹王の前に到着した。
「これ、どうやって使う?」
ベレノスの光を抱えたままのシリカが振り返って聞いてきた。
「え、使うって……ベレノスの光を? 何をする気なんですか、シリカさん」
ほとりは、てっきり森の襲撃を避けるため、シリカの小屋からベレノスの光を持ってきたものばかりだと思っていた。
大樹王に指示されてたものは、別の物だと思っていた。
「大樹王自ら、祈りを島の木々たちに届ける」
「届けるって……これを使えば、どうなるか」
ほとりは、シリカの前に立ちはだかる。
「インボルクの浄火だ。わかってる」
シリカもほとりから目を逸らさない。
ほとりの脳裏に、ピラミッド島の砂漠の光景が蘇る。そして、真っ黒に変わり果てたミズホの姿も。
「この島は、燃え尽きてしまうんですよ。それくらい、これは。シリカさんの好きなここがなくなっちゃいますよ」
ほとりは声を荒げ、シリカのベレノスの光を奪おうと、手をかける。
必死に奪われないように、抵抗するシリカ。
「けど、大樹王がそうしろって。私は、それに従うしかないんだ」
「シリカさん――」
ほとりは、そこまで言って、口を開けたまま動きを止めた。
――死ねって言われたら、あなたは死ぬの?
しかし、ほとりは、そう口にはできなかった。
炎の柱
突然、二人の足下が隆起し、太い木の根が、二人の間を別つように地面を突き破ってきた。
まるで意思を持ったようなその根は、ベレノスの光をがっしりとつかみ、ぐんぐん上へと伸びていく。
「えっ、大樹王が、本当に……」
ほとりは、ただベレノスの光が昇っていくのを見届けるしかなかった。
もし、飛べることができたのなら、間違いなくベレノスの光を奪いに行っていただろうと、ほとりははがゆかった。
ベレノスの光から炎が出た。
導火線が引かれていたかのように、炎の波が伸びた根を伝い、地中へと突っ込む。
ベレノスの光から枝に炎が燃え移ると、赤い線を引くように、幹へと向かっていく。
根を伝った炎が、大樹の根元からいっきに噴き上げて、幹を劫火で包み込み、枝から伝ってきた炎と合流すると、一瞬でてっぺんまで駆け上がった。
火力は強い。
降り続ける雨では消えることはない。
どこに燃えるエネルギーがあるのかと思えるほど、炎の勢いがどんどん増していく。
熱気と熱風が辺りを立ちこめ、ほとりたちは、大樹王の近くにはいられず、熱を感じるたびに大樹王から離れていく。
離れる距離と比例するように、炎の高さも増していく。
大樹王は、炎の中でしっかりと立って見える。もともと皮ははげていて、しかし、まるで磨かれたかのような木肌が、焦げることなく炎の中で輝いて見えていた。
ただ炎に包まれているのか、本当に燃えているのかは、ほとりにはわからなかった。
燃える大樹王の炎を消そうとしているかのように、雨は強くなっていた。
上空へと昇る煙に、槍のごとく雨が無数の穴を空け、天に届かせないようにしている。
しかし、一向に炎は衰えない。
炎の背が高く伸び、炎に押されるように煙りが天へと昇っていく。
やがて、煙が雲に届くと、雲の中へ入り込んでいく。雲は、毒を飲み込んでのたうち回るかのように、うねうねと動き出した。
そして、大樹王の炎が爆発でもしたかのように、何倍もの炎を噴き上げた。
それは、横に広がることなく、すべての力を縦に凝縮したかのように、炎の柱が地面から天に向かって生えた。
雲を突き刺した炎柱。
炎柱を中心に雲が渦を巻いて、綿あめのように炎柱にからめ取られていく。
広がっていた雲がどんどん引き込まれていき、次第に雲が薄くなっていた。
だんだんと青い空が見えてきた。
日差しが、中洲一帯に広がり落ち、いっきに明るくなった。
ほんの一時前まで雲に覆われていたのが嘘のようだ。
祈りの空
炎柱は、雲を食べ晴らし、満足したかのように、あっけなく消えた。そこにあったのは、以前と変わらない大樹王。
誰もが燃えてなかったことに安堵した時だった。
大樹王がいっきに真っ黒な炭へと化し、太かった幹が一瞬で細く縮んでしまった。
そして、風に吹かれて、てっぺんから灰の粉をなびかせて、くずれ消えていった。
ほとりたちは、大樹王があった場所へ駆けていった。
大樹王が立っていたであろう真っ黒になった跡の上に、一回り小さくなったベレノスの光が落ちていた。しかし、抱えるほどの大きさは変わらない。
あれだけの炎を上げていたにもかかわらず、ベレノスの光の力を思い知らされたほとりは、辺りを見回した。
驚いたことに、燃えていたのは大樹王だけで、周囲に生えていた樹木には一切燃え移っていなかった。
熱風で葉がしおれてはいたが、雨が蒸発から守ってくれたようだった。
大樹がなくなり、大きな通り道ができ、そこを雨が上がりの爽やかな風が通り抜けていった。
クォーツは、両腕を伸ばして大きく息を吸った。
「うわっ」
クォーツが声をあげると、周囲にゴーレムたちの姿があった。そして、木々の枝や幹、地面に無数のコルコポが現れ、辺り一面真っ白になった。
言葉はなくとも、大樹王の跡を見つめ、悲しんでいるのが、ほとりにはわかった。
5-10.森開き