5-10.森開き [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
大樹王の祈りが届き、森は大人しくなる。そして、セリカ・ガルテンへのゲートが開かれる。
ほとりとクォーツは、セリカ・ガルテンへ戻ることができたが、奇妙な雰囲気にほとりは気づく。
個々
晴れ渡る空の下は、とても静かだった。
大樹王がいなくなり、それを望んでいたはずの森から、歓喜の声は上がらなかった。
吹いた風に揺らされてかすれ鳴る葉音が、痛く悲しんでいるように聞こえた。
「空は晴れたけど、本当にこれで良かったの?」
ほとりは、誰に聞いたわけでもなく、声を出した。
「ジュモクハ、ココニ、イキヨウトシタ」
ひときわ大きいゴーレムが言った。
森を統制する上のものが邪魔だったこと。若い樹木たちは、周囲を気にすることなく、自由に枝を伸ばし、根を広げて、種子を飛ばして、遠くへ行こうと考えていた。
それが一年二年で、達成できるとは思ってはいなかった。しかし、何年も何十年も、上が倒れて樹冠に穴が空くまで、影で待っているのがじれったくなった。
しかし、それを乱せば、そう長くは生きていけない。木一本の根で、どこまで地を固められるか、貧素な栄養の土地で栄養をまかなえるのか、吹きさらしの中で突然の自然災害に耐えられるのか。
不本意な形ではあったが、大樹王は自らを燃やし、島中に煙を通してそれを伝えていた。
ほとりは、その話を聞いて、一つ考えを改めることがあった。
ナイアの祈りとは、ベレノスの光を、地上に届けて大地を焼き払うことではない。地底に落とされても、ナイアは地上のことを思い、ベレノスの光を良い形で使うことで、地上をよりよい環境にしてほしいという祈りだと、ほとりには思えた。
大樹王がインボルクの浄火で燃え尽きたのではない。森の誤った意志を浄化したのだと。
ほとりは、広い世界で、息苦しさを感じた。
開かれる道
コルコポが、いっせいに同じ方を指差した。波打つように、呼応して、同じ方向に揺れるコルコポ。
何を意図しているのか、ほとりにはわからなかった。
「あっ、ゲートか。ほとり、大樹王が許してくれたようだ」
コルコポの指差す方向を一点に見つめたシリカが言った。
「それじゃ、セリカ・ガルテンに」
シリカは大きく頷いて、ベレノスの光を持ち上げ、羽を広げた。
「勝手に使って悪かった」
ほとりは、曖昧に頷いて、ベレノスの光を受け取った。実際、自分のものではないし、今さらどうこう言うつもりもなかった。
シリカがほとりを抱えて飛ぼうと背後に回った時だった。
「オマエ、リョーヤ、ニテイル」
ゴーレムがほとりに向かって言った。
「えっ?」
ほとりは、首をかしげた。
ほとりが川の水を操った光景は、リョーヤが描く絵を見ているようだったと言う。自然と戯れる人をよく描いていたようだった。
ほとりは、姿を消したリョーヤに会ってみたいと思った。
「その絵を見ることができますか?」
ほとりが聞いた。
「ノコッテイナイ。リョーヤガ、ドコニイッタノカ、ダレモシラナイ」
「ほとり、ずっと昔の話だ。今は、セリカ・ガルテンに帰るのが先だろ」
シリカに促されて、ほとりはシリカに抱えられて飛んだ。クォーツはシリカのあとを追ってくる。
ゲートへの道筋を示すように二列に並んだコルコポの間を進む。
到着したところは、森の斜面だった。
そこには、大きな岩が埋め込まれていた。 他に岩がたくさんあるわけではなく、それだけが不自然に存在していた。
表面には苔が生え、草木の蔓が鎖のようにその大岩を取り巻いていた。まるで、その岩が動かないように固定しているかのよう。
すると、蔓に引っ張られて岩が横へ動いた。崩れる斜面の奥に、ぽっかりと口を空けた洞窟が現れた。
奥へ進むと、七色に光るゲートがあった。
「それじゃぁな」
「シリカさんは、来ないんですか」
ほとりは言いながら、わかりきったことを聞いてしまっている自覚があった。
「あぁ、私の理想水郷はニタイモシリだからな。ま、もし、ほとりが自分の理想水郷を作ることになって、森を作りたいって言うなら、その時は手伝ってやるよ」
シリカは仮面を外して、笑顔を見せた。
「はい、その時はぜひ、お願いします。森は絶対欲しいと思ってます」
「ここは開けておくようにしておく」
「お願いします。クォーツ、行こう」
クォーツもシリカに礼を言って、二人はゲートを潜った。
つながれた場所
光のカーテンを出ると、同じような洞窟の中に出た。シリカがいないだけで、ゲートを潜ったのかさえ疑いたくなった。
少し先に、円の上半分の形をした光が見えた。
出口だろうと、二人とそこに向かって歩き出した。
近づくほどにその形が不自然に見えた。外への出口なら、もと縦に長いはずだと思うほとり。
出口に到着すると、出口の下半分が板で塞がれていたのだ。乗り越えるには高く、ほとりは、思い切って板を蹴り飛ばした。
もろくなった板は、あっけなく壊れて、いとも簡単に洞窟の外に出ることができた。
そこは山の中だった。
ニタイモシリに比べたら、まだ空気は軽い。懐かしさすら感じているほとりには、見覚えのあった場所だった。
――セリカ・ガルテンの寮の裏山だ。
ほとりがセリカ・ガルテンに初めて来た日、部屋から裏山の洞窟を発見し、見に行った場所だった。
「ここは、ニタイモシリとをつなぐゲートだったんだ」
セリカ・ガルテンからニタイモシリに行けない理由は、確かに向こう側から閉ざされてしまっていた。
ほとりは、その理由を知れてスッキリもした。
「ほとり?」
「大丈夫。ここがセリカ・ガルテン。私が生活していた場所。やっと、戻って来れた。
あ、ようこそ、セリカ・ガルテンへ」
ほとりは、安堵ともに笑顔になった。
しかし、裏山がとても静かに感じた。寮の裏山ということもあったが、異様な静けさだった。
日はまだあった。セリカ・ガルテンの生徒たちが活動で、寮にいないとしても、その気配すら感じられない。
ほとりは、この島に誰もいないのではないかと、直感した。
第5章 怪奇な森の島の従属蝶 終わり
6-1.蝶人ふたたび