一文物語365 2013年9月集
一文物語
1
彼は赤い糸を手繰り辿って行く中、何人もの俯いた男たちと通りすぎ、やっと糸の先の女を見つけると、彼女は何本もの赤い糸を鋏で切っていたが、彼が彼女の前に現れると持っていた鋏を置いた。
2
木の枝先に鉛筆をくくりつけ、キャンパスをたてて、風の揺れまかせでその枝に描かせてみたら、たすけて、とキャンパスに書いた。
3
何でも揃う商店街で、おもしろ福引券のガラガラを回したら、5メートル目玉焼き飛び込み券が当たった。
4
13才になった女の子は宇宙生存競争に勝つため、実家のあるその星から、代々母が受け継いできた超高性能小型ロケット搭載の宇宙服を着て飛び立った。
5
受験が終わるまでの糖分摂取には十分だと思って顔を引きつりながらも笑みをこぼしている塾帰りの少女が足をふらつかせながら、洒落た装飾の笠をかぶった街灯並みの飴を肩に掛けて歩いている。
6
世を手中にしようと若き日に生み出した封印玉を長きに渡りこっそり大きくしていった老魔女は、その玉の内側から壁を強化していることにまだ気づいていない。
7
お互い好きもの同士の少女は、朝目覚めると二人の仲を分かつように地中から家の床を貫いて白い結晶が鋭いほどに突出するので、二人は学校で自分らを毛嫌いする人の家々を挟んで、眠り回った。
8
遠くの音や声が聞こえるようになる大きな集音器を開発した彼がそれに耳を当てると、いたるところで彼を蔑む言葉が聞こえてきたので、超拡声器でそれらの会話に割り込むと、彼の姿が見えないので幽霊だと恐れられてしまい、彼の話をするものはいなくなった。
9
とうとう目の前に、この星を壊滅に追い込もうとしている見上げるほどの怪獣が現れると、相方はロケットランチャーをぶっ放したが、どういう使い方をしたのか彼自身が怪獣に突っ込んで行くのを目の当たりしたもう一人は、震える手で後に伝説と称される剣を腰から抜いた。
10
初めて都市部へ遠足に行く朝、空気が汚れているからと植物の入った箱を背負い、箱にホースのつながったマスクをつけていた少女と十余年ぶりに再会すると、彼女は空気清浄機を背負っていた。
11
閃光をまき散らしてタマゴ型のロボットに乗った少女が現れると、目の前にいたスーツを来た男性が驚いてスーツケースを落とすとフタが開くと、中から石器の道具と革の服がバラバラ飛び出て来て、別の時代人が他にもいるんだなと、それを見ていた青年が見知らぬ言語で今日の報告を書いた紙を異次元転送ホールに投げ入れた。
12
仕事を終えた彼女は、洗面台で返り血のついたゴーグルをいつも洗う。
13
隣に干された白くてかわいい新し目のシャツに恋をした古参のシャツは、自分に刺繍された世界の平和を訴える詩の糸をほどいて、相手のシャツに愛の言葉を刻み始めた。
14
ロケットを作った開発者の男たちは、空を超えて遠くへ行ってしまう子供を思うように涙し、発射ボタンのある部屋を占拠したが、ロケットは一刻も早くそんな元を離れたくてしょうがなかったので、自ら飛び上がると、周囲の観客は拍手を送った。
15
人に騙され世間から離れた男は、山の中で迷い、崖から海の向こうへ伸びる道があると聞いて、手すりもない両側真下が海の道を歩いていると、途中に穴が空いていてサメが口を開けて何かが入ってくるのを待っているようだが、とうとう自分は狐にも騙されたのかと穴の際を通って、道とともに海に沈んだ。
16
彼は、赤いインクで描かれたソファに横たわる女の絵を新しい彼女に見せ、モデルのお願いをすると、翌朝、ベッドに横たわる彼女の流れ出た血液で、彼女を描いている。
17
男が愛した女と、激しく愛を交わらすと、相手は必ず灰になってしまう。
18
世界を支配する最後の魔王から出前を頼まれた高級レストランシェフは、洞窟を彷徨い、玉座の間にあがる長い階段で足がもつれ、持っていた料理を台なしにした結果、数年魔王に付きっきりで料理を振る舞うことになったが、洞窟の中のモンスターは料理素材としては優れていてシェフの料理魂に火がつき、魔王は栄養過多により太り過ぎ、世を去った。
19
今夜は晴れると聞いて山の頂きに一番乗りした少年二人は、手の届く月を独占し、落ちていた棒きれで、目の前に迫る月の表面でマルバツゲームを一晩中していた。
20
神は、校舎の屋上で一人になりたいと身を投げようとした女子生徒を拉致し、地球をコントロールするシステムパネルのある部屋にその子を監禁すると、神は街で生活し始めた。
21
海の上に建てられたジェットコースターの一部は、トンネルもないまま海中に潜っていて、毎回多くの犠牲者が出るが、コースターのスピードと威力に負けない猛者たちが荒波の海をどんどん泳いで渡ってくる。
22
雲が横切るところに張ってある一本の綱を渡る老人は、突然真下から急上昇して来た雲に包まれると、そのまま雲に乗って綱の張られていない山の頂きに置いていかれた。
23
姫が着ている床を引きずるほど長いドレスの波打つ裾で、帆船が楽しそうに冒険し、海の獣が飛び跳ねていて、姫はこのドレスを捨てて良いものか困っている。
24
少女がたんぽぽの綿を握ってふわふわと浮いているが、風が吹くたびに、ひとつひとつ小さな綿が飛び去って、飛行高度は下がっていくと、少女はがんばってと綿に声をかける。
25
新婚旅行で訪れた地で現地の人から、山の上で素敵な光景が見れると言われたので、夫婦は山の上に行くと、雲間を飛び跳ねる巨大なクジラを見渡し感動し、お礼を言いにいくと、現地の人はそんなはずはないと驚いた。
26
山中に、途中で折れている木から手が空に伸びていて、砂漠には岩のように硬い手が突き出ていて、この地球には巨人が一人埋まっているのだと信じてやまない男が砂漠を掘り返していると、岩の手が倒れるようにして男を地中に呑み込んだ。
27
山が噴火するというのでふもとの村人が避難すると、山から空に届きそうな大きな花がバッとひとつ咲き、そこら中の虫たちが蜜を求めて飛び出し、村人たちも我先にと走りだした。
28
一帯を分かつ瓦礫山の上に伸びるネズミ返しのある鉄の壁に近づくなと、さんざん言われていた好奇心旺盛の小人が、やっとのことでその壁に登って寝そべっていると、カタンカタンと背中の鉄が振動し始めると次第にそれは大きくなり、小人は辺りを見回すと隣の瓦礫山にも同じ鉄の壁が平行して伸び、その先から巨大な箱がかなりの速度でこっちに移動してきている。
29
浅瀬に立つ彼女の姿が湖面に写っていたが、波や反射の、自分の見間違いではないかと、もう一度彼は目を凝らして見ても、彼女の姿が二人湖面に写っていた。
30
目をつむり、思い思いの世界に観客を誘う魔法のような調を演奏するチェロ奏者は演奏依頼を受け、公園の池に行くと、どこからか現れた暴れ狂うワニたちを眠らせてほしいとのことだったが、最近、眠らせる依頼が増えている。