一文物語365 2013年10月集
一文物語
1
星を越えてでも占って貰いたいと評判でよく不幸が当たる占い師は、先日占った客の住む星を水晶に映し出し、フライパンで水晶ごと叩き割ると、突然、地面が大きく揺れ始めた。
2
絶海の孤島に動物と話のできる忌み嫌われた少女が、近づいてきた嵐を鎮める生け贄に選ばれ、大量の風船に吊るされて風に乗って島を出ると、嵐なんてものはなく、鳥たちが風船を突っついて割ったりもしたが、鳥たちをなんとか説得して大きな街まで引っ張ってもらった。
3
球体関節人形作家の男が、創作に行き詰まって散歩に出かけて帰ってくると、家のドアが少しだけしか開かず、開いたその隙間から、遅いわと声がして、突然、長い髪を垂らしてまんまるに目を見開いた少女が顔をのぞかせた。
4
夜の大都会の路地裏で、仕事に疲れた女性が雨上がりの水たまりに、濁りのない綺麗な都会が映るもう一つの世界の入口に飛び込むと、水たまりは女性を中心に波紋をただ広げるだけだった。
5
喧嘩別れをした年頃の女の子が、全く客の入っていない芝居小屋で、光るクジラや花火のように七色に変化するたくさんの小魚たちと人が一緒に明るい海底で過ごす物語を見終わり、心温まって小屋を出ると、女の子は全身びしょ濡れで夜の浜辺に立っていた。
6
日も暮れた下校中の少女が、街灯もないのに光る葉の群を見上げていると、突然少女はその光に飲み込まれてその場に鞄だけを残して消えると、数ヶ月後、大量の落ち葉の中から少女が捨てられちゃったと言って、現れた。
7
女性の衣類だけを売っている店主の青年に一緒になりたいと言った女性は、愛を感じさせる雰囲気の中で青年に初めて口づけをされると、全身が溶けて着ていた服だけを残して青年に吸い込まれてしまった。
8
女の子の歌う音程は外れていて、楽器もまともに弾けず、それでいてリズムも合わないが、五線に置かれた音符の上を彼女が次々飛び跳ねると、魔笛が響き、川を流れたり、時には剣を舞わし、運命の扉を叩く情景を浮かび上がらせる。
9
現実を記録して可視化された現実から逃げた彼は、隣室の音すら聞こえない閉ざされた個室で、スピーカーから聞こえてくるイキ果てる、人の最後の呼吸音を聞き届けて、壁に線を一本書き加えた。
10
その村の風習にのっとって、幼くして死んだ娘を小舟に乗せて海に送り出すと、数日後、小舟が死人の生きた年の分だけ花を乗せて帰ってくる。
11
夜、自宅でパソコンのキーボードを打っている彼は、私のキーボードも打ってみない?、と耳元で彼女に囁かれて疑問を抱きながら彼女を見ると、胸にキーボードがプリントされたTシャツを着ていたので、彼はそっちに手を伸ばした。
12
旦那は、眼帯をした妻が朝食のテーブルに出してきた目玉焼きと目が合った。
13
人々があちこちで争いを始めたので、大仏や数多くの仏像はおちおちずっとその場に居座ってもいられず、武器を持って実力で争いを鎮めに行った。
14
四角く縦に長い石頭の人や角の取れた楕円形の石頭の人、石包丁のように広くて薄っぺらい石頭の人たちが、会議室で、ガチガチと頭をぶつけ合い、削れた石片をまき散らすだけの不毛な時間を過ごしている。
15
海底に沈んだ船の様子を潜水士が調べていると、光をまとった美しい女性が立っていたので近づくと、暗闇から幾つもの目がついた大きな魚が口を広げて出現し、女性とともに潜水士を飲み込んだが、潜水士とつながる紐を引き上げられることでその魚は釣られてしまった。
16
興奮気味で、血だらけの包丁を持った少女は、怪我しちゃったねと言って、その包丁に包帯を巻いてあげた。
17
ついにパソコンで描いた美少女が画面から出て来る時代が到来したが、描いたところしか形にならないので、上半身や顔だけの絵は軽い気持ちで描いてはいけない。
18
下校途中、畑の脇を歩いていた少女は、突然の雨に、畑に植わっていてレタスをいけないと思いながら引き抜くと、それはバッと広がって傘になり、翌日、きれいにたたんで元の場所にお礼を言って戻しておいた。
19
人里離れたボロい家に住む画家が、冷たい隙間風に耐えかね、しかし暖炉はなく、作るお金もないので、暖炉で轟々と炎があがる絵を描き、震える手を温めている。
20
常にマスクをしている付き合いたての彼女は、物静かで何を聞いても、うん、と頷くことが多く、いつも斜め上を見ている不思議な女の子で、マスクを外すと、彼女はさるぐつわをしていた。
21
何も思いつかなくなってしまった作家が机で悩んでいると、突然床が抜けて、机にしがみついた状態で水面を漂いながら、地平線から広がる空を見上げると、そこは自分の部屋の天井だった。
22
人生に迷い、自分のこともよくわからず、今は自分の体内を彷徨い、出口すら見つけることも出来ないでいる。
23
劇場へと案内するように道に上演中のポスターがずらりと貼られていて、最終公演でヒロインが悲運の死を遂げ、悲しみの火をつけると、道に貼ってあるポスターがいっせいに燃え始めた。
24
自分が幸せになることで誰かを不幸にすると思っている女性は、ついに結婚式場をドレス姿で一人抜け出し、飛び乗った電車で、涙とともに周囲に自分の不幸をまき散らしていなくなった。
25
憧れの男性にハートの矢で鋭く胸を射抜かれた彼女は、愛をふりまくかのようにその場に血が飛び散り、男性の愛にきつく抱かれているかのように幸せを感じながら彼女の意識は遠のいた。
26
夜月に照らされ、どこまでも続いているかのような雲の平原を飛行機の窓から眺めていると、首の長いキリンがまるで海面に出て息をするクジラのごとく、顔を雲から突き出した。
27
恐怖で動けなくなったのか、仰向けにさせられ、無抵抗の男の顔面に老人が刃物をあてがっているその部屋の入口には、赤青白の線がクルクル回っている。
28
字を書くことに飽きた若き女性作家は、地下室で頭のなかで膨らみ続ける世界を地図に描き起こして、地球に訴えかけている。
29
あらゆる物の声を聞くことができるスピーカーを開発した彼は、地面に置いて地球の声を聞くとスピーカーから、いい湯だわと母親のような声がして、呑気なもんだなとスピーカーに向かって言い放つと、スピーカーから間欠泉のように熱湯が吹き出てきた。
30
好き者同士がはなればなれになって、お互いの手紙にいつか会いに行くからと書いて、首を長くして待っていたが、二人は待ちきれずに長く伸びた首のまま海の上で顔を合わせて、笑った。
31
朝、教室に行くとイス全部が逆立ちをしていて、真面目に授業を受けない生徒の着席を拒否している。