一文物語365 2015年3月集
一文物語
1
周囲から一目置かれている彼女が気持ち悪くなって嘔吐すると、宝石やら、それらで装飾されたネックレスなどが吐き出され、特異体質で生成しちゃうの、と涙目に話してくれたが、極悪な強盗ではないかと疑ってみるが、盗品をこんなにも飲み込むことを想像すると気持ち悪くなってしまった。
2
隣の町では桜の便りが届いたらしく、今日、郵便受けを開けたら、大量の桜の花びらが溢れ出てきた。
3
こちらでも春が届いたので、春の箱を開けてみると、黄色い粉だとわかった途端くしゃみを誘発して、粉を飛散させて悲惨な目にあってしまった。
4
はーい、順番にならんで、あなたは、この子に付いて下さい、と出生時に影は赤ちゃんと一体になる。
5
新しい物好きのその国の人々は、土地を広げようと森を伐採し続けると、国全体がまっ平らになってしまい、また新しい森が欲しいと思い始め、いつしかの枯れた森のような灰色のビル群に木を植え始めた。
6
流れ去る景色も目も入らず、移動している時間も忘れ、心地よく揺られて、行き着いた先はいかがなところか、睡眠列車に乗った人は行ったっきり戻ってこない。
7
塔の上で飛び降りる決意をした男だが、魂が天高い場所から舞い降りてきたのに、また飛び降りる体験はしたくないと、駄々をこね、男は風にあおられつつ戸惑っていたがしぶしぶ階段を降りていった。
8
とにかく止めることを知らない砲撃手めがけて、砲台に詰め込まれたお酒とお金を抱えた女がついに発射された。
9
彼以外誰も住んでいないマンションのエレベーターが開くと、白いロングコートを来た女性が会釈をして出てきたが、彼は、新しい人かと思いながらエレベーターに乗り込み、わざわざエレベーターを使わずとも、壁抜けもできるんだけどなごりかな、と影のないその指で行先階のボタンを押した。
10
必死に沼の主のなまずを釣り上げようと、釣り糸を垂らしても餌だけが食われて主の体だけが大きくなり、その巨体が揺れるたびにその一帯が大きく揺れて困っている。
11
こんな風の強い日が絶好の機会だと、するりと洗濯バサミから抜けて翼を広げるように飛んでいった洗濯物は、柔軟剤が置いてある家に飛んでいった。
12
寒くて凍えそうだった彼はたどり着いた山小屋で、薪をくめて火をつけたがいっこうに火は大きくならなかったが、拍手を送ると上機嫌に火は大きくなり、拍手で手も体も温まってきた。
13
エアコンをつけると暖かい空気が出てくるが、その外では魔物がゴーゴーと空気を吐き出していてうるさく、静かな魔物を狩りに行かなければないかと、家の主は悩んでいる。
14
ひと月前のお返しに心を込めて、ハート型の箱に入れ、血相の悪くなったその男はふらふらになりながら彼女に自分の心臓を差し出した。
15
1、2、3、4、5、6、7、8、と外で子どもたちが声を揃えて繰り返しているが、9が言えないのか、数が先に進まない。
16
彼女が鏡に写る自分を自分で撮影したが、鏡の精度の問題かカメラの調子が悪いのか、自分の顔ではない誰かの顔で撮影している女が写っていた。
17
漆黒の城で黒しか知らない黒の姫は、明るい色を求めて城外に出て行ってしまうと、動く影だと、七色の叫び声とともに子どもたちに追いかけ回されているが、彼女は笑っていた。
18
彼女は直接触れることを嫌い、大好きな彼に触れる時でさえ特殊な手袋をつけるのだが、ある時、彼は直接その手で触れられてしまい体が溶けてしまうが、これで彼女の心の中へ溶け込めるんだと彼はその想いとともに消えていった。
19
とうとう海の魚たちが、汚れた海を嫌って、水道管の中を生息地として移住し始めている。
20
毎晩、海で釣りをしているひとりぼっちの少女は、星をエサにして夢を釣ろうとしている。
21
人がわんさか集まる小さなカフェの背景には、コンクリートに塗り固められた大きな美術館がくっついている。
22
暗い村に光を、と女は長旅を終えて月を持ち帰って来たが、わずかな光さえも月は吸収してしまい、村の明かりは奪われていくばかりなので、月を粉々に砕いて空にまき散らすと、宇宙のどこかしこから光を集めて、無数の星々となった月は村をほんのり明るく照らした。
23
音の聞こえる池に向かっていくと、おたまじゃくしが優雅に尻尾を振りながら水面の波紋に音を乗せて奏でている。
24
動くな、と言われた彼は文章と化したただの文字に、重くのしかかられ、その場から動くことができない。
25
春めく今日このごろ、停電が多く続くのは、スズメが一本の電線に団子のように群がりすぎて電線が切れてしまっているのだ。
26
好きな人が目の前を通るとすすーっと吸い寄せられてしまい、どこまでもついていってしまうので、揉め事になることもあるのだが、自分の体はあなたに惹きつけられる磁石であると言い張っている。
27
とにかく音を奏でたかったエレキギターとスピーカーがようやくひとつにつながり、これからって時に、うるさくしないでくれと電気に見放されてしまい、仕方なくギターが空元気で悲しく弦を震わせた。
28
なんでもジャグリングしてしまう大道芸が、まだまだ回し足りないと、大陸の端へ行き、地面を引き剥がしにかかった。
29
落下中の悲鳴か地面との衝突音なのか、老婆はただ静かに窓辺で雨粒の声に耳を傾けている。
30
男は、その石をつかむと水の中でも息ができるようになったので、人類が驚くような発見をしようと海底探査に出かけていったが、水の中ではその石は重くなり、彼は海底でその石を放すに放せなくなってしまった。
31
自分とは何か、人生とはと考えていると考えたことが頭の中に蓄積されていき、だんだんと頭が重くなっていき、終いにはその場に沈み込んで、人型の穴が作られた。
一文物語365の本
2015年3月の一文物語は、手製本「雪」に収録されています。