3-10.火の蝶 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
水を補充してからピラミッドを脱出したほとりとマノンだったが、
走ってオアシスを目指すが、デフトに囲まれてしまうほとり。そこに炎をまとった蝶が現れる。
水を握って
振動が静まり、通路をいっきに走り抜ける。
ほとりは、マノンに抱えられた。ピラミッドを出るために昇降路を浮上するのかと思っていると、下降する。
「え、どこへ?」
ほとりは首を上げてマノンに聞いた。
「水を取りに行きます。デフトが多すぎるので」
「はい」
二人は最下層に行と、あるだけ瓶に水を入れて、ほとりの水の羽に沈めた。
準備を終えたほとりは、薄暗い天井を見上げているマノンを見た。
「マノンさん?」
ほとりも見上げた。
したたる水の量が、少なくなっていた。目に見えるほど、水滴が落ちる回数が遅くなっていた。
「もうじきに、水の循環が止まる。そうなったら、ここはデフトの巣窟になる」
マノンの抑揚のない声が、悲しく響いた。
不意に、水滴が数滴落ちると同時に、天井が揺れた。中階層にいた時ほどの揺れはなかった。
「行きましょう」
「これを持って行ってください」
ほとりは、コートのポケットに五個あった固形化した水の玉をマノンに手渡した。
「気を使わなくていい。私は飛んで逃げる。これこそ、飛べないあなたに必要なもの」
マノンは、押し返してきた。
天井が今までになく強く揺れる。何度も衝撃が続き、崩れ響く音が大きくなった。
「水の瓶もありますし、水の羽もあります。飛べませんが――」
ほとりは、揺れがおさまる寸前に、マノンのポケットに水の玉を入れ込んだ。
「――」
マノンは、何も言わなかった。
そして、二人は頂上からではなく、五層上がったところから、外へ出た。そこは、地上だった。
羽の痛み
砂漠も空もデフトでいっぱいだった。
二人は飛び上がると、ピラミッドの上層部分が崩れい流のを見てとれた。大腐死蝶はピラミッドを避けて、またどこかに向かおうとしている。
「このまま海に向かってくれれば」
マノンがぼそっと言った。
マノンは飛行を、ほとりは水でデフトを払いのけて、オアシスが見えるところまでやってきた。
オアシスの中央にあるゲートの岩が立つ島にも、デフトの存在が確認できた。水の量は十分にある。順調に進めば余裕だった。
しかし、背後から突風が吹き、あおられたマノンは耐えきれず、ほとりを放してしまった。
ほとりは、砂漠に落下。羽で自身を包み、怪我はなかった。
宙で体制を整えたマノンは、ほとりに向かってくる。
大腐死蝶の羽が大きくしなり、ゆっくり前後に振れる。今度は、壁になった砂嵐が襲ってきた。
デフトはおろか、マノンも風に巻き込まれて遠くへ吹き飛んでいってしまった。
羽で自分を守って砂嵐をやり過ごしたほとりは、自分の足でオアシスを目指す。
一歩一歩、砂に足がとられ、初めてここへやってきた日を思い出させるように、額から汗が落ちていく。
地面を彷徨うデフトがほとりに気づき、迫ってくるが、羽で振り払って、瓶から水を放つ。水が当たると、その部分から黒い煙が上がり、濁音の悲鳴を叫んで、地面にもぐっていく。が、また別のデフトが襲ってくる。
マノンがほとりの元へ行こうとしているが、デフトの大群に邪魔されて、近づけずにいた。
これではきりがなく、ほとりもオアシスまで水がもつか不安になっていた。
気づけば、周囲をデフトに囲まれていて、前方ばかりに気を取られていたほとりは、背後から水の羽をかじられた。
「あ、痛――っ」
悲鳴を上げたほとりは、初めて羽に傷みを感じた。
今まで感覚のなかった羽に、神経があるということなのか。そこまで考える余裕はなかった。
赤い閃光
赤い一閃の光が、ほとりの周囲を舞った。まるで、物語に出てくる不死鳥のようだった。
羽を噛んでいたデフトもほとりから離れた。
「遅くなって申し訳ない。大丈夫か?」
それはミズホだった。体全体から、羽も炎をまとっていた。
「ありがとうございます、ミズホさん……」
揺れる炎の膜の奥で、ミズホは笑みを浮かべていた。
これがインボルクの浄火。ベレノスの光を蝶人が使うと、こうなってしまうの……。
ミズホの体が弱ってしまった理由に合点がいった。
「ドォーガァーダァージョーズイー」
ほとりの羽に噛みついて口元が濡れていたそのデフトは、頭部から白い煙を上げて、体を蒸発させるように消えてしまった。
「えっ、いなくなった……」
「これは……ほとり、君は本当に予言の子だったんだね」
ミズホに見つめられたほとりは、消えたデフトとミズホの発言につながりを求めることができなかった。
消えたデフトから発せられた蒸気は、天へと昇っていた。それが風でたち消えた途端、島中のデフトが、ほとりに顔を向けて、動き出した。
「な、なに?」
辺りを見回すほとり。
「ここは私が追い払う。ほとりは、早く、オアシスへ」
そう言い残したミズホは炎をなびかせて、龍の尾でなぎ払うかのごとく、ほとりに近づいてくるデフトたちを突き飛ばしていった。
ほとりは、砂を強く蹴って、オアシスに走り出した。
3-11.救いの羽