一文物語365 2013年8月集
一文物語
1
以前、食べておいしかったきのこが忘れられず、それは近海では採れないものらしく、女は水の入ったタンクと繋がったフルフェイスマスクをかぶって陸に上がったが、きのこ以上に自分を満たしてくれる男を持ち帰った。
2
暗い時間に電気スタンドたちがひとところで新しい密談場所の密談をしているが、場所は存在感で直ぐにばれ、足あとも残してしまっている。
3
時々雲間からの月明かりで照らされる大鎌を持った死神に恋をした少女は、何度も告白したが断られ続けたので、その大鎌を奪い、思う存分死神を切りつけた。
4
溶け消えそうな蝋燭の火は、最後の最後に打ち上げ花火の導火線に乗り移させてもらうと、短い時間ではあるがいつもより派手に自分を主張して、消えていった。
5
幼少の頃、物陰で戦闘機や戦車、歩兵が連発する機関銃に怯えていた少女は、今、オーケストラ戦闘楽団に所属するようになり、大勢のお客さんの前でバイオリンを引いて音色を響かせ、その音色は戦闘機を遠隔操作する信号を送る。
6
少女は埃をかぶった古びた機械を修理していると、近づいてきた小鳥と話せるようになり、また近くをうろついていたカエルとも話せるようになって、世界の人々の心を感じ取るまでになったその機械をさらに改良し、少女は地球の代弁者と言われるようになったが、各地でアスファルトを剥がし、その機械をはじめ、あらゆる機械の破壊を始めた。
7
服を着るのが嫌な女が無人島での生活を勧められ、無人島でしばらく生活していると監視カメラを発見した。
8
明け方、朝顔のつぼみの陰で小さな少女と少年は密かに逢っていると、つぼみが開きはじめて少女の背中を押していくと、少女は朝顔のせいにして少年にキスをした。
9
孤島の古い屋敷に若いメイド二人だけが取り残され、二人は日替わりで主従を交代して生活している。
10
笑顔で無邪気な少女の持つ傘は、開くと雨が降り、傘の中から花を降らし、少女は砂漠を花だらけにして、面白がって緑の大地をも色鮮やかにしてしまった。
11
自分のもとを去った男を追いかけると、飛空艇の操縦をしていたので、女はその船にしばらく乗って男との旅路気分を味わっていたが、単調な空の遊覧に刺激を求め、その男を振り落とすべく操縦席を奪った。
12
十年もの間、人里離れた山の中で数キロ下った沢から水を汲み、大きな実をつけた花に毎日水をあげている若い女は、その花から実った男と母の間に生まれ、女も丹精込めて育てた男を欲していた。
13
岩山で、女は人間の絵を描き、男は岩を切り出して女の書いた絵を基にその岩を彫って出来上がった人間は、自ら歩き出し、幼体へと姿を変えながら下山して人間界へと出て行く。
14
未来から帰還した友人が、何でも生物に変化させる薬を月にまいたと言って、月はタコのように足を生やして宇宙を泳ぎ始めたが、往年のSF作家が彼を批判する一方で、せっせとSF小説を書き始めた。
15
疲弊し、それでも魔法弾を空地から打ち放っていた魔法少女たちは、今日、敵味方関係なく戦場で、植物や花を咲かせる魔法を唱えると、自然と笑いあった。
16
何度も使えるティーパック少女をコップに入れると気持よさそうに泳ぎ、肌がピンク色に染まれば調度良い塩梅だが、ティーパック少女を冷ましたり、人間と同じ食生活をさせなければならないのが面倒である
17
ミニチュア作家の彼は、瓶の中で、野原に家を建てて最後に瓶の蓋をした時、自分もこの瓶のような宇宙の中で誰かに配置されたのだろうかと思考がループし始め、その場から一歩も動けなくなった。
18
最後の夜、海に現れた巨人の骸骨が島一つ分はある本を開くと、楽器を持った死人たちが紙から浮かび上がり、演奏が始まると海の生物たちが狂喜し、陸の生物が狂乱し、やがて静かな新しい朝を迎えた。
19
黒い点をしばらくたどって行くと、交差点で見上げるほどの万年筆がぐちゃぐちゃと乱舞していたので、主人公は、またしばらく先に進めないのか、と作者への愚痴を原稿用紙に書き始めた。
20
着物なんてたいそうなものはないし、浴衣では物足りないので、手編みのセーターを彼女に着せ、せっせと糸をほどいていった。
21
授業中、よく目の合う女子生徒が「不思議な体内しているよね」と言ってきたので、人間ではないことを見破られて開いた口が閉じないのは仕方ないが、彼女の目もどうかしている。
22
どす黒いマニキュアらしきものをしている熊が、巣穴の前で子供たちに風船を配っている。
23
雲の上を飛ぶ飛行機の窓から外を眺めていると、スカイダイバーが逃げるようにスッと落下して行き、まもなくサメが口をあんぐりと開け、尾ひれをうねらせて、ダイバーを追いかけて行った。
24
パソコンに頭を突っ込み合体してしまった兄を真似て、少女はダンボール箱を被ってみたが、明るく見える所は自分の足元だけで、真っ暗な箱のなかで反響する自分の吐息が気持ち悪くなり、パソコンの世界にいる兄を悲しみ、パソコンの電源を抜いた
25
友人宅に赴くと、玄関のドアは中から腕が出てドアノブを押さえているので、いつもじゃんけんをして勝たないと中に入れてもらえないのだが、握手を求められた日は、たいがい友人の母親の手である。
26
若い作家は、メモしたデータが消えてしまったので、外部記録媒体は当てにならないとして、覚えていることを忘れないために繰り返し復唱しながら、四六時中どこへ行くにも続けていると、ある日、手にとった本に自分のアイデアが使われていた。
27
自然の中で生きると都会から出て行ったやつが、川の下に家を作ったというので行ってみると、天井を水が流れて陽の光がチラチラと落ちてきて幻想的だったが、夜の明かりには、大きな電球の中に電気ウナギを入れて気分で発電させいるが不安定でまともな生活はできないので、仕方なく水車小屋を作っているという。
28
強い陽射しの下で友達と別れた女子学生は、木陰で、買ってきたアイスを一口食べると「暑苦しかった」と言った。
29
隣国同士の仲が悪かった白の姫と黒の姫は、国境をまたぐ山で鍋パーティーをして二人仲良くするはずだったが、鍋は水のまま、二人は何も出来ず、我慢の限界を超えた二人は、鍋の水をかけあえば、国が大洪水になり、脇においてあった具材を投げれば、隕石が国に落下し二人の住む場所は無残な荒れ地と変わってしまった。
30
念じた物をあちらこちらから集めてしまう女が、お金に困り、盗みに入ろうと玄関の前で鍵を念じると、日の出の時間を迎えるほど探さなければならない鍵が集まってしまい、警察に捕まった後、念じるものを間違えたことに女は気づいた。
31
虹の足元には宝物が埋まっていると信じてやまない彼は、ついに虹の元へたどり着いた時、突然竜巻が発生して彼と虹を巻き上げ、七色のワープトンネルを通るようにして自分の家に戻ってきてしまったんだと、帰ってきた理由を話している。