一文物語365 2015年2月集
一文物語
1
放課後、体育倉庫に来て欲しいと隣クラスの女子に呼ばれて、身の危険を感じつつも、恋心の予感を想像して行ってみると、重ね積まれたマットの上で狐が一匹笑っていやがったが、どうも校舎内に迷い込んでいるらしく、外へ連れだすと、とっとといなくなったが、騙されにもかかわらず彼は無性に恩返しを期待してしまっている。
2
タコは古から備わっているスミと引き換えに、最新のLEDを吸盤に埋め込み、威嚇方式をアップグレードした。
3
一人冒険家が大雪原で休憩していると、何も見えないが遠くからハープの音が心地よく流れてきたので、極限の地で幻聴なのかもと思いつつ近づいていくと、寂しさを紛らわすようにシロクマが数本切れかかった弦のハープを弾いていた。
4
象が街中を闊歩した際、引き起こした揺れで崩れかかった建物を自らの体で支え、そのまま石化して、建物の一部の像となった。
5
こんな時は温かい家の中にいるのが一番、とくつろいでいると、窓に吹きつけていた雪が、中に入れてくれと言わんばかりに血塗られたような手の痕を無数につけていった。
6
毎晩、男が空に両手を上げて何かを引き寄せているようだが、宇宙の方が引き寄せる力が強いため、男の手が伸び、顔のパーツが離れかかっていることをまだ知らない。
7
社会の渦に巻き込まれて疲弊感が溜まった女性は、風呂で、解き放たれたい時に使うといいともらった地球を模した入浴剤を入れると、それは数多の光を水面に広げながら溶け、同時に地球も宇宙から溶けるようにして消えた。
8
またここに迎えにくる、と男と約束した少女は、太い枝に吊る下げられた二人で作ったお手製のブランコに腰掛けて待ち続け、男が再度ここにやって来た時、花嫁衣装に身を包み、ブランコから蝶のように舞い飛んだ。
9
山頂に住む仙人に助けを求めて、険しい山道をロープをたぐり登ってくる悩める者たちを仙人は救済し、彼は最期に多くのものを導いたそのロープを首にかけようとしたが、腐って切れてしまい、白ヒゲでまたロープを長々と編み始めた。
10
大雪原のど真ん中にひとつだけ足跡をつけて満足した神は、神の足跡と自分で名づけたが、そこを通る人は誰もおらず、見てくれる人はない。
11
狩猟をしに氷上を歩いていると、ポツンとひとつだけ人の足跡を見つけたが、気にもせず上から踏んずけて進んむと、悲しく重い雪が降り始めた。
12
新鮮な方がいいだろうと生きた餌で釣りをしていたが、竿が重くなっていくにもかかわらず、魚は釣れず、なぜか餌が次第に膨れていき、釣り人はその餌に食われてしまった。
13
三日月の日、改めて人類が月に到達すると、月全体が時計じかけの開閉式になっていて、満ち欠けは機械で作り出されたもので、天文学の魅力はなくなってしまった。
14
発掘された靴の位置から前方一メートル、深さ五十メートルのところで横倒れになった人骨を発見した。
15
お静かに、今でも仏様は、あぐらをかいてうとうと眠ってしまったところである。
16
彼は、朝の薄雲から真っ青になった空に浮かぶ雲がペガサスやイルカの形でゆっくり横切り、オレンジ色に反射する夕暮れの雲がたなびくマフラーのように長く、そして冷たい風に流されて消え、やっと待ち合わせ人は来ないんだとわかった。
17
暑くても長袖を着て、いつも肌を見せない恥ずかしがり屋の女の子は、自分の想いが肌に言葉として浮かび上がってしまうので、特に好きな男の子の前では、暑くないとうそぶく。
18
こよなく音楽を愛し、ボロボロに傷んだピアノと炎に巻かれて心中した作曲家と話題になっていたが、ピアノを傷つけられるのを見ていられなかった、と逮捕された調律師によってピアノにマッチ棒を仕掛けられていたことが判明した。
19
物心ついた時からたくさんのネコと暮らし、楽しい時間を過ごしていた彼女だったが、頻繁に活動できる年頃になってくると、ネズミを差し出されたり、とらえた獲物のくわえ方、爪の研ぎ方などを教えられたりと、ネコに飼われていたのは彼女の方だった。
20
新しく削られて気合十分の鉛筆とは裏腹に、一問一投で答えを決める主に嫌気がさし、鉛筆は複雑骨折を訴え、答案用紙の上で砕け散った。
21
時を歩む生きる化石と呼ばれる女は、ヒトを研究し続ける研究者で、自分が年を取っても若返りの薬を飲み、あらゆる時代の人々を見て過ごし、自分が人類最後のヒトとなって死ぬことを夢見ている。
22
地球温暖化は、冬眠をしなければならない我々クマにとっての願いである。
23
ここが氷河の星となれば、繁殖範囲をより広くして安定した子孫が残せるのだが、とシロクマは切に願っている。
24
毎日毎日飽きもせず、夜空の闇は広さと深さで、月は明るさと丸さで勝負をして決着がつかず、また人もどちらを応援する訳でもなく、ただそれに見とれていたりする。
25
お屋敷の門にいる三つ首の番犬は、どんな敵勢にも対応できると自信たっぷりだが、三方の敵に囲まれた時、初めて三つ首が喧嘩になった。
26
押し流されては押し戻されてただ乗っている人生のような駅のホームで休んでいた女性は、抱き上げ、おぶってあげなければならない子供がいることを思い出し、立ち上がった。
27
合戦場から馬が武者を乗せて戻ってきたが、その武者はたくさんの矢に刺されて大怪我をしていると、周囲は理解を示しているが、なぜ甲冑を間違えて宇宙服を着ているのか、それとも未来から間違えて来てしまったのか、戦以上の騒動になっている。
28
突如、空に針が通り抜けて細い雲が並んだように縫い目ができると、地球は服の丸ボタンとして縫い付けられてしまった。
一文物語365の本
2015年2月の一文物語は、手製本「雪」に収録されています。