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5-1.森の洗礼 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
地底のゲートを出ると、そこは背の高い草に覆われ、巨木が生える森の中だった。
湿気と蒸し暑さにクォーツは体調を崩す。休憩するほとりたちは、突然蔓で縛り吊るされる。
そして、二人の前に蝶人が現れた。
森 世界
ほとりとクォーツがゲートの光から出てくると、そこはやはり洞窟の中だった。
ゲートの光で周囲からそう判断できた。真っ暗な空間の先に、まばらな光が見える。
外は夜なのかと思ったほとりは、空気に多くの水分が含まれていることを肌で感じた。土臭さも鼻につく。
クォーツもそれを感じ取っているようだった。
「本当にもう地上なの?」
暗闇へ踏み出せないままのクォーツが握る手は、依然強いままだった。
「ここから出れば、どんなところかわかるよ。あの小さな光に向かって行こう」
ゆっくりと歩き出したほとりに、クォーツも足並みをそろえて歩いて行く。
次第に暗さに目が慣れてわずかな光でも足元や壁の質感が見てとれた。
洞窟の出口は、長く伸びた膨大な草に覆われていた。
「わー、なにこれ。地底で見たことのない」
ほとりは、ベレノスの光をクォーツに渡して、草を押し分け、足で踏み倒して外への道を作った。
洞窟から外へ出ると、そこは森だった。しかし、ただの森ではないとすぐにほとりは見てとれた。
通常の木の三倍はある太さの木々が高く幹を伸ばし、大きな葉が何重にも重なって空を塞ぎ、影だけを落としていた。
森の洗礼
クォーツは、見るもの全てに興味を示して興奮していた。
鬱蒼と生える自分の背丈よりも高い草を恐る恐るかき分けて進むほとりは、森や木、葉、色の説明をした。
「ちょっと待って、ほとり……」
しばらく道なき道を進んだところで、クォーツの弱々しい声がした。
ほとりが振り返って見ると、クォーツは抱えていたベレノスの光を今にも落としそうになって、ふらふらだった。
「クォーツ、大丈夫?」
クォーツはへなへなとその場に座りこんでしまった。クォーツの額からは、ひどく汗が噴き出していた。
湿気が多く、蒸し熱いこの場所が、今まで地底で生きてきたクォーツにとっては、初めての環境の変化。体はすぐに対応できない。
ほとりも汗をかいていたが、元の世界の季節に似ていたことで、つらさはなかった。
「少し休憩しよう」
「うん……」
ほとりも踏み倒した草の上に座りこもうとした時だった。
突然、ほとりは紐のようなもので体を縛り上げられ、宙に吊されてしまった。
「えっ、なにっ?」
同じように目の前で悲鳴を上げて吊し上げられるクォーツ。
まるでジャングルの中に仕掛けられた罠かのように、蔓(つる)に巻きつかれてしまっていた。
ほとりは、体ごと縛られた腕を動かそうにも自分の力では蔓から抜けることはできない。
それ以上、何か襲ってくる様子はなく、森は静かだった。
しかし、辺りに小さな白い影がちらほら現れ始めた。起き上がりこぼしのような二頭身の得体の知れない影がはっきり姿を現すと、目や口があることがわかる。
辺りの木の枝に、小鳥のように並んでいたり、幹につかまってこちらをただ見ていた。
クォーツを吊っている蔓の上にもそれがいて、ゆっくり降りていこうとしていた。
ほとりも自分の蔓を見上げると、頭上にそれがいた。
あっという間に、一帯は雪でも降ったかのように白い影に囲まれていた。
それは鳴き声を出すわけでもなく、ほとりたちを面白がるように見ているようだった。
――お願い、開いて。
両手の使えないほとりは、背中に神経を集中させて、水の羽をいっきに伸ばした。
それを見た白い影たちは、同時にびくついてのけ反り、振り子のようにすぐに体を起き上がらせる。
ほとりは、いつになく羽の至るところに感覚を感じられた。
――これなら。
森の蝶
背中と蔓の間にあったクリスタルの剣を羽の一部でつかんだ。自分の背中と蔓を切ってしまわぬよう慎重に引き抜いた。
ほとりは、ブランコをこぐように足を前後に揺らしていく。振り幅がだんだん大きくなると、ぐったりと首を垂らすクォーツに近づいていく。
ほとりはクォーツから最大に離れた時、羽の持つクリスタルの剣を構え、クォーツの蔓に視点を定めた。
ブランコなら飛び上がってしまうほどの勢いで、クォーツにいっきに近づいて、剣を持った羽を振り払って、クォーツの蔓を切った。
振り払った反動を利用して、反対側の羽を落下するクォーツに広げ伸ばしてを受け止めた。
そして、頭上に伸びる自分の蔓を切ったほとりは、クォーツとともに羽で身を包み、地面に落ちた。落下の衝撃は、水の球が吸収する。
剣で、自分とクォーツを縛る蔓を切りほどいた。
「クォーツ、大丈夫?」
「……うん……、助けてくれてありがとう……」
クォーツは口を開けて、苦しそうに息をしていた。
ほとりはガラス瓶を手に取ったが、中身は空だった。地底を出る前に入れておけば良かったと、後悔しても遅かった。
どこかに水がないかと辺りを見回し、耳をすます。
さっきまで見物していた得体の知れない白い影は、いつの間にか消えて、薄暗い緑の世界に戻っていた。
今しがたほとりが踏みつけて作ってきた草道は、元の草の茂みに戻ってしまっていた。まるで、草の亡者に取り囲まれてしまっているようだった。
風で葉が揺れる音しか聞こえない。
ガサッと木の上から音がした。
顔を上げると、蝶の羽を生やした人物が立っていた。
黒を基調とし、細かな緑の粉を振りかけたかのような不気味な色の羽。下の羽は黄色い模様が入り、そこだけよく目立っていた。
「なぜ、人がここにいる」
緑色の服を着て、木の仮面を被ったその蝶人が言った。
5-2.ニタイモシリ