4-11.地上への道 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ナイア像の部屋の隠し扉から、地上への道を進むほとりとクォーツは、水が止まるのを待った。
水が出ていた穴にベレノスの光を置くか迷う。突然、その穴が塞がり、二人の進む道は……。
裏道の真実
クォーツに連れられて、ナイア像の裏側へ回った。
四角い部屋の中央に像が立っているだけで、特に目につく物は何もない。
クォーツは、クリスタル張りの壁を押す。
長方形に切り抜かれたかのように壁が開いた。クリスタル張りで、しっかり目をこらされなければ、その境目はわからない。
その先は階段になっていた。
クォーツは、何の迷いもなく降りていく。ほとりも後を追った。
階段を降りると、狭い洞窟が伸びいた。ところどころクリスタルが生え、光を放っていて、暗くはない。
ほとりが抱えたベレノスの光とクリスタルは呼応し、まるで光が息をするように強く光ったり、弱まったりしている。
クォーツの背中を見ながら進んでいくと、だんだんと勢いよく流れる水の音が聞こえてきた。そして、水が壁の穴から道を挟んで、向かいの壁の穴の中へと流れている場所へ辿り着いた。
水の流れていく方からは光が差し込んでいる。
「向こうがテクリートのいる広場」
ほとりは、光が差し込んでいる穴を指差した。
「そう。ここで私は水が引くのを待たされていた。でも、あっちにほとりがいるんだって思ったら、いてもたってもいられなくなって、水に飛び込んでた」
クォーツは、他人事のように笑った。
「水の勢いだって強かったし、そんな危ない真似を」
「だって、早く行かないと、ほとりと会えなくなると思って」
「だからって――」
ほとりはそこで言葉を止めた。
「なに?」
クォーツが聞いてきた。
「……クォーツだって、見た目と違って、大胆な行動するよね」
「ほとりほどじゃないよ」
「私は、クォーツほどでもないから」
二人は黙って見つめ合った。
そして、どちらからともなく笑いがこみ上げた。洞窟内に二人の笑い声が響き渡った。
光の置き場
声を沈めると、圧倒的な静寂に包まれた。
水は細い筋を作る程度で、ほとんど止まりかけていた。
奥へ目をやると、水の流れに遮られていた地上へ行けるとされる道が伸びていた。
左右の壁は、ぽっかり穴が空いている。
ほとりは、左側の穴を覗いた。すっかり水の引いた納天姫祭の広場が見えた。そこからは、テクリートの姿を見つけることはできなかった。
「ほとり」
クォーツは、水が流れ出てきた穴の中をのぞき込んでいた。ほとりものぞき込むと、穴がずっと上に続いているように見えた。しかし、途中から真っ暗になってはっきりとはわからなかった。
「ここにベレノスの光を置いておくんだね」
しかし、ほとりの問いにクォーツは答えず黙った。
クォーツがベレノスの光を地上へ持って行くべきか、ここへ置いていくか考えているように思えた。
カラ、カラ、コツ、コツ……と小さな音がどこからか聞こえてきた。
「ほとり――っ」
ほとりは、突然クォーツに突き飛ばされるようにして、倒れ込んだ。
その瞬間、強い衝撃とともに土煙が舞い、爆発音にも似た音が耳をつんざいた。
地上への光
倒れたほとりは、背中の水の羽がクッションになった。しかし、抱えていたベレノスの光が、覆い被さってきたクォーツに押され、腹部にめり込んだ。
「痛い」
「ごめん、大丈夫?」
クォーツがすぐに体を起こした。
「う、うん、平気。いったい急に――」
クォーツの背後を見たほとりの表情が固まった。クォーツも振り向いた。
二人は言葉を失った。
目の前が壁になってしまっていた。二人が見ていた水の通っていた穴すら見当たらず、神殿へ向かう道は失われてしまっていた。
「何が起きたの……」
ほとりが言った。
「広場の方から、崩れたがれきが穴を塞ぐように元に戻っていたのが見えた。そして、テクリート様が元の石像姿になって壁に向かってきていた」
「この壁は、その石像の……。水をここでせき止めていたんだ」
「そうみたいだね」
クォーツは立ち上がって、今今できあがった壁に触れた。
「私たちがここにいても、納天姫祭のように、反応しないね」
「生け贄を食べたら、しばらくはずっと石像のままなのかも。水を貯めるために」
「ねぇ、私たち、どっち側にいるの?」
ほとりは辺りを見回して聞いた。
「たぶん、地上への道側だと思う」
差し伸べられたクォーツの手を取って、ほとりは立ち上がった。
二人は閉ざした壁に背を向ける。クリスタルの光が二人を導くかのように、道が続いている。
「行こう」
クォーツが言うと、前を歩き出した。
洞窟は、わずかな上下の勾配はあったが、ほぼ平坦で、地上に向かっているようには思えなかった。かといって、神殿に戻る道でもなかった。
この地底がどのくらいの深さにあるのかはわからない。地上に出れるまで、どのくらい時間がかかるかもわからない。
長くなる旅の準備はほとんどしてこなかった二人は、飢え死にするのではないかと不安を募らせた時だった。
クリスタルとは違う七色の光が先に見えてきた。
洞窟の穴を塞ぐように、光のカーテンが揺らいでいた。
「そういうことか……」
ほとりは安堵して言った。
「えっ、どういうこと? これ以上先に進めないの?」
焦るクォーツにほとりは笑顔を見せた。
「これは、別の場所とつながっているゲート。これをくぐれば、地上に出れる」
「体が消えちゃったりしない?」
初めて見るその光にクォーツは不安を抱いていた。
「大丈夫。私、何度も通ってるから」
ほとりは、クォーツの手を握り、ゲートの前で立ち止まった。
「一緒に行くから、大丈夫」
二人は、同時に七色の光のカーテンの中へ入っていった。
第4章 地底ミクトランの天姫 終わり
5-1.森の洗礼