6-8.理想水郷へ [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]

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Web連載小説「理想水郷ウトピアクアの蝶」第6章 理想水郷の蝶罪人 8.理想水郷へ
前書き

インボルクの浄火から、三回の満月が過ぎていった。

ほとりはセリカ・ガルテンの立て直し、新しい島の調査に追われる中、久しぶりに明日架の様子を見に行った。

そこで、砕けたガラス瓶の破片が光り出す。

目次

煌緑のスカーフ

 ほとりは一人、病院の廊下を歩いていた。

 満月を三回見る前、ほとりもこのバックウェーブ島の病院で目を覚ました。それは、インボルクの浄火のすぐあとのこと。

 目的のドアの前で足を止め、ほとりはノックすると、中から声がした。

「体調どうですか、明日架先輩」

 ほとりはドアを開け、ベッドで起き上がったまま、眠そうにしていた明日架に声をかけた。

 髪は短くチリチリに、皮膚も黒くなってしまった明日架がゆっくり頭を上げる。ほとりだと気づくと、パッと目を開き、笑顔を見せた。

 月の満ち欠けが一周ぶりに見る明日架の表情は、以前よりも明るく見えた。

「ほとり。忙しいのに来てくれてありがとう。体調は、少しずつ良くなってるよ。少しずつ歩けるようにもなってきた。

 羽は、ボロボロで飛べないけど」

 明日架は、笑顔のままだった。

「そうなんですか、歩けるようになって良かったです」

 ほとりは、微笑んで、ベッド脇の椅子に腰かけた。

「そのスカーフ、似合ってるね。それに、大人っぽくなったんじゃない?」

 セリカ・ガルテンの生徒会長を示す明るく光る緑色のスカーフをしているほとりは、照れた。

 明日架をこんな形でしか救出することができなかったことほとりに対して、明日架は一切何も言うことはなかった。

「しっかり仕事をしているようでなにより。後任がほとりで、私は安心してる」

 明日架の言葉に嘘は感じられなかった。

 インボルクの浄火後、大半のセリカ派の生徒は浄火の後遺症ですぐに動くことはできず、ケイトが会長をするべきだという声もあった。しかし、ケイトにその気が全くなかった。

 軽傷だった多くの生徒ら退院してきて、ケイトをはじめ、ユーリたち周囲の熱い推薦もあって、ほとりが会長に就任した。

 ほとりは、インボルクの浄火の後遺症が一番重かった明日架を心配する一方、セリカ・ガルテンの立て直しに精を出していた。

 精霊の力も借り、ほとりは学園島から腐死蝶デフトを殲滅した。そして、ピラミッド島の腐死蝶も殲滅することができた。

 ケイトは、ピラミッド島で、水研究の続きをすると聞く耳を持たず、せっせとピラミッド島の立て直しをはかっていった。

 新しい島は、結果的にほとりが救ったことで、ほとりの管理下としてウトピアクアにすることが決まった。学園の立て直しも落ち着いたほとりは、新しい島の調査で忙しかった。

蝶罪人

「ツバメさんのことなんですけど」

 ほとりが切り出すと、今今笑顔だった明日架の表情が曇る。

 明日架ほど後遺症が重くなかったツバメだったが、しばらく安静にする必要があった。

 それに、ほとりに加えた行動や生徒会権力の不正利用、明日架への信仰を鑑みて、今後の処遇が出るまで、病院内の別室にて隔離されていた。

 明日架は、何も言わず、頷いた。

「ツバメさんは、氷の島に送られることになりました」

「そう……」

 明日架は、布団に視線を落としたまま、しばらく黙っていた。

 ツバメは、黒のスカーフをつけることになった。いくつかのウトピアクアの長が集まり、決定したことだった。

「ほとり、外の景色が見たい。外に出ない?」

 布団をはいだ明日架は、ベッドからゆっくり立ち上がり、ぎこちなく窓際へ歩き出した。

 カーテンと窓を開ける。

 ベランダに出ると、そこからバックウェーブ島の夜が広がっている。

 中心部から少し離れているので、空気はまだきれいだった。だが、空は重い雲に覆われていた。

「ほとり、ごめんね。ツバメのこと、気づけなくて。

 私、みんなを導いていると思っていたけど、目を覚ましてから話を聞いて、そうじゃなかったんだって。

 私は、ただ自分の夢に、みんなを巻き込んでいたたげだったんだ。

 どこかで何かが犠牲になっているなんて、思ってもみなかった。みんな理想水郷を作りたいと思っていたから」

 明日架が静かに言った。

「そんなことありません。明日架先輩がいたからこそ、みんなも、私も、ここまで来れたんだと思います」

 ほとりは、明日架を見つめた。

 明日架は、にこりと微笑んだ。

理想水郷へ

 二人の間をゆっくり風が通り抜けた。

 ほとりは、わずかに町の匂いを感じ、ここでの出来事を思い出す。

「ほとりは、どんな理想水郷は作りたい?」

 明日架が聞いてきた。

「私は、それぞれが幸せに生きていけるウトピアクアを作りたいです」

「それは、いいね」

 二人は、中心部の光を見つめた。

 と、目の前にふわっと、小さな光が浮かび上がってきた。

 それは、砕けたガラス瓶の破片だった。

 剣が刺さって空いてしまった袋の穴をほとりは縫って閉じ、今も肩に掛けていた。

 いつの間にかその口を結んでいた紐はほどかれ、そこから光を放った破片が、次々と宙に浮かんでいく。

 それらは、いっせいに方々に流れ星かのごとく光の尾を伸ばして飛び散って行った。

 二つ、ほとりと明日架の胸の前に残った破片が、突如、眩しい光を放ち始めた。

 目を閉じる。

 ほとりと明日架は、その光に包み込まれ、足下の床が抜けたように、光の中を落下していった。

 突然、ほとりの足が地に着き、ほとりは尻もちをついてその場に倒れた。

 隙間の空いた屋根や壁板から差し込む光に、舞い上がった埃がちらちら優しく光る。

 そこは、祖母の納屋だった。

 ほとりが、ガラス瓶を見つけた場所。

 セリカ・ガルテンの制服を来たままのほとりは立ち上がり、辺りを見回すも明日架はいない。

 そして、手に何かを握っていることに気づいた。

 手を開くと、砕けたガラス瓶の破片が一つあった。

 

第6章 理想水郷の蝶罪人 終わり

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