6-7.ウトピアクアの蝶 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ほとりは、炎竜から明日架とツバメを救いたかった。しかし、宿してしまった海の力に、ほとりの手は震える。
最後に、ほとりは、自らの羽を広げて飛ぶ。
炎竜が炎を一度吐いた。
地面一帯を覆う黒みを帯びた流動体は、たちどころに紫色の蒸気に変わる。しかし、その場からは、炎々と燃え上がる。
凄まじい勢いで火炎が広がって、どんどん大地が灰と化していく。
「浅葱ほとり。一刻も早くあの炎の竜を止めよ」
「どうしてここに」
羽はボロボロで年老いた蝶人フィロメーナが、上空からほとりの横に降りて来た。
「新しい島の誕生だ。冥土への土産に見ておこうとね。だが、このまま劫火が進めば、島の存在そのものがなくって、元も子もなくなる」
フィロメーナがそう言っている間にも、灰になった地面が、どんどん崩れていく。
炎竜は、まだ炎に包まれていない方向に向かって歩き、炎を吐いて、延焼領域を広げていく。
ほとりの手はまだ震えていた。
島を、全員を助けたい。
ほとりを乗せたクジラが炎竜に向かって動き出した。
――いったい、どうする気だ。
ほとりは精霊と問いに答えない。ただただ、炎竜に近づくことだけを考えていた。
「明日架先輩」
炎竜の顔が、ほとりの方に向いた。
ほとりは、声が届いたと思い、明日架の意識があるのだと感じた。
その直後、口を開けた炎竜が炎を吐き出した。
ほとりとクジラは、その炎に包まれる。
とっさにクジラの精霊が、水の羽で包み込み、炎から身を守る。
――海の水を動員せよ。島の炎を消すには、それくらいする必要があるぞ。
海の力を心置きなく使えば、浄火も島の毒も流せる。しかし、ほとりはそれを望むことはできなかった。
見渡せば、ユーリたちみんなが、まだ蝶人の救出を続けている。炎の蝶人たちはまだ飛んでいた。
それが終わるまでは、海の力を呼び寄せるわけにはいかなかった。それが終わるのと、島がなくなってしまうのが早いか、わからない。
炎竜は、ほとりに向けて火を噴くことをやめない。
クジラの水の羽も蒸発し、次第に薄くなっていくのが見てとれた。
ほとりは、一旦引くことにして、クジラとともに炎竜から離れていく。
「炎竜だけ、明日架先輩とツバメさんを助けたい」
――緻密に海の力を制御しなければ、ならないぞ。
ほとりは、まだ震えている自分の手を見て、やはりそれはできないと確信した時、視界の隅で、何か光るものがあった。
視線を向けた先に、大地に落ちたままのクリスタルの剣があった。
ほとりは、大地に降り立ち、剣を拾い上げた。剣に自分の顔を写り込む。
不安な表情の後ろに広がる光が見えた。それは、自分の背中に生えている水の羽だった。
ほとりは、ハッとして、剣を握ったまま海辺まで走り戻り、精霊の胸びれから頭によじ登った。
「海に潜って!」
――わかった。
精霊は、一言だけ言うと、沖へ向かいながらぐんぐん深く潜っていく。
ほとりは、クジラの潜水で、猛烈な海流に流されないようにしゃがみ込んで踏ん張った。しかし、羽を広げ、羽だけは水の流れにまかせておくと、どんどん羽は広がりを見せる。
それは、クジラよりも、精霊の羽よりもずっと大きな羽になる。
精霊は、上に頭の向け、いっきに浮上していく。
尾びれを振って、ぐんぐん昇っていく。
その間も、ほとりの羽は、限界を感じさせず、広がっていく。
海中から海面を突き破って、海が爆発したかのように精霊が飛び上がる。
そのまま上昇を続けて、島の真上にほとりと精霊はやってきた。
大きな羽を生やしたほとりは、両手で剣を握り、剣を前に突き出した。
そして、精霊は、島に向かって頭から急降下する。
ほとりは、精霊の頭を駆け降りる勢いのまま、精霊の顔を蹴って宙へ飛び出し、滑空する。
精霊は、水の蝶が炎竜に向かっていく姿を見届けて、また上昇して行ってしまった。
ほとりの水の羽は、島全土が包めるほど大きかった。ほとりの急降下に遅れて、雨のように水が落ちてくる。
ほとりの羽には、たくさんの水が蓄えられていた。
ほとりに気づいた炎竜が、大きく口を開けて、炎を吹いた。
ほとりは躊躇することなく、まっすぐ炎に突入する。蒸発する白い煙が、炎竜へ向かっていく。
まるで、ほとりの突き出しクリスタルの剣が炎を切り裂くようにして、炎竜の口に中を突き進む。
勢い衰えることなく、いっきに炎竜の中心で光るベレノスの光に、クリスタルの剣が突き刺ささる。
ググッと、固い抵抗がある。
しかし、ほとりは、羽をはばたかせ、さらに力を剣へ注ぎ込む。
炎がほとりにまとわりつくが、ほとりに触れると蒸気に変わっていく。
剣にひびが入り始めるが、それよりも早くベレノスの光に入ったヒビが、いっきに全体に走り、砕け散った。
クリスタルの剣が、ベレノスの光を突き抜けると、クリスタルの剣は折れてしまった。
そして、ほとりの大きな水の羽が、炎竜を包み込んだ。
ほとりは、炎の中ですでに気を失っている明日架とツバメを、左右の羽でそれぞれ包み込んだ。
その直後、炎竜は、真っ赤な炎をうねらせ、それを包み込こんでいた水の蝶の羽もろとも爆発してしまった。
一帯には真っ白な煙を広がり、ゆっくり天へ昇っていく。
そして、サーッと大地に水が降ってくる。
炎竜が消えると、ほとりは、炎と蠢く流動体の消えた大地に、頭から真っ逆さまに落下していく。
水の羽で自分を守るだけの余力は、もうなかった。
二人だけでも守ろうと、両方の羽に意識を送り、しっかり明日架とツバメを水の羽で包み込む。
地面に衝突する寸前、蝶人が、空中でほとりを抱えた。
意識が朦朧とする中、ほとりは蝶人の顔を見た。
「マノンさん……ありがとう」
「それは、私たちのセリフだから。ありがとう」
マノンが微笑んだのを見て、ほとりは意識を失った。
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