エピローグ [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]

Web連載小説「理想水郷ウトピアクアの蝶」第6章 理想水郷の蝶罪人 エピローグ
前書き

元の世界に戻ってきたほとりは、海をテーマにした絵を描いた。

出品したコンクールの展示会場で、見たことのある光景の絵があった。

そして、知っている名前の人たちからメーセージが届いた。

目次

元の世界

 とても過ごしやすくなった秋。

 土曜日に続き、開催最終日の日曜日の展示会場も、多くの学生や大人で賑わっていた。

 とはいえ、思い思いのペースで、距離感で、飾られた絵を静かに見ている。

 ほとりは、平日、授業があり、会場も遠かったため、開催期間最後の土日にしか見に行くことができなかった。

 ほとりも、海をテーマにした絵を、夏休み中に描き終え、無事出品することができた。

 元の世界に帰って来た日は、セリカ・ガルテンに行ったその日の朝のことで、祖母の家に戻ると、祖母に、朝から散歩かと聞かれた。

 結局、ほとりが失踪したとか、そんな騒ぎにはなってはいなかった。

 拍子抜けしたような、安心したような、ふわふわして不思議な感覚だった。

 しかし、しっかりとセリカ・ガルテンから様々なウトピアクアの島を巡った記憶が、ほとりには残っていた。

 ただ、帰ってきた日は、向こうの世界のことが気になり、何も手がつかなかった。

 単なる夢だったのか。無論、セリカ・ガルテンの制服を実際に着て戻ってきたのが、何よりの証拠だった。それに、緑色のスカーフも、砕けたガラス瓶の破片も、ほとりの手元にあった。

 破片は、お守りのように包んで、服の下に肌身離さず、今も首に掛けている。

蝶と精霊の絵

 ほとりは、一枚の絵にくぎ付けになった。

 目を惹く作品はとても多く、一つ一つじっくり見たが、その中でも、それはほとりの目を離させなかった。

 海というテーマから少し離れているようにも思ったが、作品が飾られているということは問題なかったのだろう。

 ほとりが、向こうで経験した光景にそっくりだった。

 蝶の羽を生やした少女が、羽の生えたクジラの頭に立って、海の上を飛んでいた。海は、激しく波を立てているが、脅威を感じることはなく、少女とクジラと一緒になって、踊っているようだった。

 海というテーマから、ほとりのイメージと寸分違わず、描くことができる人がいるだろうか。

 ――良夜さんしかいない。

 しかし、それを描いた人は、良子という人だった。この二日間、良子という絵の作者と出会うことはなかった。

 良夜ではないのだろうか。もし、良夜が描いていたのなら、ほとり以外にも元の世界に戻って来れた者もいるのだろうと思った。

 バックウェーブ島の病院のベランダで、砕けたガラス瓶の破片が、どこかへ飛び散っていった。

 ほとりは、自分が破片の光に包まれる瞬間、明日架もその光に包まれているのを見た。だから、明日架も、他の蝶人たちも、きっと元の世界に戻ってきていると思っていた。

 そして、良夜も。

 そうでなければ、このタイミングで、この絵は描けないと、ほとりは一人決めつけていた。

 でも、それは、みんなが戻ってきていると信じたかったから。

私たちの理想水郷

 コンクールが終わり、結果、ほとりの絵は多くの佳作の一つに選ばれた。その通知を受け取った時は、嬉しいやら悔しいやら、悩ましかった。

 だが、絵の返却とともに、会場で書くことができた観客から作者宛へのメッセージカードが同封されていた。

 読むのが怖かったが、どれも優しく温かい言葉がしたためられていた。

 ほとりは、それを自室で読みながら、涙をこぼした。

 もちろん、書いてあるその言葉、絵に込めた思いが伝わっていることがわかって、嬉しかった。

 でも、それ以上に、偶然なのか、知っている名前がいくつもあった。

 ユーリ。

 ララ。

 ケイト。

 クォーツ。

 シリカ。

 マノン。

 明日架。

 リョーヤ。

 口をそろえたかのように、みんな、同じことが書かれて終わっていた。

 ――素敵な理想水郷を作ってくれて、ありがとう。

 と。

 それは、青い海に浮かんだ大きな島。きれいな砂の海岸、緑の森や草原が広がり、その間を川が流れる。

 島の中心には、山。湖やダムもある。

 海辺から内陸にかけて、町と居住区が広がる。絶えず水路には、きれいな水が流れている。

 ほとりは、向こうで作りたかったものを描いた。

 でも、これを空想なんかにしたくなかった。

 ほとりにとって、これからを生きて行く中で、全生命が水に困らず、それぞれが幸せに生きていける世界の設計図だ。

 その設計図のタイトルは――「理想水郷ウトピアクア」

 

 終わり

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