一文物語365 2016年8月集
一文物語
1
人が首吊りしている展示物の周囲には、多くのギャラリーができて人気を博しているが、作家はそれを飾った覚えがないと首をかしげている。
2
月まであまり費用をかけず、気軽に行くことのできるスーパームーン階段を見上げて、絶望する。
3
渡るたびに音を奏でる鍵盤のような横断歩道を夜に渡ろうとした時、誰もいないのにそのメロディが聞こえてきて、背中を凍らせた。
4
宇宙旅行に行ってきたという彼女からもらったお土産の星の缶詰を開けたら、石ころばかり入っていた。
5
大きなダイヤのついた指輪が足にはまってしまっている亀を見かけ、すぐにそれを無理矢理外して金にするのは可哀想だと思い、うちで死ぬまで飼っていたが、拾った本人が先にヨボつき始めている。
6
テスト中、モヤモヤと悩み始めた彼女の頭には、雲がたちまち集まり始め、答えが導き出せずにつのったイライラが自分の力の無さを感じさせ、耳元では雷鳴が聞こえ、目元からは雨が豪雨のごとく降っているが、閃きの稲光が頭の中を駆け巡ると答案用紙は答えで埋まった。
7
引きこもった彼は、腹の足しにあらゆる本の活字を食べ、真っ白になった本が窓辺に積み上げられている。
8
彼女と猛喧嘩をした彼は、マンホールの中に隠れて折を見て出ようとすると、彼女がハンマーで叩きつけてくるので、下水道を走り回ってはそっと頭を出すが、ハンマーが振り下ろされる。
9
陶芸師がいつの間にか壺を完成させて姿を消してしまい、師を恨んでいた弟子が遺作となったその壺を割ると、床一面に広がった破片から血が溢れ出してきた。
10
夜、高速で逃げ走るパトカーは、回転する赤色灯がカッコイイと惚れ込んだ未確認飛行物体に、ここ数日、毎日追いかけられている。
11
彼は迷宮に迷い込んでしまったらしく、飢え死にするのは嫌だと思ったので、仕方なく出口を探すのをやめ、笑われてもいいから入り口から出て行った。
12
自分の身も気持ちも吐き出す空気も全部あなたのものと、彼女は日々、呼気を風船に吐き出して、毎年の結婚記念日にそれを渡してくる。
13
病床の夢で見たどこまでも続く花畑が忘れられなかった女は、それを絵にし、詩にしても表現しきれず、夜窓に現れる魔界の商人から買った真っ更な絨毯の上で、床に伏せてしまうと、たちまちに夢に見たと言っていた花が咲き乱れた絨毯と同化していった。
14
闇の中で洗われた魂が、日の出とともに体内に戻ってくる。
15
回転一族の家を訪ねると、でんぐり返しで迎えてくれて、風車や水車、針時計、鉄棒、帯、ローディングアイコン、ハムスター、円盤飛行物体などが所狭しと置いてあり、一族間で魂をも輪廻転生させている。
16
年老いて腰が曲がった彼の木の杖は、すり減って短くなっていたので、鉄の杖に変えたら、腰は伸び、腕が丸太のように太く勇ましくなった。
17
段差注意の看板が目に入っているはずなのに、目の前から次々と人が消え、その段差は広い幅と深い溝で、巨人向けだった。
18
義足の男と打ち合わせ中にテーブルの腐った脚が折れてしまい、男が自分の義足を差し出し、難なく話し合いを終えた帰り際に、男はギブアンドテイクとして彫刻の施された机の脚を自分の足にして帰っていった。
19
破綻した夫婦生活をしていた男が離婚するかどうか決心を固めるため、空と空をつなぐほど高い場所で綱渡りをして、恐怖に打ち勝って渡りきったが、そこで見た丸く広がる世界に男の狭かった心も広がり、夫婦話し合って互いに意見が一致した結果、夫婦はその景色が見える心落ち着く場所へと移り住んでしまった。
20
生体冷凍保存されて未来で目覚めたら、そこにはタコのようなクラゲのような生物しかいなかった。
21
天にはめこんだ夏の青空パズルが完成を目前に、台風に吹きはがされて、広げた傘にピースの雨が痛く打ちつける。
22
独り身の女が、仕事を終えて遅くに帰宅し、吊り下げられた電灯に明かりをつけると、その回りをいくつもの惑星がゆっくりと周回しているのが見えて、宇宙の放り出されたように孤独を感じている。
23
一晩中雨の降った翌朝、外に出てみると、辺りは水浸しとなり、そこにあった建物や草木は水を含んで滲み溶けていて、今まで見ていたものはすべて誰かが描いた世界であったことがわかった。
24
彼女を幸せにすると誓った彼は、情熱を燃やしたが、大きすぎる幸せの入れ物を持つ彼女に燃え尽き、もう彼の心から白い煙がくすぶってしまっている。
25
今日の日差しは強すぎる、とみんなで集って厚い壁を作った雲が真っ黒過ぎて、地上人が何かの前触れじゃないかと怯えている。
26
飾り立てた言葉しかしゃべらない彼女の身も装飾品ばかりで繕われていて、彼女は真っ平らに引かれたアスファルトの上しか歩けない。
27
氷の上を滑っていた彼女は突如、妖精のごとく夜空に舞うと、初めて見せるその無邪気な笑顔に彼の頬も緩んで一緒に飛びたいと手を伸ばし、彼女を想えば想うほど氷は溶けて、彼の体は沈んでいく。
28
引っ越してきた隣人の女性があいさつに来て、カミソリを渡してきた。
29
毎晩、彼女は自分の記憶の倉庫でその日に起こったことを改竄し、昨日に続かない、新しい日々を過ごしていると思いながら、同じ日々を笑顔で生きている。
30
あらゆる機械やロボットは感情が欲しいと人を食ってからというもの、友情をかみしめ、愛をいだき、怒りをぶちまけ、そしてそれらすべてに悲しみ、ブログラム統制されて均一化されていた平穏な固定の時を追慕し、後悔の念さえ覚えるようになってしまった。
31
夏休みはこれといってやることがなかった青年は、近くでセミが鳴きはじめるとその鳴き声を聞こえたまま逐一ノートに書き込んでいって、ノートは百冊を超えた。
一文物語365の本
2016年8月の一文物語は、手製本「雲」に収録されています。