一文物語365 2014年1月集
一文物語
1
遅くなってしまったが、大掃除を始めた彼が床に転がっていた石鹸を誤って踏んで転び、運がないなと嘆いていたが、その石鹸は窓からどこかへすっ飛んで行き、銃弾から逃げる男の足元に落ちて、石鹸を踏んで転んだその男は間一髪のところで被弾の運命を間逃れた。
2
泣ける本だと借りて読んでみたが、涙を流すほどでもなく、しかし本のカバーが内容を察したのか、感極まり滴るほどの水滴を垂らしている。
3
少年はスカートの中は宇宙だと言われ、少女のスカートをめくったら、一瞬真っ白に広がった世界に引き込まれたあと、宇宙にまで飛ばされたかのような衝撃で頭の中で星を見た。
4
幽霊が存在感を示そうと熱感知器の前で猛烈に動きまわっているが、一向に反応してもらえない。
5
隕石が落ちて来ることは避けられないと判明したので、どのみち落ちてくる隕石に乗り込んで破壊してしまおうと地中埋蔵金を発掘した掘削業者が、その財産と運をかけて躍起になっている。
6
電話があればいつでも人の声が聞けるから安心して、と友達の多い青年が旅に出て、洞窟で道に迷ってしまい、反響する自分の声を頭のなかで友達の声に置き換えて寂しさを紛らわしている。
7
苦戦を乗り越えた勇者が、やっとの思いで女が囚われている扉を開けると、裸の女たちが勢い良く走り出て来て、勇者は逃げ出す女たちに踏みつけられて大怪我したことを、病室のベッドで大ボスとの戦傷だと思い込もうとしている。
8
引退した金型職人が余生に、来たるロボット社会で自分型のロボットができるように自分用の金型を完成させて息を引き取り、親族は職人の愛着品として墓に立てると、未来では古代人の墓の代表として丁寧に保存されている。
9
新米ライターは、血が飛び散ったような絵を描く芸術家の取材で、どうやって描いているのかと聞いたら、笑顔でしかし顔色悪くピストルを見せてきたので、人を撃ってその飛び散った血がこの絵なのかとライターは背筋を凍らせたが、自分の血を弾に込めてキャンパスに向けて撃つという。
10
果物が大好きで、ずっと果物に囲まれていたいと言っていた女の子は、リンゴやみかんなどを品種改良し人並み以上に大きくさせて、それらを並び積み重てできた隙間で、彼女が理想としていた果物に囲まれた生活を送り、とても充実していたのだが、彼女は圧死していた。
11
田舎の海岸に、はるばる海を渡って異国からやってきた巨体ロボットの口や背中、腹部、ふくらはぎ、かかとなどに設置してある鉄の扉から、操縦者と思われる人々が汗だくになってぞろぞろ出てきたので、田舎の見物人たちは期待はずれだと溜息をつきながら帰っていった。
12
引退したノンフィクション作家は、石に文字を刻めば、紙やデータ以上に長く残ると考え、自分の遺伝子配列を刻んでいる。
13
猛烈の視線で文字を読まれることを嫌った新聞は、 文字たちを読まれる前に蝶のように飛び立たせたが、残った紙は男には似つかわしくない丸文字の日記で埋められ、何度も男に読み返されている。
14
妻が転んでひざをすりむくと、キラキラ光る石がこぼれ落ち、旦那が妻の体を切り刻むとゴロゴロとまばゆい光の石が出てきて金になるかもと企んでいたが、気づいた時には元の姿の妻は消え、細分化された輝く小さい姿の妻が部屋中に散乱していた。
15
窓越しに通った男が自分好みだったので、女は高揚する気持ちを抑えていたが、心臓は高鳴り、突如心臓だけが先走って窓を突き破って行ってしまい、ハート型の穴が窓に残っていた。
16
真面目だが無口で表現が苦手ないじめられっ子の少女は、教室でことあるごとに誹謗中傷の言葉を書き綴られた紙飛行機をいっせいに投げつけられてはそれらを開いて整理しているある時、その中に一つだけ愛の告白の手紙を見つけ、返事を紙飛行機にして涙を流しながら彼に投げ返した。
17
木漏れ日の中を歩きながら森林浴をしていると、鈴の音がどこからか聞こえてきてその音のする小屋の中に入ると、突然小屋がぐるぐると回転し、耳を塞ぎたくなるほど鈴の音がさらに激しくなり、隙間から外を見ると、こちらを物珍しく覗き込む大きな猫たちが、鈴をジャレ転がしていた。
18
恥ずかしいから見ないで、醜いから見るなと、女と男が互いの目を手で隠し合って、空いた片手を駆使しながら相手の温もりと声だけを感じながら死ぬまで相手を見ずに、美女と野獣は生活していた。
19
広い霊園の前に停まっていた老人運転手のタクシーに乗ると、笑い話を混じえて先に逝って眠る知人たちを紹介するコースで駅まで送ってくれる。
20
大雪原で吹雪の中、スナイパーの仲間たちがどんどん敵に寝返っていくので、かじかんで震える照準器で敵陣を覗くと、こたつでお茶を飲んで、ミカンをむいて食べている状況が目に映って腹が立ち、白い息を猛烈に吐きながら敵陣にかけ出し、途中でライフルを投げ捨てた。
21
寒空の下、気分転換にやって来た女性は海岸で貝殻をひろって耳に当ててみると、波の音ではなく、助けてと男の不気味な声がして気分転換どころではなくなってしまった。
22
撮影してきた写真を知人に見せていると、少し赤みがかった幻想的な写真が気に入り、それは雪山で撮った遠くの霞に沈み消える太陽の写真だったが、まさかその写真の外に自分が殺した雪男が倒れているとは誰も思わない。
23
毎年、雨の時期になると崩れやすい山のふもとの村では、人柱として山の大木に女をくくりつけるのだが、山の反対側の村男が女を嫁候補として連れて行ってしまう。
24
人に愛されようとピンクの花がら模様になったヘビは、ペロペロっと舌を出して愛嬌を振りまいているが、結局、誰にも近づいてもらえない。
25
めでたく結ばれた二人は、何事も二人で解決し、決して離ればなれにならないよう誓い合って、錠つきの鉄輪を片方ずつはめた。
26
陶芸家の師が、死に際に、自分で作った密閉されている壺を弟子に託し、弟子は秘伝の土でも入っているのかと思っていたが、掃除の際に壺を落としてしまい、大きな生卵がひとつ出てきた。
27
干した布団をはたくたびに、その布団に寝たことのある人物の悲鳴が聞こえてくる。
28
怠けるための講座が開かれるという張り紙を見つけ、少しでも気楽な気持ちになりたい多くの社会人から、いつになったら開講されるのかと十年以上問い合わせが続いているが、未だにその講座は開講されない。
29
男女が古い宝の地図をもとに宝探しの旅に出ていき、いくつもの難所をくぐり抜けて孤島の中心で空の宝箱を見つけた時、女の流した涙が何よりも美しく、ここまで一緒にいてくれた彼女がいつの間にか男の宝になっていた。
30
隠居した魔女は、動物も寄り付かない雪の平原に建てた氷の城で、誰にも迷惑をかけないからと毎日大掛かりな魔法実験を繰り返しては大騒ぎしていたが、その老婆の甲高い笑い声は雪風に乗って町まで聞こえ、町の住人は迷惑している。
31
夜、丘の一本杉の前に行くと、足が欲しいと一本杉に抱きつかれて取り込まれてしまい、一本杉は自分を支える足が揃うと森を目指して丘からいなくなり、その跡には感謝の言葉とともに墓標が立っていた。
一文物語365の本
2014年1月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。