一文物語365 2014年2月集
一文物語
1
赤い糸を信じてやまない彼女は、身の回りの糸や線、オーディオのケーブルも赤を選んでいたが、彼女は残り時間がせまる爆弾を前にして、赤の線を切るか青の線を切るかで悩み、青の線を切って彼女の運命は決定づけられた。
2
けんけんぱの「ぱ」のところに、落とし穴がある。
3
岸壁を通るモノレールの駅の一つに、岸壁を削り開いただけのどこにもつながっていないただの空間があり、そこは空と海の景色を独り占めできる絶景の場所なのだが、そこで降りる人には、車掌から必ず次の列車が来るまで岸壁の外に飛び出さないで下さいと念を押される。
4
人々を寄せつける愛くるしいハリネズミが羨ましく、全身針だらけの男に近づけば、針が刺さり、近寄って話もしてもらえず寂しかったが、針の先にマシュマロをつけてみると、それ欲しさに人がどんどん寄ってくる。
5
いつか偉くなって銅像になるんだと言っていた彼だったが、街の真ん中で突如、隆起してきた地面の上に居合わせ、高所恐怖症だった彼は、天高く突き上げた土柱の上で恐怖を物語った表情のまま固まってしまい、以来、住人から崇められている。
6
金魚のことしか考えていない彼女は、仕事場でも数匹の金魚が泳ぐ水槽を頭にすっぽりとはめ込んでいて、彼女の髪の毛はまるで水草のように生えて見えるのだが、頭をかたむけたり首を横に振ったりすると水槽から水がこぼれるので、常に人の対応と身体の姿勢が正しい。
7
隣の家の老博士が動物兵器を造っているので怖い、と町内で噂になっていたが、家の前を通りがかったある時、開いたままの玄関からナイフを背負わされたハムスターが逃げ出てくるのを見た。
8
地上人に扮した地底人が食糧を物色しに行こうとマンホールを開けようしたら、びくともせず、いつもの喧騒な音も降り積もった雪で聞こえず、地底人は今日の地上はあぶないと判断し戻っていった。
9
町でも有名で、死んだ動物やペットにまるで生きているかのような命を吹き込む剥製師のもとに、突然現れた悲壮感に包まれた男が運んできたのは、死んだ妻だった。
10
渋滞にはまった車のタイヤたちが、イライラしてしまい、渋滞が解消するまでほうぼうに散らばって行ってしまったので、いつになっても車の列は動くことがなかった。
11
少年は夢中で読んでいた冒険小説を勢い良く閉じたら、終盤の、助けられた姫という文字が本からこぼれ落ちてきて、本を読んでいた机の上に姫が現われて、少年が姫を助けた状況になってしまい、お互い開いた口がふさがらない。
12
急いで帰って来るようにと母から連絡をもらった少女は、いなくなってしまうのは仕方ないと思いながら、少女の気持ちを映したようにぐっしょり濡れた道を走って家に着くと、日の光を浴びてちょうど水に溶け消え、もうそこには雪だるまの姿はなかった。
13
四半世紀、森をさまよい続けた男がようやくビル群の都会にたどり着いて、やっと美味いものが食べられると思っていたが、すべて機械で自動化され認証登録されていないと食べ物が支給されず、男は今夜の夕飯を考えながら森へ向かった。
14
一面雪の大地に、黒い板を並べて、その板と雪を適当に踏んでいくと、地球の内部から大地を割るピアノの音色が響いてきた。
15
ヴァイオリン狂騒曲と題した演奏会で、ヴァイオリン演奏者が引くのを止めて、矢をヴァイオリンにセットすると客席に向かって打ち始め、演奏会は狂いに始まり、騒がしく終わった。
16
巨人の化石とされる巨大な石を掘り続けて十年が経ち、ようやく掘りきると、突如、巨人が目を覚まし、寝床を慌てて飛び出て行ってしまった。
17
休日に男が縁側で瞑想をしていると、近所の少女が男の真似をし始め、少女の額からチョウチョが空間を飛び越えて羽ばたいていくのが見え、心を迷走させるなと男は自分に言い聞かせた。
18
眠り姫のもとに駆けつけた恋多き白馬の王子がキスをしたら、眠り姫はその汚らわしい唇で腐ってしまった。
19
ついに何でもはね返す鏡が発明され、開発者は護身のために使ってもらえればと考えていたのだが、それを外に出した瞬間、太陽の光が跳ね返されて辺りは暗くなってしまい、それをハンマーで破壊しようともはね返されてしまう。
20
部屋に、無数に吊るした梅干しをパン食い競走のように一日一個食べていた子どもたちはとうに百歳を超えていると、感慨深く母は思った。
21
交通量の多い工事現場の交通整理に向かう男は、外界音を遮る耳を覆った大きなヘッドホンで、母の心臓音を繰り返し聴いて心を落ち着かせていた。
22
夜、ひとつ街灯の下でその光をUFOの乗降に見立てて、さらわれる真似をよくしていた少年は、大人になって瞬間移動や人の心を読み取ったマジックショーでスポットライトを浴びているが、どうも人技に見えない。
23
焼き鳥の店主に拾われた全身びしょ濡れの小鳥は、火の入った炭で暖かくなった部屋で広げた羽を洗濯バサミで押さえられて乾かし、小鳥が目を覚ましたら細切れの上手い肉を差し出されていただき、無事森に帰ってきて仲間にその話をしたら、共食いだろと言われた。
24
ご自由にと看板が立てられてたところに、数多くの浮いている風船の紐が束ねられ、その紐先が輪っかになっているのを、疲れきった人々が群れをなして見ているが、その輪っかに首を通すものはまだいない。
25
会社を辞めて新しい自分になりたいと、昔の日記を破り捨て過去の記憶を失くした青年は、新しい道と思って歩き始めた道で、別の会社に勤めることになり、今までと変わらない暮らしをしている。
26
大地にめり込んだファスナーを引っ張って、地球を一周したら、地球の表皮が一枚つるりと脱ぎはがれて、新しい地球の大地が顔を出し、人類が作り上げてきた文化や都市はペロリとなくなった。
27
毒リンゴを毒で制すとグツグツ煮えたソースをかけて、幼少魔女たちが腕によりをかけたリンゴデザートを三時のおやつに持ち寄って、誰一人完食できなかった。
28
空気が悪いと数日会社を休んだ男は、ひょっこり仕事に戻ってくると、肺に植物を植える手術をしてきたと言って、思う存分空気を吸っているが、その男を中心に空気が土臭くなってきている。
一文物語365の本
2014年2月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。