一文物語365 2014年3月集
一文物語
1
諦めて捨てたはずの指輪が雪解けとともに見つかって、男はもう一度、氷姫に渡そうと決め、城に向かうと城ともに今年の姫は溶けていて、次の氷姫がいい人だったら渡そうと握りしめた。
2
誤って軌道を外れた星が地球に近づいていくと、あちこちから切なる願いからどうでもよい願いまでが、短時間の間に繰り返し詠み上げられるのだが、星はすべてを聞き取ることなく、刹那、消えていった。
3
女性は、水の中を泳いでいるように見える金魚の芸術的ともいえる羊羹を人に見せびらかせて、食べる前に腐らせてしまった。
4
幼少期からお魚さんが好きだった女の子は、大人になって稼いだお金を一切振りはたいて買った一人乗りの潜水艇に乗っていたが、海底で故障し、ひび割れたガラスから水が入り死の宣告が始まると、人魚が興味を持って近づいて物珍しく見つめているこの時を、その女はずっと覚えておきたいと願った。
5
男が繰り返して読んでいる本があるのだが、内容は一緒なのに、読むたびに書かれている位置が違うなと錯覚かと思っているが、男の目がその本ばかり読まないでくれと声に出せないので、あらぬ位置にずれてあらがっている。
6
この暖かい手を握れて良かった、と言った未来から来た青年と付き合っていた彼女は、未来でも付きまとわれていたのかなと想像をめぐらすと少しゾッとしたが、彼女が出くわすはずだった車との事故を青年が回避したことで、病室のベッドで冷たくなっていく青年の手を彼女はただ強く握りしめていることしかできなかった。
7
十数年前の旅の途中、日が暮れて道に迷い、巨大樹の中に明かりが見え、そこの住人に頼んで一晩泊めてもらったが、また今、日暮れに煌々と光る巨大樹を目指して歩き、懐かしい住人に会えるのを楽しみしていたが、なんと巨大樹は炎を上げて燃えていた。
8
チリチリチリチリという音で目が覚めると、時計のようにごく自然と手首にはめられた小さな爆弾に導火線を伝う火が迫り、このままだとどうなるか分かりきってもいるが、実際どうなるか見てみたい好奇心もあり、爆弾を外せないでいる。
9
どんなにはたいたり、投げ飛ばそうとしてもその羽根を飛ばすことのできなかった男が、意表を突かれて後ろから蹴られると、痛みを跳躍力に変えて、思いの外、悲痛の叫びを上げながら遠くに飛び去っていった。
10
料理をしている時に旦那と口喧嘩になり、ちょうどこれからトマトを切ろうかと思うまもなく、旦那に投げつけてたが、旦那の顔面で破裂したトマトから生卵の黄身が出てきて、そんなつもりじゃなくて、と動揺して言った妻を盛大に旦那は笑った。
11
映画館のスクリーンに映し出すように、自分の考えていることを目から投影する新しいコミニュケーションが生まれると、ペットと仲睦まじく戯れているか、男女の破廉恥姿の映像が四六時中いたるところに溢れかえる始末である。
12
陸地にたどり着けず、海を小舟でさまよっているうちに辺りは真っ暗闇になり、困っていると、三日月が落ちてきてランプ代わりにしてやっと陸に上がった頃には朝を迎えていたが、役目を終えた三日月は光を失っていて、突然パカッと三日月が開くと中にはかぐや姫の遺体が入っていた。
13
多くのサワガニたちが魚の気を引こうとしているのか、水際で一列になってラインダンスをし始め、コキコキとハサミや足の関節をあらぬ方向へ繰り出している。
14
満員電車を解消するために、同じ色の服が隣に並ぶとその人たちが世から消えるゲームパズルの仕組みが導入されたため、車内は適度な乗車率が保たれ、人と人との距離感は快適で良い関係性が生まれるようになったが、じわりじわりと人口が減っている。
15
今々の恋人の姿を忘れないように瞳の裏に焼き付けて目を閉じて以来、数十年、月日をともにし、改めて目を開くと、恋人の姿に愕然とした以上に、目の前の鏡に見知らぬ人物が映っていることに衝撃を受け、それが誰なのか理解するのに時間がかかった。
16
毎日、景色の変わる不思議で危険な島があると噂を聞いて、その島近くまでやってきたが、その島は見当たらず、巨大な亀の背の島はいつも移動していて、時に沈むこともある。
17
若き青年が下水道に落としてしまった小銭を拾おうと、迷ってしまい、助けの声を上げていると、地底人が現れ、自然と小銭が落ちてくる地底で暮らさないかと誘ってきた。
18
演奏会で、目をつぶって鑑賞していると、しばしばピアノの音が外れるのでその演奏者を見てみると、猫が軽やかに鍵盤の上を舞っていて、しばしば鍵盤を踏み外している。
19
ドアを開けるとドアがあり、そのドアを開けるとまたドアがあり、何度も何度も繰り返しドアを開けて、最後のドアを開けると、大量の水が流れ込んできて最初のドアへ一気に押し戻される。
20
大浴場で何人もの足が逆さまに浴槽から乱立していて、その真ん中で裸の女が手招きをしている。
21
男子トイレでスカートを履いた女性が、横一列に並んで用を済ますと、一様に楽だわと言った。
22
孤島の病院に入院中の少女が書いた手紙を郵便屋のカモメに、たいそう離れた海向こうの島へ届けてもらっているが、手紙を運んでくれるカモメがいつも違うので、カモメが海を渡りきれていないのだろうと悟った。
23
父親が幼い息子のために、海洋冒険のしかけ絵本を開くと、海の水が溢れだし、実体験できるその絵本を買うか迷っていたが、自宅が水浸しになるのは困るので、隣の旅行代理店で船旅を探すことにした。
24
地球が滅亡するといって、宇宙空間でも耐えられるシャボン玉カプセルで逃げた男女があまりにもの狭さと息苦しさに絶望した。
25
蛇たちは人間に住処を荒らされないようにと、仲間たちと体を絡み合わせてフェンスを組んで侵入を阻もうとしたが、人間たちはそのフェンスの色や太さのアンバランスさに気持ち悪さを覚え、寄りつかなくなった。
26
操縦を失って落ちゆく飛行機を、突如、雲間から現れた天空島が拾い上げ、飛行機の乗客は助けられたが、その引き換えに彼らは二度と地上に降り立つことは許されなかった。
27
メールが送られてくると、紙飛行機が体に突き刺さるスピードで飛んでくるので、街は血に染まっていく。
28
壁際に生えた植物が日々伸びていくと、壁に入ったヒビも負けじと成長していく。
29
スプーンやフォーク、太い鉄柱だろうと触れた途端にぐにゃりと曲げてしまう体質の女性は、たとえ相手の体を曲げてしまおうとも信念だけは曲がらない男性と結婚した。
30
犯人が尾行から逃れようと迷宮に入り込み、尾行していた刑事は犯人を見失い何ごともなく出口に出たが、犯人は案の定迷宮から抜け出せなくなっていた。
31
花見をしている老魔導師たちの一人が、桜が散る光景を早く見たくて桜吹雪の魔法を唱えると、ドカ雪のごとく全国の桜の花びらを寄せ集めてしまい、各地で悲痛の叫びが上がる中、その魔導師は手元が狂ったと酒のせいにして笑っていた。
一文物語365の本
2014年3月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。