一文物語365 2014年7月集
一文物語
1
集中して本を読んでいた青年がふと時計を見ると、半日が過ぎていて、カレンダーを見れば半年が経ち、火をつけた覚えのないろうそくが一本あり、突如現れた顔の見えない黒装飾の死神に、人生も残り半分だとさとされ、急いで残りの本を読み、自分の好物と夕飯の買い出しに出かけた。
2
窓ふき掃除をしながら、窓の中をのぞき込む男の姿が撮られた写真があるのだが、その男本人は写真を撮られた覚えもなく、まして窓ふき掃除をしていた記憶もないが、ただ何度か眩しい光を浴びた記憶はあり、今は大仏の壁面掃除をしている。
3
突然体が石のように重くなり、病院に行くと体内からゴロゴロと石が出てきて、まるで童話のようだと医師に笑われたが、若くて美しい女性に視界を奪われて見つめられたからと言っても、信じてはもらえなかったが、数日のうちに、同じ症状の急患が増えていった。
4
ナマモノとして届けられた箱を開けると、若い人間が入っていて、早速、付属の意思移行装置を震える手で自分とをつなぎ、老人はスタートボタンを押して倒れた。
5
公園にある石造りのくじらの背中は、今や子どもたちの格好の遊び場になってしまっているが、そのくじらはまた周辺一帯が水で満たされたら潮を吹いて雄大に泳ぐ姿を、子どもたちに見せてやりたいと、黙々と企んでいる。
6
カフェでぼんやり、行き詰まった自分の人生物語をどうしようかと思案して、ちょうど今日もここへ来る途中何もないところでつまずいたなと思い返した瞬間に、店内がどっと笑いに包まれると、カフェの窓ガラスに自分の脳内映像がだだ漏れになって映し出されていた。
7
女は、仕事で稼いだお金で、あれもこれもと好きな物を片っ端から買いあさり、部屋にきっちり並べて飾り、いつの間にか身動きが取れないほどになり、女も自分のコレクションの一つになってしまった。
8
妻が突然いなくなってしばらく、満員電車のドアに押し付けられていると、向かいの電車にいた妻と目があって以来、妻を窓越しに見ようと用もなく電車に乗り、人生を揺らされている。
9
天使たちがボーリングをしていると、ボーリング玉代わりにしていた魂が足りなくなったので、誰が取りに行くかジャンケンを始めた。
10
何万、何億と人々を写し続けてきた世界の鏡たちが、着々と人間を観察して、とうとう鏡に写る真の姿を微妙に変化させて人々をおとしいれ、社会を牛耳ろうといていたが、世界中の人が気をおかしくして、破壊活動が始まり、もれなく鏡もその対象となっていた。
11
浴室の鏡が曇ると決まって逆さ文字で、助けて、と文字が浮かび上がり気味悪く、以前の住人の女性が忽然と浴室から姿を消したそうだ。
12
雨が降って人がいないその静かな世界で、立ち入り禁止用に張られた鎖の上を小さな小さな少女たちが、綱渡りのように歩き、外界でひととき羽を伸ばした。
13
卓に牌を並べて四人目のメンバーを待っていると、四人目の席に手だけが登場し、圧倒的な強さで勝利を掴んでいったが、片手ゆえに自分を移動させるのも手を動かす必要があるので、賞金を持ち帰ることができなかった。
14
上からはしごが降りて来て、足をかけるところがフランスパンだったので、早く登りたい衝動を抑えて、パンが折れないよう慎重に足をかけた。
15
自然と人を集めてしまう好青年と写真を撮ると、目では見えないはずの人たちもたくさん写っていて、その中に昔好きだった人がいた。
16
海岸を歩いている女性は、とにかく眠くてどこでもいいから横になりたくて、なんでも適度に固める粉を波打ち際に振りまき、波を布団代わりにして眠りついたが、やがて粉の効果もなくなり、波に引きずられて目が覚めた。
17
舞い落ちてきた天使は、片羽を失って落ち込んでいたが、何としてでも天に帰るために片羽の蝶と肩を組んで、ぎこちなく空の高みへと飛んでいった。
18
一面に開かれた世界で、特定の人物を探しながら、人生の次のページへと旅する女は、最後のページでも目を回しながらも彼を見つけて、ひとときだけ満足するも、もっと刺激を受けたいと、すぐにでも次巻の旅を始めたいといきり立っている。
19
彼女との約束の時間が迫っているのに予定のバスが来ないので焦っていると、宙を泳ぐ巨大なサカナが目の前に留まり、ギョッとした目で背中に乗れと言い、遅れるよりはマシかと思って乗ったはいいが、まっすぐ進んでいるにも関わらず、泳ぎのせいで体が細かく左右に揺れて乗り心地は最悪で、酔ったあげくに生臭くなって、彼女の前に到着した。
20
女の子は腰をかがめてゆっくりと、くねくねとひとつ先も見えない穴を自分の人生と照らし合わし、ひたすら下ると、水の張っていないプールに出て、水と一緒に勢いよく流れ落とされるよりは良かったかなと、強張った腰を伸ばして、自由に歩き出した。
21
夏の夜、彼がうなされているのだが、今まで潰してきた数々の小虫が、恨みを晴らそうと夢枕に立って、彼の全身にへばりつき、虫攻めにしているのである。
22
目をパチクリしたり、アイコンタクトだけで会話をしてきた夫婦は、年をとってもあえてメガネはかけず、二人の距離は自然と近づいていった。
23
一人の女性は、台所の流しに鬱蒼と広がった苔のような写真をネットにアップしたら、その写真はたちまち賞賛を浴びるようになったが、食器を放置したまましばらく家を空けていたなど、婚前の身としては言えず、それから彼女はきれい好きなった。
24
いつも不安を背後に抱えていた女性は、背中合わせでピッタリと背後の不安を隙間なく埋めてくれる男性と結ばれたが、冬は暖かくていいのだが、夏場はお互い汗ばんで気持ちの良いものではないが、離れたくはない。
25
水も滴るいい男に憧れていた青年は、急な雷雨にあってしまい、びしょ濡れになったはいいが、思っていたより激しい雨粒が痛く、悲しくなり涙すらこぼれたが、それは雨に流され、悲しさも通り越し、突如、笑いがこみ上げてきた。
26
無垢な少女がピアノの練習をしていると、水槽の金魚たちが打鍵の音色に気分を良くしたのか、水面から飛び跳ねている一方で、打鍵が地球の芯部を響かせている影響で、世界中の海の魚という魚が立ち代わり入れ替わりで飛び跳ねて、海が荒れ狂っている。
27
真夏の夜のよく晴れた日、暖かくも冷たくもない風が林を吹き抜けて、誰もいないゴルフ場のグリーンそばにある池の水面に、月が反射しているのと一緒にパターに挑戦しているヒトが写っている。
28
何がきっかけで始まったかわからない大きな争いで人々がいなくなったその土地は、人体に影響が出るので近付づけないらしいと噂が広まっているが、ボロボロの廃墟が残るその土地に、妖精たちがやっと落ち着いて生活できる場所を人間から獲得した。
29
花火の見物客の帰りを照らしている街灯は、笑顔で横並びに歩く人たちが羨ましくなり、意を決して隣の街灯へ倒れかかろうとすると、隣の街灯も気持ちをわかってくれていたのか向かい倒れてきてくれたが、あと一歩のところで触れ合うことはできなかった。
30
もういいか、と心が息切れしてしまった彼は、名所に行ってみると、一列にくたびれた靴がズラリと並んでいて、その場の作法のごとく彼も横に並べたが、これからそんな靴の主のいる場所に行くことを考えてみたら嫌になり、もっと楽しい場所に行きたくなって、靴はそのままに歩き去っていった。
31
宙に舞っているお札はつかみ放題だが、上空から飛び降りて落下中に取らなければならず、一攫千金を狙えるも、飛び出してみないと人生の着点が本当にどうなるのかわからない、と申込用紙を見つめて自問自答を繰り返している。
一文物語365の本
2014年7月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。