一文物語365 2014年8月集
一文物語
1
溶けるほど暑い日に、旦那の服だけが残されていて、行方を探していると、巨大冷凍庫の中で凍っていたのを発見した妻は、目元に氷の粒を作りながら、寒いだろうからと旦那に服を着せてやった。
2
引きこもりの女性が、唯一持っていた下着が干していたマンションの窓から大都会へ飛んでいってしまい、新たに身を隠せるものを通販で頼もうとしたが、さて、どうやって受け取ろうか、一日中そればかり考えている。
3
海水浴場に目つきの怪しいサメが一匹いるのだが、脱げ落ちて流れてくる水着を狙っている。
4
宇宙怪物が腹をすかして、月をパクリと食べて、あまり美味しくなかったらしく、三日月部分は食べずに残して去っていった。
5
開始の合図を受けると、妖精たちは慌ててあれやこれやと楽器を持ちかえたり、指揮者が声で指示したりするので、奏でられる音楽に混ざって、時たま、別の声や雑音がイヤホンの中から聞こえてくる。
6
あれから少し進んだ時代、鳩にメモリーカードを運ばせている。
7
あれからさらに進んだ時代、感情を有するようになった人型ロボットが紙の本を読んで、ベトベトの黒い涙を流して、本を汚している。
8
なんでも真っ直ぐに向き合う青年が真っ暗な迷路に入り込んでしまったので、人生のパートナーと手をつないでいるかのように片側の壁を手で触れて進み、たとえ行き止まりでもいつかは出口に出れると信じているが、ただ円い部屋をぐるぐると回っていることに気づかない。
9
とんでもなく器の大きい男は、少女が落ちてこようと、それが爆弾であろうと受け止めてきたが、世界の男を魅了してきた女の並々ならぬ重い愛だけは、背負うこともできなかった。
10
破壊を繰り返しているロボットは、人の作った悪い電気に操られている。
11
蚊取り線香をレコード盤に乗せて針を落とすと、蚊を供養するお経が流れ始めた。
12
足に錘をつけて沈んできた人を、人魚たちは、親切にさらに深いところへ運んでいってあげた。
13
突然の夕立にあった女性は、急激に晴れ渡った空の下の公園で子どもたちを横目に、ずぶ濡れになった髪や服を必死にブランコをこいで乾かしている。
14
悪戯すぎる人間に辟易した神は、人の黒き分身を心の写し鏡として本心が現れるようにしたが、人々は抜け穴をかいくぐるように光の少ない夜に活動し始め、太陽を破壊しようとする計画すら持ち上がる。
15
終了の合図を受け、お互いにとって良くないこととはわかっていても、自分たちのためだと言い聞かせて死力を尽くし魔法を放ち続けて戦った少女たちは、世界を狂わせておきながらも最後まで生き残った魔法使いの役目として、人々が幸せになるためだけにしか魔法を使わなかった。
16
夕飯の買い物に行こうとした人が、近くのスーパーマーケットまで乗せてくれるという今には珍しい人力のカゴに乗ると、体を壁に打ちつけるほど揺れ、壁から液体も出てきて、外に逃げ出ることもできず、目的地に着く頃にはバターになって搬入口へと運ばれた。
17
年を取りたくないと思っている女は、時の止まった水族館に行くと、巨大な水槽はカチコチに凍っていて、魚たちは氷の中で微動だにせず、気づくと女も足元から凍り始めて、次第に女の時も止まった。
18
幾重にも積み重ねられたコンテナの一つの扉が一時間に一回開き、鳩時計のように中から歌い手が出て来て、汗を流す作業員に一方的な応援歌を歌っているが、誰もそんな野太い声を聞きたいと思っていない。
19
ワープ、と飛び跳ねて瞬間移動を試みた少年は一歩先にしか飛べなかったが、数年後、彼はワープ走法と名づけて走り幅跳びで誰より遠くに飛んだ。
20
地上と空を行き来している彼は、青空からはがれ落ちたパズルのピースをはめ込む仕事をしている。
21
体の弱かった少年は、生身を捨てて鉄の体を手に入れたが、年月が経っていくうちに知り合いは先に先にいなくなっていき、ひっそり山奥で鉄くず同然に生きていたが、ある日訪ねてきた人に鉄として再利用される時が来て、やっと人として最後を迎える時が来た。
22
電車の中で泣きわめく幼子に、他の乗客は煩わしく思っても何も言わなかったが、停車した駅で母親と幼子が降りる間際、もっと乗っていたかったと幼子の本音が車内にこぼれてドアが閉まると、残った乗客たちはほっこりとしていた。
23
風が止んでしまい、帆船は動かなくなってしまったので、船員は漕ぐか泳いで押すか引っ張るか悩んだが、全員で一方向に息を吹いてみることになった。
24
自分の体にわざわざ罠を張るつもりはなかった彼は、翌朝目が覚めると、体中の感覚がおかしく、まるで自分が自分ではないようで、二日酔いの悪魔に体を乗っ取られていた。
25
夜な夜な空き家から奇妙に音や音楽、歌声が聞こえてきて、怖がって誰も近づかないが、死者の音楽祭と名打って盛り上がっている演奏会ではある。
26
好きで好きで仕方なかったのに別れてしまった彼の姿かたちをまぶたの裏に閉じ込めておくために、彼女は上下のまぶたを焼きつけた。
27
携帯電話の画面に表示された心ない文字列を読んだ彼女は、まるで携帯電話から冷たさを感じたかのように携帯電話を投げ捨て、代わりに定規を持って、実際に会う人々との距離感を測って生きることにした。
28
優しすぎる彼女は、爆弾を目の前にして、周囲への被害を未然に防ぐべきか、爆弾作成者の期待に沿うべきか、答えが出せない。
29
どこからか流れ沈んできた数々の絵本をチョウチンアンコウの光で読んでいた人魚は、楽しませてもらったお礼の手紙と濁りつつある海がどうにかならないかという要望書を瓶に詰めて、海上へと浮かばせた。
30
青年は、網を張り巡らせた電子俗世との交わりを絶って、海に網を張り、糸を垂らし、夜は火で明かりを灯し、かつて電池があるかぎり光を放つ板を愛するかのように覗きこんでいた顔を天に向けて、星空に恋をした。
31
誰かの元へ急いでいるのか、便器が空を飛んでいる。
一文物語365の本
2014年8月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。