一文物語365 2016年2月集
一文物語
1
プラネタリウムで星々を見ていたら、突然轟音とともに宇宙が落ちてきた。
2
難破した老人はクジラに飲み込まれて腹の中で生活し、時折数十匹の魚が飲み込まれ、数日後、クジラは海岸に口を開けて座礁した。
3
女は、墓の上で主人の帰りを犬のように健気に待っている。
4
この一文は呪われているから、読んだら 。
5
家の前の水たまりにしか映らない少女がいたので、枯れないよう毎日水を撒いていたが、大雨が降って別の水たまりへ移動して、いなくなってしまった。
6
枯れた大木のしめ縄を切ったら、そこで止まっていた栄養分が噴き出るように空に枝を伸ばし、芽を吹かせ葉を広げ、そして大量の枯れ葉をまき散らして、月とつながった。
7
星の片隅で働いていた自立型ロボットの一部が故障して、自己修復できず、サポートセンターはとうの昔に閉鎖され、開発者を発見したが二五〇一年前の骨と判明した。
8
ピアノの生演奏がある高級レストランの料理は美味しかったが、ピアノのテンポが早く、客の回転率が上がっている。
9
富士山の火口で、男が汗だくでマグマ海に針を落とし釣りをしていると、突然、釣竿が引っ張られて男は力負けしてマグマの中に引きずり込まれてしまった。
10
ドアが突然勝手に閉まるので、盛り塩をドアストッパーにしている。
11
枯れた大木のしめ縄を切ったら、その大木が歩き出し、山を崩し村を破壊してそこに根を張った。
12
作家の細君は、その体で夫を支え、増えゆく本棚の本が倒れないよう端っこで支え続けている。
13
料亭の個室で、金の匂いがする男に喋らすと、口から金が出てくるし、食ってもいる。
14
赤ずきんちゃんの後を追ってきた狼は、彼女がふり返ると尻尾を丸めて猛ダッシュで逃げていった。
15
乾燥時期に緊急要請を受け、迷路のような肌荒れの中を保湿クリームで壊れた扉を毎年直していく。
16
壁が雨に吹きつけられると、壁面に助けを求めている女の姿が浮かび上がる。
17
億千もの手が小さなガラス越しに、電子女を直接触ってこそこそ単独で小さく歓喜する。
18
ライオンのたて髪のようになった女はへべれけで、冷蔵庫の前で缶ビールを開けられず、男にふられた愚痴をつぶやき、やさぐれている。
19
喜怒哀楽が激しい世の中という怪獣は、線のつながっていない小さなガラス板から人々の正気を吸いとって見えないほどふくれ、人々を押しつぶしている。
20
社会の不満を謳う詩人が選挙に立候補し、人ではなく羊しかついてこない。
21
少女が葉っぱで笛を吹くと、雲間からクジラが降りて迎えにきてくれた。
22
そのお屋敷の殺人事件現場に飛んでいた蝶の羽には、写真のような写り込みがあり、それはお手伝いさんが笑顔で紅茶に毒を入れている和やかな風景が見てとれた。
23
ちょっと動かないでくれるかな、と少年は制止に耐えるドラゴンの絵を描きながら、見上げて言った。
24
街で噂の悪趣味少女がいつも首から下げているドクロは、街で停電が起きた時、ドクロの目から一帯を明るくするほどの光が発せられていた。
25
発言しただけで寿命が縮まるという噂が広まり、世間もネット世界も静まり返った。
26
人生のアップデートが終わらないので、みんなその場から動けない。
27
少女は失った片目のかわりに小さな花を埋め、花片目の笑顔をふりまき、人々の心の隙間にも花を咲かせていって、最後にあふれんばかりの花が敷きつめられた棺で彼女は眠った。
28
母の大事なカップを落として割ってしまった娘は、カップを糸で縫い合わせてごまかそうとしている。
29
時たましずくが落ちる蛇口の下で乾いた舌を潤わそうとワニが、背中を無防備にして必死に口を開けているので、子供たちが無邪気にワニに乗って遊んでいる。
一文物語365の本
2016年2月の一文物語は、手製本「星」に収録されています。