一文物語365 2016年6月集
一文物語
1
深海で遭難して何モノかに助けられた潜水士は、その礼として真っ暗な世界に新たな時代の幕開けを願い、火を届けに行ったら、海底火山の噴火で華やかに迎え入れられた。
2
食料を失った航星調査団は、新たに発見した黄色く大きな星に着陸し、硬い地面を掘ると、地中にはスッパイが、食べれるみずみずしい果肉で埋め尽くされていて、なんとかそれで飢えをしのいだが、残り数粒になったその星の果肉を、調査団はよだれを垂らしながら酸素ボンベの破壊を互いに目論んでいる。
3
彼女の目の前の人の後ろ肩に小虫がとまり、もし、それがセミならば鳴かせて驚かせてみたいと、彼女は一人笑いをこらえている。
4
もっと速く水面を移動したい義足の男は、義足パーツにスクリューを付けるか、ロケットエンジンを付けるか悩みながら、アメンボの足パーツを付けていた。
5
いつどこに現れるかもわらないし、それでいて勢い強すぎだし、怒るとすぐ電気系統に八つ当たりするカミナリは仲間に入れられないと、電線内で陰口が横行している。
6
夏祭りですくい上げた金魚が立派に育ち、水槽の中で金色に輝いている。
7
ぐずつく天気が続いたある日、やせ細った太陽の裏側に線が見つかり、エネルギーを充填している真っ只中で、太陽が元に戻った頃には人々は消え失せていた。
8
この書の魔法を唱える時は必ず薪を用意してから、と口すっぱく言われた見習い魔女は、氷雪都市へ買い物に行く途中の氷峠で凍え死にそうになり、暖を取ろうと炎の書を開いて、書いてある通りに呪文を唱えると炎が上がり、やがて書は燃え尽きた。
9
この書の魔法を唱える時は杖を振ってはいけない、と注意を受けた見習い魔女は、万年樹が立つ公園で、雷の書を使う練習をしようと杖を地面に置き、書に書いてある呪文を唱えたら、イカズチが万年樹を黒焦げにして、イカヅチの怒りだと騒ぎになっている。
10
世界の中心で止めるボタンを押す。
11
なけなしの一円玉種を埋めて、水やりをする毎日。
12
過去の自分と未来の自分がタイムスリップしてきて、あれこれ不満をぶちまけてスッキリした彼らだったが、元の時代に帰れなくなってしまい、結局、今の彼と融合した。
13
彼女の表情は曇っていて、しばらくしとしと涙を降らせる中、彼が傘をさして新聞を読んでいると、次の晴れの日が四日後だとわかって、心なしか傘に当たる涙粒が重くなった。
14
夕日が差し込むホームに列車が勢いよくやってきて、旅行鞄を持った男女がそのホーム端まで歩いて行くと、姿を消した。
15
横断歩道にシマウマがいて、通れない。
16
ピアノ独奏会を前に亡くなった少女の気持ちの表れか、手首から先だけがステージの床を這いずり出てきて、ピアノの足を登り、鍵盤の上に立つと、まるで真っ白なドレスに身を包んだ少女が軽やかに天に昇っていくのを見ているかのような、無垢で幽玄な旋律に安らかな祈りがささげられた。
17
紫陽花の葉の上で、殻を背負った少女を見つけると、彼女は恥ずかしさのあまり殻に閉じこもってしまった。
18
買えますよ、と本屋に人生のルートマップやシナリオ集など攻略本が売っていて、人生に飢えた人々がそれを買い求めるために長蛇の列を作っている。
19
新しい友達作りに余念がなかった青年は年老いて、家の中をあたらめて見ると、数多くの人形に取り囲まれていて、話しかけてくれるやつは誰だったかと探し始めた。
20
自分の進行を妨げる世の中の信号機を壊していった彼は、最後の信号機の光を止めた時、進む場所を見失った。
21
難題をさらりと涼しい顔で解決した彼の頭の中はどうなっているのだろうと、無断で彼の頭を切り開いてみたら、知恵の輪のごとく絡み合った光の輪で満たされていて、結局、彼を理解することはできなかった。
22
アカ、うんと燃えている。
23
ある朝目覚めると、自分が小さくなったのかと見間違うほどペットが大きくなっていて、自分は飼われていた。
24
毎晩アロマを焚く女性の部屋から、匂いが嫌だと逃げ出したサボテンを目の前まで彼女は追い詰めたが、素手でどう捕まえようか考えているうちにまた逃げられてしまう。
25
現実感を大事にする未来で、米のなる機械を田んぼに植え、収穫時期になると袋詰めまでしてくれるうえ、機械のグレードを上げた田んぼでは、選択した握り手で握られたおにぎりを食卓まで届けてくれる。
26
地球でサッカーしようぜ、と宇宙人少年が青い球を持ってきた。
27
自らを殺そうと、彼女は自分を知っている人たちを殺していった。
28
彼は、ぐるっと巨大な円を描いて元の位置に歩き止まると、目の前の雲が晴れ、現れたまだ見ぬ新世界の道に一歩を突き出した。
29
もう夕日が沈みかけて、同じように繰り返す波打ち際で、背後から迫ってくるしか能がない奴らを遅らせようと砂時計に砂を足して、日々を過ごしている。
30
通りがかりに彼女は、分厚く何も記されていない本に触れようとしたら突然、本が彼女を指先から食い始め、赤い装丁が目につく人体図鑑となった。
一文物語365の本
2016年6月の一文物語は、手製本「雲」に収録されています。