一文物語365 2014年4月集
一文物語
1
朝、鏡で自分の姿を見た女性は、いつもよりキレイだと心を弾ませたが、今日に限って鏡も嘘をついている。
2
バラの刺青を入れると一生体に残るので、そういう気分になった時はバラを全身に巻きつけて華やかな気持ちになっている彼女だが、全身にトゲの刺さった痕がある。
3
大都会という池の蓮の上で、君主が将棋を打ちながら笑って社会制御を練っている頃、薄暗くて濁った水中で蓮の茎を切るか引っ張るか民衆が企んでいる。
4
狩りを終えた女が雪道を通って血の滴る獲物を持って小屋に帰っていると、血の跡を追って男が着いて来たので、振り返ると男は血だらけの獲物を見て倒れてしまい、放っておくわけにも行かず、死なれても面倒だなと、獲物の代わりに男を引きずって小屋まで連れて帰った。
5
紙屋敷と呼ばれている家の中では、男は絵で女への思いを描き、女は男に対する心うちをプリントアウトしながら二人は暮らし、いわゆる口喧嘩が始まると紙の消費量が半端ない。
6
世の中の人々は、あれやこれや全てを水に流してやり直して行くうち、地上人の鬱憤に耐えきれなくなった下水道が怒って、蒸気を上げるように、堪えていた涙を流すように、あちこちで地下から水が吹き上がっている。
7
白い狼と黒い狼の番が一緒に暮らしているうらに、狼の体が白と黒の水玉模様になった。
8
一年に一度、年をとる時、生命の井戸をくみ上げると一つ年上の自分が出てきて、バトンタッチをし、すると一年間生活をしてきた自分は心晴れ晴れ水がはじけ飛ぶように消えていった。
9
ランプ売りの男は、自転車で発電させながら移動販売をしているが、昼間は全く売れず、夜になると照らしてくれと人々が集まって街の一角で自転車をこぎ、結局、物見だけでランプは全く売れず、虫の死骸だけが地面に残っている。
10
街へ遊びに行って風船をもらった少女が帰りの森で道に迷っていると、そこに現れた一匹の妖精は風船に興味津々だったが、少女が道を尋ねると妖精も道に迷っているらしく、二人は落胆しながらも森を歩き続けて少女は家路につき、ちゃっかり妖精も着いて来た。
11
恋人の小指から伸びる赤い糸は彼とつながっている一方で、彼の想いを受けてなのか彼女の本望なのか、赤い糸は紐のように太くなって彼女の体を亀甲状に縛っている。
12
口紅を乗せた宇宙ロケットが飛びだって十数余年、口紅色のユーフォーをよく見かけるようになり、様々な色の口紅を打ち上げると、次第にカラフルさを増して飛来するようになった。
13
プリンセスのようなドレスを着て腰からふんわりとさせたかったので、彼女は家にある大きめな鳥カゴを足から腰まで入れて、ドレスに膨らみをつけてパーティーに参加すると、小鳥のさえずる声が聞こえきて列席者が次々と彼女の方を見る。
14
これは絶対に隠しておかないといけないと考えた青年は、湖にそれを沈め、さらにその湖を土で埋めようと山を削り出している。
15
引退公演で何回も回転したバレリーナは、最後の回転を終えた時、桜の花びらが宙に舞って地についた時の気持ちがわかったという境地に辿り着いた。
16
一心同体とも言えるほど愛している彼の死に際に、彼女は彼の生きた液という液を絞り出し、毎日自分の半身に塗りたくっていると次第に半身は彼を模して一緒になれたように見えたが、結局、彼の心は彼女の心に宿ることはなかった。
17
もう限界と疲れてこれ以上は高く飛べないと、木の上で休憩をしている蝶の羽を生やした少女のもとへ、鷹の翼をもった少年がやって来ると、少年の背に乗って見たことのない景色に自分の羽の非力さを痛感したが、少年は少女の羽を見て、その優雅な飛び方は君にしかできないよ、と言った。
18
隣の金魚の水槽を観察している魚を鑑賞している客を監視している警備員を管理している会社を監査している国家を干渉している世界を丸く覆う地球は顕微鏡で覗かれている。
19
混乱のもと、争いの続く戦火のど真ん中に銃と手榴弾を身にまとったバニーガールが突如現れて、パブのような雰囲気を出しつつ、兵士は畏怖の念を与えられて敵味方関係なく混乱し、呆気無く争いが止まり、鼻からの流血で終わった。
20
新婚夫婦が中古の一軒家を買って住み始めた頃、板張りの床の響きが全く感じられなかったので、板をはがしてみると、そこには宇宙が広がっていて、そこから希望や絶望が待ちかまえているかもしれないが、二人の人生をかけて未知なる発見と夫婦仲を試す大きな宇宙の旅に出ていったその後、床板を張り直され、またその家は売りに出されている。
21
浮気性の男性作家によって書かれた文字たちはその紙を嫌がり離れてしまうため、売られている本を買うと真っ白で、ある時、その作家は浮気相手との約束をメモしたが、そのメモに書かれた日時と場所、相手の名前が人々が行き交う街の空を漂っている。
22
若き折り紙職人に恋をした少女が、勇気を振り絞って告白すると、部屋のあちこちにいた折り紙で折られた蝶が一箇所にひらりひらり集まり、淡いピンクのハートをかたどった。
23
木こりの青年が何の苦労もなく太い木を切り倒すと、中は空洞になっていて、そこから無数の小人がわんさか出てきて、俺らの住処をどうしてくれる、と怒り叫んでいるようだが、声が小さすぎて聞こえないし、踊り狂っているようにしか見えない。
24
刺激が大事だと研究者が、枯れかかっている木にこれでもかと針を打ち込むと、大きな薔薇の花を咲かせたので、やる気の出せない女性に針を打ち込むと、その痛みだけを意欲的に求めてくるようになってしまった。
25
あそこには出るから近づくなと、噂されている丘上のお屋敷廃墟では、少女の夜泣きが相次いで聞かれていたが、昼間子どもたちが探検だと屋敷を訪れると、その少女も子どもたちに混ざって一緒に遊んで疲れてしまうせいか、夜泣きは聞こえてこない。
26
色をつけると生命を宿らせてしまう絵描きが、灰色のビル群にペインティングして行くと、眠りから覚めたかのようにビルたちが勝手に動きだし、仲が悪かったのか近場のビルを壊し始めるものもいたり、その場から去るビルも現れ、いつしか一帯は広く平らになった。
27
寝苦しくて夜中に目が覚めると、妻は横で寝ているのに、黒い影の妻がハートの風船を持ってお腹の上に乗っていたことを話すと、それはあなたへの愛よ、と笑顔で答えた。
28
空気や服ではなく、もっと物理的に包み込まれたいと願っていた女性が、休日にボールプールを見つけて、そこで遊んでいる子供を気にすることなく飛び込んみたが、全身を包まれている感覚があるにもかかわらず、とてもボールは冷たい。
29
外の気配で目が覚め、寝ぐせを気にすることもなく、朝飯前だと歯を磨きながら、自陣に攻め込んでくる敵を銃で一掃したその日の朝食は美味かった。
30
海岸にくじらよりも大きな魚が現れ、大口を開けると、夢か幻を見ているかのように、海に消えていったいつかの人々が恐る恐る出てきた。
一文物語365の本
2014年4月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。