一文物語365 2014年5月集

一文物語365 5月

一文物語

1

宙に浮かび上がらせた魔法使いにしか読み取れない大きなその古書をペンで書き写し、多くの人々に役立てばいいなと、魔法の言葉という題名で出版したが、内容はまったく人の心に響かない単なる魔法の呪文だった。

2

月に憧れた青年が、誰もやらないだろうと、地球から月にハシゴをかけることに成功したが、それは一時的で地球が回るとハシゴの長さが足りなくなるが、一日に一度、月との行き来する楽しみができた。

3

今は無となり考えることに意味を成さないが、少女が瓶に入れていた液体のようなキラキラ輝く宇宙をこぼしてしまい、一瞬にして暗くどこまでも続く広い世界に包まれていく感覚を覚え、後悔や嫌なこと、これからのことをすべて人のせいにしてくるこの世界を無くして良かったんだ、という思念が宇宙のどこかを漂っている。

4

スケートボード、スノーボード、食料を詰め込んだリュックにテント、アタッシュケースを持って自転車で旅をしようとしていた少女は、全部持っては行けないと困っているところに、サーフボードを積んだワゴン車がやってきて、自分の海を探していた女がその少女を車に乗せ、別に海じゃなくてもいいか、と少女と意気投合して雪山を目指した。

5

波打ち際でこちらを微笑ましく見ている彼女を、飲み終わったサイダーの瓶に何気なく重ねてみると、波打ち際にいたはずの彼女は消え、瓶の中に彼女は閉じ込められたが、できれば瓶の中ではなく、心の中に閉じ込めておきたかった。

6

やって来た電車に乗ると、みんなだらけてしまったのか、寝ていた人、本を読んでいた人、携帯電話をいじっていた人、首が伸びて床に垂れ下がっている。

7

トランプ界で、クィーンが別のキングに恋をしたり、キングが別のマークのクィーンと一緒になったりしているので、ほかの数字や遊び手も混乱している。

8

枯れ始めたチューリップの花は、次第に人間の頭蓋骨へと形を変え、気味が悪いと思いながらも、地面を掘り起こしてみると、球根から人の体が生えていた。

9

叶えたいのかもわからない幾千もの願いのように浮かぶ星空の下を、ただただ一方向に向かう風に押されて歩いていた彼女は、すべての星を吹き飛ばすような究極の想いが込められた流れ星を見てから、風上に立つあの人に向かって走りだした。

10

彼女はこっちにカメラを向けていたので、同じようにカメラを向けると、彼女はカメラを外して笑顔を向けてきたその理由は、写真を撮ってもらおうとしたのではなく、お互いに目線が合ったからだった。

11

何度も注意をしているように、夜中に下水道内で縄張り争いをすると地上に響いてお前らの存在に気づかれて住めなくなるから、争うならせめて昼間か、しっかり話し合いをしろ、と下水道管理の人間が、泣いているのか、よだれか何かが垂れかかっているエイリアンに説教をしている。

12

これからお前は操り人形だと言われた人が、そんな簡単になってたまるかと反抗心を持とうとしたが、関節のついた機械を全身に取り付けられ、主人の言葉に反応して機械は動き、それに抗うことができないが、口だけは自由に動くので、文句だけは言える。

13

用済みになった釘たちは、引き抜かられた腹いせとして、釘抜きを無数の釘で型どるように打ち付け、釘抜きはそこから抜けだせず、嘆きもがいている。

14

仕事柄、いろんな人物を演じいる彼を目の前にして彼女は、本当のあなたはどれよ、と彼と彼女が笑顔で写る無数の写真を投げつけた。

15

逮捕された若き博士は常軌を逸したように、彼女は生きているんだと叫び続け、彼女の外見はもうないが臓器は、ひとつひとつ瓶の中ではあるが生き続け、それと一緒に生活をしていることに、愛はあるんだと涙ながらに訴えていている。

16

髪をとかすのに借りたその白いくしの使い心地がとても良く、髪を撫でられているようで、まるで人の気持ちがこもっている感じがし、友人が、それは骨で作られたものよ、と言ってきた。

17

決戦前夜、敵の出方を予想した作戦会議を重ねに重ねて裏の裏を取ることを決め、敵も戦法を出たとこ勝負と決めた翌日、真っ正面からぶつかり合うことになり、攻め攻めの結果、その夜には疲弊して引き分けた。

18

彼女の歩いた跡には、カラフルな色が生まれ、時には綺麗な花が咲き、人を魅了する模様ができあがり、気づくと彼女の後ろ姿しか印象がなく、まるで次元を超越したような絵画を見ているようだっだが、誰も彼女の顔を見たことがない。

19

マニキュアを塗った彼女と体を抱き合わせていると、いつの間にか彼は背中で爪を立てらていたらしく、マニキュアの色の唐草模様が背中にひっかき描かれていた。

20

夜、窓から溢れ出る幸せそうな光の中で三人の人影が窓に映るのを確認して、その娘夫婦が住む家を、父と母が毎晩のように安心してから立ち去って行く。

21

これでもかと想いを書き込んで厚くなった便箋も、相手に届くと、ただの重い紙切れ同然で、粛々と酸素を消費して灰にされている。

22

朝の光を浴びて、青い空を見ながら、昨日のことすらいっさい忘れ、今この時を精一杯生きたいなと思いながらも、鞄の持ち手を握りしめ、時間通りに到着した隙間のない電車に誰に言われたわけでもなく、自分の意思で乗り込んだ。

23

上手く時間を捻出できなかった彼女は、人目もはばからず化粧をすると、みるみると周囲を惹きつける女性となり、女性だけでなく男性すらも引き寄せていて、いつの間にか人だかりができると、その場で臨時メイク術講習会が開かれ、彼女の今日一日の時間配分と今後の人生が大きく変わることになった。

24

時が止まった誰も寄りつかない廃墟の書庫で、少年は床に散らばった本を一冊一冊読んでは、別次元の時間軸の違う世界を旅して、朽ちて行く廃墟に逆らうように少年は大人へと成長し、その廃墟を買いとった。

25

海が荒れる時は、海神の機嫌が悪い時で、巫女が海神の好きなスイカを海底まで届けると、いつも食べ終えたスイカの皮と巫女の服だけが穏やかになった海面に上がってくる。

26

最後に、赤黒く染まったベッドマットレスが運び出されている。

27

雨の中、大きな壁を目の前にして、一歩も進むことを許されなかった彼女は、悲しさと悔しさに涙を流し、まるでこの雨は彼女からこぼれた気持ちのようだが、彼女が笑えば大地は揺れ、壁をも崩した。

28

人が入り込めないところへ向かった人型救助ロボットが途中で黒い煙を上げ、ロボットからの救難信号が届いた本部基地では、盛大に今月の誕生日会が開かれていた。

29

海に沈み切らないほどの大きな錨が落ちているのを発見し、上空に繋がる鎖を辿って行くと、どこぞの星がこの星の隣に停泊していて、太陽光の強さがちょうど良い場所らしい。

30

指にはめてもらったその指輪には宝石といえるものはなく、雪の舞うスノードームのようなもので、それが割れたら自分だけでなく人類が滅亡すると言われた彼女は、その指輪を抜くことができず、旦那様と安泰に暮らした。

31

いつでも遊びに来てと言われたので、事前に連絡を入れることなく、一家団欒中に忍者のように床からヌルリと姿を現した知人を見て、時が止まった。

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一文物語365の本

2014年5月の一文物語は、手製本「2014年集」に収録されています。

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