一文物語365 2016年4月集
一文物語
1
つたが壁をはって、とうとう塔に監禁されている姫の窓を突き破った。
2
夢凧を人生糸で飛ばしたまま、引き寄せることなく、ただ背を向けて人々は歩いている。
3
彼女と一生離れたくないと、彼は誤って自分の背中と彼女の背中を貼り合わせてしまったので、家中を鏡張りにした。
4
太陽系に蒔いた火星の種から芽が出た。
5
海が干上がって新たな住処を求めた魚は、電波の潮に乗って、電線の網に引っかかる。
6
努力の甲斐あって両想いになった彼女は、偶然地獄行きの階段を見つけてしまい、愛を武器に降りていった。
7
水たまりに落ちるいくつもの雨粒が宇宙となって広がった。
8
ようやく今年、彼は、未来から送られてきた新しい自分をキャッチして、古い自分と入れ替わることができた。
9
文通の返信が来ず、訪ねてみると、相手の郵便受けの中の時間が っていた。
10
ペットや乗り物の入店が禁止されているので、恐竜は寂しそうに駐車場で主を待っている。
11
預言者が世界の未来予想図を間違え、真っ黒に塗りつぶしたら、世界はお先真っ暗になった。
12
喜劇王の銅像の影を見るたびに、毎回変なポージングをして変わっている。
13
人生のパズルが残り1ピースになって、死にたくないからとパズルをひっくり返して、また1ピース目を生み落とした。
14
エネルギーが減ると体は小さくなり、その大都会はゴミのようにスーツが舞っている。
15
宇宙飛行士が虫取り網にまたがって、星を捕まえに行った。
16
光のないステージで歌う彼女の口からは、心に沁みいる星が降る。
17
日々が明るくても暗くても、鼓動を感じて生きているだけで、星のごとく輝いている。
18
夕刻の川辺の草むらで乗り捨てられた自転車が、空回るタイヤをブレーキし、サビをきかせた動きの鈍いベルを鳴らして合奏し、見つけられるのを待っている。
19
誰も寄りつかない深い森の中で、昔付き合っていた彼女の日記を見つけた。
20
生活に慣れようと朝の満員電車に乗り、押しつぶされてヘドロを吐いているのがこの国を内面から侵略しようとする宇宙人です。
21
化学者の夫は、妻を顕微鏡でくまなく見ては、原子レベルで愛している。
22
朝、目が覚めたら、植物のように伸びた自分の髪の毛に縛られていて、布団から出ることができない。
23
入場口の扉が開くと、二人の花嫁が白いドレスを紅い水玉に染めて、火花を散らしていた。
24
ただぼうっと下り続ける長い長いスベリ台を滑っていると、ズボンの尻が破れて火がつき、ぐんぐん加速して飛び立ち、大空へ羽ばたいた。
25
人々が行き交うスクランブル交差点で人生が交差して結ばれた男女の隣で、無作為の拉致事件が起こっていた。
26
高速で飛んできた文字列が心に突き刺さって雄叫びを上げる男の隣で、文字列が突き抜けて血を流して誰かが死んでいる。
27
首元の開いたシャツのボタンが首を絞めたがっている。
28
どこまでも続く真っ赤な鳥居をくぐって行き、最後に現れた真っ白な鳥居に触れるとみるみる血の気が引いて、意識を失う寸前、鳥居が赤く染まっていくのを見た。
29
しつこくくノ一を追いかける忍者は、彼女から放たれた愛の込もるまきびしの上で歓喜の声を上げる。
30
夢で殺されかけた彼女は夜中に目が覚め、満天の星空に向かってブランコをこいでいる。
一文物語365の本
2016年4月の一文物語は、手製本「星」に収録されています。