1-10.二人の関係 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
セリカ・ガルテンでの初めての食事は思いのほか美味しかった。
ケイトとの仲を聞いたほとりは、ケイトが何者かを知らされる。ほとりは、食事のあとに向かった先は……。
初めての食事
ツバメに連れられて食堂に入った。そこには、ほとりの年齢と同じかその前後の少女たちが思い思いの場所で食事をしていた。
食事が用意されていくカウンターにも学生たちは並んでいて、最後尾に二人は並んだ。やはり同じくらい年齢の女子生徒たちがトレーに乗せてくられた料理を持って、明日架と数人が座る席に着いた。
ほとりは、明日架に隣に座るように手招きされた。
「遅かったね。さぁ、食べよう!」
ほとりが一言謝ると、ツバメがこれまでのことを話した。それを聞き終えた明日架は、そう、と言って続けた。
「近づくな、とまでは言わないよ。ケイトも悪いやつじゃないんだけど。それより早く食べよう。おいしいよ」
言われるまでもなかった。食堂に入るなり、おいしい匂いがほとりの食欲をそそっていた。しっかり味の染みこんでいそうな煮魚のそれだった。
サラダにスープ、ごはんとシンプルな食事だったが、格別においしかった。見知らぬ場所でも食べるという本能は、生きるという反応を見せるものだった。
続々と生徒たちがやってくと、次第にほとりたちのいるテーブルに、チラチラと視線が向けられた。ひそひそと会話を交わしては、ほとりを見る。
「ほとり、気にしないで。今日来たばかりのシュメッターが気になっているだけだから」
明日架が言った。
なぜ、自分が時期はずれでここにやってきたのか。なぜ、予言の子なのか。なぜ、向けられたくもない視線をここでも。
堂々めぐりする思考の最中、コップの水を飲んだ。
「おいしい」
ほとりは思わず口にした。
「当然よ。私たちは理想水郷を目指しているんだから、水がおいしいのは当然の務め」
明日架に連れられて上空からセリカ・ガルテンを見た時、山があり川が流れて、きれいな島だったとほとりは思い出した。
「ここが理想水郷でもいいんじゃないですか?」
ほとりが聞いた。
「もっといい理想水郷を作ってみたいじゃない。でも、ここへはシュメッターに選ばれた少女たちがやってくる。新しい場所を作らないと、ここも人で溢れてしまうから」
ほとりは、自分の考えが甘いことに気づいて、そうかと頷いた。
それから、見知らぬところに来ていることを忘れていたかのように、夕食をいっきに平らげた。
明日架とケイト
辺りを見回すと、離れたところにケイトがいた。そのテーブルには、部屋にやってきたユーリの姿もあった。
呼び出されたあとどうなったのだろうと思っていると、ケイトと目があった。ケイトは気さくに手を振ってくれた。ほとりは、軽く頭を下げた。
「ほとりさん。あまりケイトさんとは親しくしないように」
右斜め前にいたツバメが言った。ツバメからは後方にいたケイトとの一瞬のコンタクトを見られていたことに驚いた。
「ケイトさんと何かあるんですか?」
ほとりは思い切って聞いた。ツバメは、明日架の様子を伺うように視線を送ってから、ほとりと目を合わせ、上体をほとりに近づけた。
「ケイトさんは、ルサルカ派の長。それだけ言えばわかるわね」
小声だったが、短いその言葉の意味は重かった。
「会長は、ケイトさんと仲が悪いんですか?」
ツバメが強く忠告するほど二人の中に深い溝があるようには感じられなかったほとりは、明日架に聞いた。
「可もなく不可もなく、よ。同期だし、競っていた時期もあったけどね」
明日架は平然とした表情で答えた。そして、笑顔を見せ、
「それより、ほとり。私のことを会長と呼ぶのは堅いから、名前で呼んでくれていいよ。ここは堅苦しい世界でもないから」
「え、でも」
明日架との距離が近くなるのは良かった。一方で、ツバメから鋭い視線も感じられた。
「特に人を呼ぶのに規則はないし、いい?」
「はい……明日架さん」
明日架は満面の笑みを浮かべた。
「あ、そうそう。突然、ルームメイト候補がやってきたんだって」
「はい」
ユーリのことだった。
「ほとりのルームメイトとして許可しちゃったけど、良かった? ほとりは嫌がってなかったって聞いてるけど」
「大丈夫です」
「今夜から一緒になるから。不安なことがあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます」
友理と瓜二つのユーリ。性格は違えど、決して嫌ではなかった。
食べ終わったトレーを返却口に持って行く頃には、ケイトとユーリはもうテーブルにはいなかった。
ほとりの選択
明日架とツバメと一緒に食堂を出て、昇降口のところまでやってきて、明日架が振り返った。
「それじゃ、私たちは生徒会室にいくことからここで。ほとりは、そこから上に、部屋にいけるから」
明日架が指さした方向に階段があった。寮の裏山にあった洞窟へ行く際、二階から降りてきた階段だった。
「はい。ありがとうございます」
「今日はゆっくり休んでね。明日、朝食のあと生徒会室に来てくれる? もう場所わかる?」
「たぶん、大丈夫です」
ツバメに案内された学舎から寮への道順を思い出した。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
明日架たちは、外に出ると羽を生やして羽ばたいて行ってしまった。
ほとりは、一度階段に足を向けて立ち止まった。食堂からまた視線を向けられているのがわかった。
階段に向かわず、玄関を出た。寮と学舎の前は、庭園が広がっていた。心を落ち着かせるような心地よい風が時々吹いてくる。
丘からゆるやかに下る斜面に庭園が広がり、さらにその先は、無数の星と月を反射する海がどこまで広がっていた。どこからが海で空なのかわからないほど同化しているようだった。
庭園は、ところどころ明かりがつけられいるが、月明かりでも、十分に歩けるほどだった。
目の前の道を下るとすぐの開けた場所にベンチが置かれていた。夕食を終えた生徒数人がくつろいでいた。その一つに、ケイトも腰かけていた。
ほとりに気がつくと、やはり気さくに手を上げた。
1-11.夜の光
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