短編小説「星の終わりにくちづけを」

短編小説「星の終わりにくちづけを」表紙
目次

作品概要

山に囲まれ、湖が目の前の辺境の家で暮らしていたヒンジス。

誰も読まない小説のしめくくりに悩む日々を過ごしていた。

湖には、「天使」と呼ばれる紫色の人型の物体があり、唯一、声をかける相手だった。

あるとき、少女が倒れているのを発見した。

少女エリーは、亡くなった妻の幼少期に似ていたが、記憶はなかった。

今までどう過ごし、どうしてそこにいて、これからどうしていくのかもわからなかった。

少女エリーの正体は……

星の終わりに起こる不可思議なできごとに翻弄されるヒンジスが見た世界を描く。

終末セカイ系短編小説。

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登場人物

ヒンジス 辺境の地で小説を書いて暮らす男

エリー 突然あらわれた少女

本編:星の終わりにくちづけを

 えんぴつを置いた俺は、背伸びをした。

「はぁ……」

 吐いた息には、ため息もまじっている。執筆している小説をなかなか書き進められていないからだ。

 気づくと、目の前の窓のずっと先に映る湖をながめてしまっていることが多い。

 風がなく、天気のいい日には、空やこの周囲を囲む山が湖面にきれいに映ることもある。

 もう誰もいないココに住みはじめて、そろそろ1年がたつ。いっこうに小説のしめくくりが思いつかない。

 書きあげたところで、決して誰も読むことはない。

 だからこそ、気軽に自由に書けばいいと思っていても、高望みした理想を落としこもうと書けなくなってしまっていた。

 日はまだ高いが、おんぼろな時計は夕方の時刻を指していた。

「今日も書けなかったよ……」

 俺はふたたび湖に視線をやった。窓に映った自分ではなく、湖畔にずっと立っている紫色の《天使》に向かって言ったのだ。

 天使といっても、その立ち姿は人型で、頭にはウサギの耳のようなものをピンと立てている。天使の輪もある。

 まるで俺の執筆を監視する編集者かのように、暗くなろうが一歩もそこから動かないでこちらを見つづけている。

 目があるわけでもないが、こちらを見つづけているように見えてしかたない。

 前後の区別もつかない得体の知れないその天使は、ここに住みはじめる以前から見知っていた。

 しかし、俺がここに住みはじめるようになってから、天使はずっとでそこで立ち尽くしている。

 最初は恐怖でおののいた。しばらくしてなにもしてこないとわかって、今では天使も風景のひとつとして認識するようになっていた。

 俺は夕食の材料となるなにかを小屋に取りに出かけた。

 なにがあったか頭をめぐらせながら、30秒もかからないところに建てた小屋に入ろうとした。

 小道の先に人が倒れているのに気づいた。

「ん、えっ?」

 その姿は二度見しても、視界から消えることはない。

 ――どうしてココに人が。

 不安と緊張が同時に襲ってきて、心臓の動きが速くなった。

 なにかの見間違いなのかと、自分を疑いながら俺は小道を進む。

「お、おい……きみ……」

 倒れていたのは、中学生くらいの女の子だった。

 どこから来たかは知らないが、服はきれいなままだった。隣町から歩いても数日。こんなところへやってくるまでに汚れないわけがない。

「んっ……」

 彼女の閉じたまぶたがわずかに動いた。ケガをしている様子はない。

 このまま放っておくこともできず、彼女を抱えて家に戻った。ソファに寝かせてしばらく様子を見ていたが、目を覚ます気配はなかった。

 彼女をじっと見ていると、死んだ妻に似ている感じがした。

 ――まさかな。

 俺はまた夕飯の材料を取りに行った。

 妻は、1年半前に一人娘と一緒に死んだのだ。

 ――もしかして、どちらかの生まれ変わりとでもいうのか。

 俺は首を振って、映画のような物語の可能性をかき消した。

 彼女が目覚めたときに、口にしやすい野菜を煮こんだスープを作ることにした。

 野菜は品祖なものばかりだが、量はあった。畑を広げる土地ならいくらでもあった。

 少しばかり高地な場所ではあったが、気候変動のあおりを受けて、日中は暑いくらいだ。

 生態系もそれに合わせて、変わりつつあるが、自然はどんどん順応していくことに驚いた。

 どんなに荒れ果てようと、自然は自然であろうと元に戻ろうとする。唯一、元に戻ろうとしなかったのは、人間だろう。

 俺は、隣の部屋で眠っている彼女の様子を見ながら、スープを作っていた。

 匂いにさそわれたのか、彼女が目を覚ました。

「ここは……」

「俺の家だ。近くの道で倒れてたの見つけて、運んできたんだ。痛いところはないか?」

「……」

 体を起こした彼女は、静かにうなずいた。まだ頭がぼーっとしているようだった。

「俺はヒンジス。見ればわかるけど、へんぴなところに一人で暮らしてる……」

 彼女が俺から視線を外して、ゆっくりと部屋を見回すところを見て、言葉のやりとりはできそうだと思えた。

「お腹、すいてないかい?」

 俺が聞くと、彼女はそっと自分のお腹に両手を重ねておさえた。

「スープ作ったから……今、よそってくるから待ってて」

 俺はいつになく明るい声を出した自分に驚いた。ずっと一人でいたこともあり、つねに感情は平坦だった。

 湯気をあげる鍋からスープをすくう俺の心は弾んでいた。彼女が目覚めたことの安堵もあったが、人と触れ合える懐かしさが思い出される。

 彼女にスープを手渡すと、両手でかかえてそそっと口をつけた。

 ひと口飲んでからは、スプーンで具材も口に運んであっという間に食べきった。

「おかわりする?」

 彼女は静かにうなずいた。

 俺はほとんど口にしていない自分のスープをテーブルに置いた。俺の作ったスープを飲みほす彼女を見つづけてしまっていた。

 2杯のスープで体が温まったのか、顔色がよく見えた。

「名前、聞いていいかな?」

「あ……エリーです。助けていただき、ありがとうございます」

 彼女は軽く頭を下げた。

 彼女の名前を聞いて、俺の体は硬直した。

 ――同じ名前だ。死んだ妻の名前……エリー。

 ――どうしてココに……なんで年齢も若返って……。

「エリー。君はどうしてこんなところにいるんだい?」

 焦り、不安、そして期待が俺の鼓動を強くする。

「ど、どうしてって……」

 エリーはどこか焦点をあわさないまま記憶をたどった。

「……んーん、思い出せない……」

 頭を押さえて左右に首を振った。

「あっ、無理に思い出さなくてもいいさ。ココには他に誰もいないし、ゆっくりしていればいい」

 ゆっくりと言ったものの、それは永遠という意味ではない。しかし、目を覚ましたばかりの彼女に伝えるには酷だと思って、喉の奥で止めておいた。

「はい……」

「外はまだ少し明るいけど、時間は夜だ。このままゆっくり眠るといい」

 エリーはうなずいて、また横になった。

「おやすみ……」

 俺は台所で食器を洗い終えて、窓の外を眺めながらしばらく立ち尽くしていた。

 エリーがどうして現れたのか、エリーがなぜ生き返ったのか。

 もし、生き返ったのだとしたら、他の人たちは?

 娘は?

 それとも、エリーという同じ名前の他人の空似……。

 なにをどう考えても、自分の頭を混乱させるだけだった。

 翌日、やはりエリーは存在していた。俺は夢でも見ているのではないかと、寝ながら考えていた。

 彼女は、まだ今までのことを思いだせずにいた。一緒に朝食をとり、普通の生活をすることくらいはできるようだった。どのくらいの期間、記憶を失っているのかはわからない。

 そして、どこから来て、どこへ行くつもりだったのか……。

 ココにはもう誰もおらず、誰かに会うにしても意味がわからない。

 気晴らしに、エリーをさそって散歩に出た。エリーの歩調に合わせて、湖につながる林の道を進んだ。

 エリーは左右に広がる林を眺めながら、俺に着いてきた。

 林を抜けると、エメラルドグリーンの湖面が広がり、その向こうにある乾いた茶色の山がそこに反射していた。

「きれい……」

 と、エリーは砂利の上を一歩進んで、すぐに止まった。

「ヒンジス、あれはなに?」

 エリーは、波打ち際に立つ紫色の物体を指さしていた。

「あれは、天使だよ」

「てんし?」

「かつて、人類がそう呼んでいたモノだ。俺があの家に住みはじめたころから、ずっとあそこに立っている」

「でも、ずっとこっちを見てるみたい」

 エリーは、二、三歩歩くと、手を胸に当てて硬直した。

「どこから天使を見ても、こちらを見ているように見えるんだよ。怖がる必要はない。もう動くことはなさそうだから。近づいてもただの銅像のようさ」

「そう……」

 俺とエリーは、天使から離れるようにして水際を歩いた。

 ふり返れば、しっかり天使に見られている。

 以前、試しに湖の反対側から天使を見たことがあった。それでも、天使は俺を見ていた。

 どうあがいても、天使からの視線から逃れることはできなかった。それ以来、俺は天使の視線を気にすることをやめた。

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