1-8.突然のルームメイト [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ほとりの部屋に突然入ってきたのは、友達の友理にそっくりだった。
彼女からこの世界のことを少しずつ聞き、羽の出し方を教えてもらうことになったのだが……。
ユーリ
「おっ、熱烈に歓迎してくれるのはありがたいが、少し落ち着きなよ」
ほとりに力強く抱きつかれた彼女は、廊下に人気が集まってくるのを感じ、慌ててまだ自由のきく足で、ドアを蹴って閉めた。
ほとりは、両手から荷物のその場にドサッと置いた彼女に、一度抱きしめられた。
「友理とここで出会えてよかった。ずっと不安で不安で……」
すっと体をはなした彼女に、ほとりは泣き崩れた顔をのぞき込まれた。
「その不安をさらにあおるようで悪いんだけど、私、あなたの言う友理ではないよ」
「えっ?」
ほとりは、時が止まったように彼女を涙目で見つめた。
セリカ・ガルテンの制服を着ているが、顔は友理にそっくりだった。髪の毛は、友理よりもさらさらした印象で、背中に届くほど長い。
「でも、友理にしか――」
「私は、ユーリ。ここに来て、ここの満月を十三回見てる」
その口調は、友理のものとは違っていた。友理の方が、もう少し落ち着いていたようにほとりは思えた。
「ユーリさん」
「そう、ユーリ。急に私の名前を呼ぶもんだから、ビックリしたけどさ」
「でも、どうしてここに」
「あぁ、部屋を出てきたの。元のルームメイトが四六時中、アロマだかお香だかを焚くもんだからさ。
最初は、良かったもののだんだんきつい香りになって、やめてって言ってもやめてくれなくて、出てきた」
ユーリは、入り口に置いた荷物を部屋の奥に持っていき、二つあるうちの一つのベッドに腰かけた。
ルームメイト
「まだルームメイトいないなら、今日から私とルームメイト」
突然、部屋に侵入してきたユーリだったが、ほとりは彼女の口ぶりは嫌じゃなかった。
「う、うん」
友理とただ顔が似ているというだけだったが、ユーリがどこか安心できる存在に感じられた。
「あなたの名前は?」
ユーリが軽い口調で聞いてくる。友理とは違って、とても明るくさっぱりした性格のように思えた。
「あ、私は、
「ほとり、かぁ。かわいい名前ね。いくつ?」
「十四」
「私は十五。でも、気兼ねなくユーリって呼んでね。みんなそうだから」
「う、うん」
たった一年の差で、ユーリから醸し出される大人っぽさに、ほとりは愕然とする。一年後、自分がそうなっているとは決して言いがたかった。
「でも、ほとりは予言の子なんでしょ?」
「そ、そうみたいなんですけど、私もよくわからなくて。でも、どうして」
ほとりは少し戸惑いながら答えた。
「さっき、ほとりが実験池に落ちてきたのを見たから。私もその場にいてさ」
確かに数人あの場にいることはわかっていたが、そこに誰がいたかまでは覚えていなかった。ほとりがじっと見つめても、気にする素振りもなく、ユーリは続ける。
「まさか今日、やってくるとは思ってなかったよ。でも、私の目の前に落ちてきて、この子の部屋に行った方がいいって、私の直感が働いた」
「直感?」
ほとりからユーリを見ても、顔立ち、姿、声も含めて、いわゆる美人の部類に入るものだった。
その彼女が、見た目からは想像つかないほど、気さくで楽天的なところを普通に持ち合わせていて意外に思えた。
あいまいな時間
「そう、直感。私は、ここで一度、
でも、ほとりだけよ。ここに時期はずれで、やってきた人は」
「時期はずれ?」
ほとりが聞き返すと、軽く頷いたユーリ。
「新しい蝶人がセリカ・ガルテンにやってくる日がある。
ここでの一年の基準をその日にしているんだけど、ほとりは、その日と関係なくやってきたの」
「どのくらいずれているんですか?」
「
会長さんは、予言の子で統一しようとしてるみたいだけど」
「三月……」
ほとりはつぶやいて、なんとなく部屋を見回した。
「ここには、ないよ。カレンダーとか時計が」
ユーリに言われて、もう一度よく部屋を見回した。言われたとおり、時間を測るものはなかった。
「月を基準にして唯一月日を測ってるけど、元の世界ほど正確ではないし、本当の時間は体感まかせよ、ここは。
元の世界でもあったでしょ。一日が長く感じる日もあれば、短い時もあったり。そんな感じ。
だから、あいまいなこの世界では、直感が問われてくるから。たぶん、まだわからないとは思うけど、いずれわかるから」
ほとりは、なんとなく頷いておいた。
スカーフの色
「へー、もうほとりは、
立ちっぱなしのほとりは、ユーリに制服姿を見つめられて言われた。
「清水……級?」
「スカーフの色」
胸元を見てみると、制服を着た時は緑色だったスカーフの色がいつのまにか水色に変わっていた。
「どうして色が。さっきは……」
ほとりは、ユーリのスカーフを見た。
白色で、制服の白とはまた違った発色の白だった。
「私は、順風級。級によって、スカーフの色が変わる。
生徒会に所属すると、水色、清水級と呼ばれて、普通の生徒とは別格になるみたい。
私は、あまり区別とかしないけどね。そういえば」
ユーリは、そういって立ち上がった。
「ほとりの羽、もう一度見せてよ。一瞬だったけど、キラキラしてきれいに見えたんだよね」
「私、羽の出し方がわからなくて。空から落ちてる間はあったんだけど、いつの間にかなくなっちゃってて」
「それじゃぁ、出し方を教えてあげるよ」
と、ユーリが目の前までやってくる。近くで見ても、友理そっくりだった。
ユーリは、ほとりにすっと手を伸ばす。
その時、突然、鐘の音が一つ二つ鳴った。
「順風級のユーリ。至急、生徒会室まで来るように」
副会長のツバメが、もう一度同じことを言って、ぷつりとスピーカーから放送が切れた。
「なんて情報が回るのが早い。あいつが、チクったな。私だって、言いたいことがたくさんあるわよっ」
ユーリは、ひとつため息をして、止めた手を下げた。そして、部屋の出入り口に向かっていく。
「羽の出し方は、またあとで教えてあげる。ちょっと行ってくる。
あの人、いちいち人に厳しいから」
長くてきれいな髪をなびかせてユーリは、部屋を出て行った。
部屋は、いっきに静かになった。
ほとりは、一瞬で過ぎ去った時間に置いて行かれたかのように、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
ユーリはいったいどうやって羽を出させようとしていたのか、ほとりは気になった。
ふと、窓の外を見ると、風に揺れる木々に覆われた裏山に、洞窟の入り口があるのに気づいた。
1-9.ケイトの誘い
更新のお知らせを受けとる
SNSをフォローしていただくと、小説の更新情報を受けとることができます。