2-12.三人で帰還 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ララとともにサーカス小屋を飛び出たほとりは、ユーリとともにゲートを目指す。
川の上で待っていた本当の島主である老年の
そして、三人はセリカ・ガルテンに戻っていった。
初めての外
ほとりとララがテント小屋から飛び出た直後、小屋の中からざわめく声がいっせいに上がった。
「作戦、成功!」
ユーリがほとりの隣まで飛び上がってくると、ナイフを見せてきた。
「ユーリ、ありがとう。って、それ、ミクロスさんの。返さないと」
「今から、戻れるわけないでしょ。きっとサーカス団の関係者が追ってくる。すぐに学園に戻るよ。新米ちゃん、私について来て」
「ララ、大丈夫。私の友達」
ララは、軽く頷いて、ユーリについていく。
サーカス小屋を出るのが初めだったララは、分厚く暗い雲の下に広がる夜の町をキョロキョロと見ていた。
「外が、どこまでも続いている」
ララは、目を輝かせる勢いだった。
「そうだよ。明るくなったら、もっと遠くまで、もっと広いことがわかるから」
「外は、広いんだ」
川へ向かって行くと、工場の煙突から上がった煙が流れてきた。
けっして空気はよくないこの空だったが、ララが羽を伸ばして、気持ち良さそうに飛んでいる姿を見て、安心した。
――狭いサーカス小屋から、連れ出してよかった。
見覚えのある川べりが近づいてきた。大きな排水管の中に、セリカ・ガルテンへのゲートがある。
急に前を行くユーリが止まった。ララも止まる。
目の前に、老年の蝶人がいた。
バックウェーブ島の島主
「予言の子は、あんたかい」
と、言った老年の蝶人の羽は、かなり傷んでいて、宙に浮いているのがやっとだった。
「私じゃない。この子」
ユーリが横に移動して、背後にいたほとりを差すと、老年の蝶人が眉をひそめた。
「まさか、飛べないのかい? 羽があるのに?」
「は、はい……」
ララの手を握っているほとりは、まるで捕らえられたかのような姿に、惨めさを感じた。
「本当に予言の子なのかい?」
「そう言われているだけで、私にはそういった感覚はなくて……」
「ほとりだけ、一人遅れて、セリカ・ガルテンにやってきました。私は目の前で見てるから、そうだと思います」
ユーリが言った。
「遅れてか。新しい島の誕生とともに、予言の子が一人でやってくる、とは聞いていたが、本当だったようだね」
老年の蝶人は、息をゆっくり吐いて、わずかに頷いていた。
「あなたは?」
「あぁ、私は、フィロメーナ・バックウェーブ。この島の島主」
「あなたが。でも、床に伏しているって?」
「ミクロスから予言の子の話を聞いて、ひと目拝もうと待っていた。
ほんとうに水工場を抜けだし、サーカス団から蝶人を連れ出してくるとは思わなかった」
「フィロメーナさん。本当にここが、あなたの目指していた理想水郷だったんですか?」
ほとりは、表情をやわらげたフィロメーナに、真意を問わないわけにはいかなかった。
「最初は違ったよ。だが、理想がなかなか実現できず、ただの空想にすぎないと思われると、私の力は弱まり、私は島主の名前だけ残して、お払い箱になった」
「でも、どのシュメッターもウトピアクアを作る使命があるはず」
「どのシュメッターも、まったく同じウトピアクアを目指しているわけではない。理想は千差万別。
私の名前を使った後継のシュメッターが、島の実権を握っている」
「あなたは、もう何もできないんですか?」
ほとりが聞いた。
「人が増えすぎて、もう後戻りはできない。リセットボタンでもあればと思うが、それもピラミッド島の二の前になるさ」
――ピラミッド島。そういえば、ケイトさんが言っていた。
蝶静水
「一つ、いいですか?」
ユーリが言った。フィロメーナは、頷いた。
「ここがウトピアクアなら、住人は全員、蝶人のはず。なぜ、羽のある者が、この子しかいないんですか?」
ユーリがララを指差して聞いた。それは、ほとりも疑問に思っていたことだった。
「サーカス団関係者の上層部、その子以外は、生まれてすぐに
「蝶静水……そんなものが。この島の人たちは、自分が蝶人だって知らないんですか?」
目を丸くしたユーリと目があったほとりが聞いた。
「残念ながら、知らない。ただの人だと思っている。全員が蝶人だと都合が悪いんだ。この理想水郷ではね」
「そんなこと……」
「予言の子よ。名前は?」
フィロメーナが聞いた。
「浅葱ほとりです」
「浅葱ほとり。ウトピアクアを作りたい気持ちはあるかい?」
「あります」
ほとりは、即答した。
「そうかい。予言の子の力なら理想水郷が作れるだろう」
フィロメーナは、ほとりから視線を上げてララを見つめた。
「それと、マルコといったかな。辛い思いをさせて悪かったね。外の世界に驚くこともあるかもしれないが、自分を大切にね」
ララは、何も返答しなかったが、ほとりの手を強く握ってきた。ほとりも強く握り返した。
「止めてしまって悪かった。早く行った方がいい。サーカス団の者たちが追ってくるだろう。
あと、ゲートはすぐに見つかることはないだろうが、場所を変えておいた方がいい」
フィロメーナは、前方を空けた。
ユーリが進むと、ララも後を追った。
帰還
大きな排水管のある川辺まで降りると、鼻をつく臭いが強くなる。ララも鼻を押さえ、顔をゆがめた。
ほとりはその顔を見て、ララ本来の一面に触れることができたように思えた。
羽のないララは、小さかった。ほとりは、自分よりも幼い子が人前にさらされていたことを思うと、胸が締めつけられた。
排水管の中は、真っ暗だったが、ずっと奥に円い光が見えた。
ほとりは、ひらひらの衣装をララにつかまれた。
「こわいよ……」
「大丈夫。私がついているから」
ほとりは、ララの手を握ってあげた。
前を歩くユーリが、顔をほとりに向けると、笑顔を見せた。
「かわいい妹ができたって感じだね、ほとり。お揃いの服も着ちゃって」
ユーリに言われたほとりは、自分を見下ろすと、妖精の衣装姿であることを再認識する。
「え、待って。このまま戻るのは恥ずかしいよ、ユーリ」
「知ーらない」
ユーリは、光り揺らぐゲートをさっさとくぐって行ってしまった。
目の前でユーリが消えたことに、ララは驚き、ほとりに身を寄せた。
「大丈夫。痛くないし、消えないから」
ララの肩を抱くようにしてほとりは、ララと一緒に、光りのカーテンの中へ進んだ。
ゲートをくぐると、そこは空気が澄んでいた。
2-13.歓迎