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2-11.蝶人の説得 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]

2019 10/06
2-11.蝶人の説得 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
前書き

ほとりの羽は、羽ばたかなかった。しかし、ほとりを水のように包み込んで、無傷でステージに着地した。

そして、ほとりはマルコをサーカス団から連れ出すために、ふたたび説得を試みる。

目次

はばたかない羽

 ほとりの飛び降りに息を飲んだ観客は、羽が生えると唸り声を上げた。

 広がった透明の羽は光を浴びて、七色にきらめいていて、落下のあおりを受けて光の粒子が飛び散っていく。

 ――お願い、飛んで。動いて。

 しかし、ほとりがいくら心の中で念じても、羽は蝶のように羽ばたいてはくれなかった。

 目を開ければ、狭く映っていたステージの床が、どんどん広がって迫ってきていた。

 ほとりは、なりふり構わず、手を鳥の羽のようにばたつかせたが、つむことができない空気が指の間を通り過ぎていく。

 ――もうダメ。ぶつかる。

 ほとりは、とっさに腕で顔を覆った。

ほとりを守る羽

 静寂に包まれた。

 衝撃を感じなかった。痛みもない。

 手足の指先まで、しっかり感覚もあった。

 ほとりは、顔を覆った腕を降ろした。

 水中からキラキラ光る水面をみているようだった。

 体を包み込んでいたのは、ほとりの透明な羽だった。

 ――羽が私を守ってくれた?

 辺りを見回すと、水面の波がピタッと止まり、一点の曇りのないレンズのように視界が澄みわたる。

 観客の視線がステージにはなく、目を泳がせ、宙を漂わせていた。スポットライトも照らす対象を探していた。

 空中にまかれた光の粒子が、雪のように舞い落ちてきていた。

 ほとりは右腕を広げると、ほとりを包んでいた羽が背後へと広がった。この時、背中で羽が動く感覚を初めて感じとった。

 左腕も広げると、もう片羽も広がった。

 ステージに立つほとりに気づいた観客らが、歓声と拍手をいっせいに上げた。

 何もせず落下しただけのほとりは、困惑していた。

マルコへの説得

 もう一つスポットライトが生まれ、宙を舞うララを照らしていた。マルコは、何度か周回してほとりの元へとやってきた。

 空中からほとりを見下げるマルコは、瞬きをする。

「消えた。いつの間に、下に降りてきたの?」

 マルコが目を丸くして聞いてきた。

「消える? 私が?」

 マルコは頷いた。

 ほとりは、羽に包まれたことで衝撃から守られ、外からは見えなくなっていた。

 まだ飛べるかはわからなかったが、羽を動かすことはできるようになった。新しい自分を手に入れた気持ちになった。

「ねぇ」

 気を取り直したほとりは、片手をマルコに差し出した。

 マルコは驚いて後ろへ下がってしまった。けれど、視線はほとりから逸らされていない。

「ミクロスさんから私の話を聞いていると思う……あなたの力を貸してほしいの。私と一緒に来てほしい」

 マルコの目が変わらず泳いでいる。

 ほとりは、これではマルコを説得などできないと思えた。拳を握った。

本当の名前とほとりの本音

「もっと広い空を、その大きな羽で飛んでみたくない? あなたならもっと高く自由に飛べる」

 マルコの羽は、ほとりの羽よりも大きかった。

「高く、自由に?」

「そう。天井のないどこまでも続く空を、自分の意思で飛んでみたくない?」

「え、あ、でも……」

 マルコは、宙吊りにされた通路にいたミクロスをチラッと見た。

 止まりかけているステージに、観客も普段の演目と違って困惑していた。

「マルコさん。いえ、あなたにも本当の名前があるでしょ?」

 ほとりの言葉に、マルコはハッとして表情を固めた。

「仮の名前で、この狭い空間を一生飛び続けたい?

 それとも自分の本当の名前で、もっと広い空を自由に飛んでみたくない?」

「本当の名前で、空を……」

「そう。あなたの本当の名前は?」

 ほとりは、一歩マルコに近づいた。

「私の名前は……マ……マル――」

「私の名前は、ほとり。あなたと同じ蝶の羽を生やした妖精。

 私は、ここよりもずっといいウトピアクアを作りたい。そのために力を貸して欲しい」

 ほとりは、一瞬、嘘を言ってしまったと思った。これは、明日架の目的。

 しかし、自分の目で見た理想とは思えない理想水郷に、ほとりは自分の理想水郷を作りたくなっていた。

「でも、私は羽があっても飛ぶことができない。

 半人前というか、もう人でもないけど、あなたみたいに立派な妖精として飛ぶことができない。

 ねぇ、私に飛び方を教えてくれない?」

 ほとりは、真剣なまなざしで、もう一度、マルコに手を差し出した。

 マルコは、頭上を見上げ、ミクロスの様子を伺った。

 二人の間に言葉はなかった。

 やがて、ララは、戸惑いながらもほとりに近づいていく。

「私の本当の名前は、ララ・クランシー」

 ほとりは、手を握られ、その小さな震える手を強く握り返した。

ララと飛ぶ

 ララが羽を一度羽ばたかすと、ほとりの足が床から離れ、ほとりは、うわっ、と言ってララの手を両手で握り返した。

「本当に飛べないの?」

「えぇ、本当に。ありがとう。ララ」

 宙に浮く二人の少女蝶々に、歓声が上がった。

 二人は、宙吊りの通路に立つミクロスの高さまで上昇した。

「逃しはせんぞ、マルコ」

 ミクロスは、鋭い目つきで、腰につけていたナイフを抜き、二人を見定めて構える。

「え、ミクロスさん? ちょっと話しが違う」

 サッと、ララが大きく羽ばたくと、さらに上昇する。

 ミクロスは、二人に向かってナイフを投げつけた。ナイフは、ほとりから少し離れたところを通過して、テントの屋根を突き破った。

 ふたたびミクロス見ると、目元に涙を浮かばせていた。

 テントの屋根が外側から、さっきのナイフで引き裂かれていく。めくれて、雲る夜の空とともに、ユーリが顔を出した。

「ほとり!」

「ユーリ」

「二人とも、早く」

 しかし、ララもそこから動かず、ほとりの顔に水滴が落ちてきた。

「ララ?」

 ララは、ほとりの手をぐっと握りしめて、天井付近を回る。

 蝶人の羽から舞い散る光の粉は、ステージから見上げるフリークたちに降り注いだ。

 それは、ステージを締めくくる紙吹雪のようだった。

 ララは、一周回ると、ユーリのあけた穴から飛び出て行った。

Web連載小説「理想水郷ウトピアクアの蝶」第2章 バックウェーブ・サーカス団の蝶々 12.三人で帰還

2-12.三人で帰還

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