3-7.消える火 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]

Web連載小説「理想水郷ウトピアクアの蝶」第3章 ピラミッド島の腐死蝶 7.消える火

食事は、固形物に水を一滴垂らすと、瞬時にパンのようなものに変わった。栄養の塊がお腹に溜まるだけの物。

夜は、腐死蝶デフトが活発化する。翌日、昼になっても腐死蝶の活動はおさまらず、ほとりたちは外に出れない日が続き、ついにピラミッド内部の火が消える。

生きるための食事

 ミズホは、二往復して汚染水を汲んできた。日が傾くにつれて、腐死蝶の活動は活発になり、ミズホも追い回され、肩で息をするように帰ってきた。

 汚染水は、下層にある汚染水処理機構につながるパイプに流された。汚染水施設と地下でつながっていたパイプは、ミズホが行なったインボルクの浄火の影響を受けて、破断されていた。

 仕事を終えたミズホが戻ってきて、夕食になった。

 マノンがほとりの前に、四角く黄色い固形物が乗った皿を置いた。

 たった一口で、食べきれてしまうほどの小ささで、二人は普段からこんな貧素な食事しかできていなのかと、ほとりは静かにそれを見つめていた。

「ほとりさん、このままでは硬くて食べられません。このまま食べませんから」

 マノンが抑揚なく言った。

 二度まばたきをしたほとり。

「これに水を一滴、垂らすんだ」

 ミズホが言うと、マノンが水の入った瓶を傾け、ほとりの固形物に水をひと雫落とした。水が瞬時に固形物にしみていき、バンと破裂した。

 皿の上には、何倍にも膨らんだパンのようなものに変化し、湯気を上げていた。

「見たとおりパンに近い食べ物だよ。非常食用に開発されていたもので、栄養はこれ一つで十分なんだ」

 目を丸くしているほとりに、ミズホが言いながら、自分のそれを小さく裂いて、食べ始めた。

 ほとりも真似るようにして、数秒前まで固形物だったものを口にした。食感は、やわらかいパンそのものだった。

「味がないんですね」

 それが率直な感想だった。

「昔は、味付けするアンプルもあったんだけど、生産機は壊れていて、もう作ってはいない」

 ミズホが申し訳なさそうに言った。

 ピラミッド島で生きるために、栄養の塊をただ食べているという感じだった。食事を楽しむのとは別次元だった。

夜のピラミッド島

 味のない食事を終えると、お腹はいっぱいになったがただ重く、満足感はあまりなかった。

「どうしてもここを離れることはできませんか?」

 ほとりは切り出した。

 ミズホとマノンが一瞬、目を合わせて、マノンが口を開きかけると、ミズホが手で制した。

「食事のあとで悪いが、今の外はこんな状況なんだよ」

 ミズホは、手の甲で壁を叩いた。壁が透明になる。月明かりで思っていたより明るく、夜の砂漠は、夜空色に染まっていた。

 デフトは夜に活発に活動する。そう聞いていたほとりだったが、言葉が出なかった。

 蝶人てふとといえば、聞こえはいいかもしれない。しかし、ぼろぼろの羽を生やした腐乱した人々が、大群で宙をさまようように飛んでいた。まるで天国を探しているかのように。

 月光に浮かび上がるデフトが、ピラミッドに勢いよく近づいて来て、ほとりは怖れを感じ、身をこわばらせた。しかし、デフトは、ピラミッドに接触してくることはない。

「これがピラミッド島の現状。これほどの人々がまだ、まともに生きることも、死ぬこともできずにいる。

 私は最後まで、ここにいるつもりだよ。私に帰る場所はないから」

「私もここから離れるつもりはありません。勝手に私をここへ送り込んでおいて、いまさら、戻れと言われても、虫のいい話」

 マノンの怒りが込められた言葉だった。

「ミズホさんの妹さんを悪くいうつもりはありませんが、生徒会は、私情と権力を混同させて行使するのはいかがなものかと、私は思います。

 いまさら集団活動する気はなく、デフトがいるとはいえ、ここは静かでいい」

 マノンの言い分の一端が少しわかったほとりは、勝手に生徒会の所属とされ、予言の子として特別扱いを受ける自分の胸が苦しくなった。

 ミズホを世話するためにただ選ばれたマノンの首元には、スカーフがなかった。セリカ・ガルテンに戻る意志がないことが、はっきりわかった。

活発な黒い蝶人

 ほとりは、階下の部屋で寝るよう連れられて来た。

 床にほとんど厚みのない布を引いた。直に寝そべるよりは良かった。

 横になったほとりは、壁から揺らぎのぼる炎を見つめ、天井上で横になっている二人を思った。

 二人はこんな硬い床に毎晩寝て、デフトしかいない乾いた島で、日々、同じことを繰り返し、生きている。元の世界はおろか、セリカ・ガルテンにすら、戻る気はない。

 なぜ、理想水郷を目指しているのに、逆に向かってしまっているのか。気持ちは、きっと同じはずなのに……。

 もし、この島からデフトがいなくなって、汚染水も止められたら、ここでまた理想水郷を目指してくれるのだろうか。

 デフトをいなくさせる方法は、何かないのだろうか。水に弱いことはわかっているが、この島では、水は貴重で、すべてのデフトを倒す量は、オアシスの水だけで足りるのかわからない。

 それに汚染水を止める方法も、今日来たばかりのほとりには、わかる術はなかった。

 思考を巡らせていたほとりは、しばらく眠りにつけなかった。

 時計は当然なく、日の光もピラミッドの中では感じることはできない。壁を叩けば、外の様子がわかるが、大群のデフトを目にしたくはなかった。

「――さん。ほとりさん、起きてください」

 マノンの声で、目を覚ましたほとり。

 いつの間にか眠ってしまっていたのだと気づいた。

 一つ上の部屋に向かうと、深刻そうな表情をしたミズホがいた。その理由はすぐにわかった。

 すでに、壁は透明になっていて、強い朝日が差し込んでいた。そして、太陽が出ているにもかかわらず、デフトの大群が飛び回っていたのだ。

「夜ほどの数ではないけど、昼間にしては異常な数のデフトだよ。こんなの、初めてだ。

 デフトの活動がおさまらないと、ほとりを帰すことはできない。これでは、私たちも単独で外に出ることもできない」

「わかりました。でも、この原因はいったい……」

 ほとりが聞いた。

「わからない。ほとりがここへ来たことによる一過性の興奮なのか、別の要因があるのか……。

 少し様子を見てみるしかない」

 ミズホは、外を見つめたまま、黙ってしまった。

 ほとりは、さらに二日間、ピラミッドの中に留まることになった。その間、ミズホとマノンも外に出ることができなかった。

 汚染水を補充できなかったため、三日目の朝には、ピラミッド内部の火は消えてしまっていた。

「デフトたちが、汚染水施設に向かってる」

 外を眺めていたミズホが気づき、自分も汚染水の施設に行くと言い出した。

 当然、マノンがそれを止める。

 ピラミッドから見える遠くにある汚染水施設。何かに気づいたデフトから順に、向かい始めていた。空に黒い線を引くように。

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この記事を書いた人

水島 一輝

水島 一輝

小説家・ブロガー・Webデザイナー・オンラインショップ運営経験/5年半、毎日1つ一文で完結する一文物語を書き、2013作品、2018年末終了/中学生時代から物語を書いて暮らす夢を、実現すべく作家活動に力をそそぎ、ファンタジー小説を当サイトで連載中!

Web小説連載中!

「理想水郷 ウトピアクアの蝶」
異世界に迷い込み、妖精の力を宿した少女のほとり。新しい理想水郷の島作りを目指し、様々な理想水郷を冒険をしていく長編ファンタジー小説!

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