3-8.大腐死蝶 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ほとりは、ミズホとマノンを説得し、一緒に汚染水施設へ向かう。襲ってくるデフトを水の羽でデフトを撃退していくほとり。自分の羽の使い方を考えていた。
デフトが群がる汚染水施設から溢れた黒い液体が、デフトを飲み込み、大腐死蝶を生む。
理解
ピラミッドの中から出られなくなって三日目の朝、目が覚めると真っ暗だった。
火が消えてしまっていた。
汚染水がなくなり、油を抽出できなくなっていた。
水のストックはまだあったが、水機構に使用する分に使っていけば、飲み水は次第になくなっていく。数日の余裕はあったが、なくなるまでに、オアシスに水を汲みに行かなければならなかった。
ミズホは、朝日が差し込む透明な壁の向こうを注視していた。
「この状況の中、一人では行かせられません。私も行きます」
マノンが水の入った瓶を両手に持って、ミズホに力強く言った。ミズホをデフトから水で守ろうということがわかった。
そのマノンを見たほとりは、今のピラミッド島が過去にないほど異常な状況だと、手に取るように伝わってきた。
「私も連れて行ってください」
ほとりは強く言葉にした。
ほとりを見たミズホとマノンの動きが一瞬、止まる。
「ほとり。飛べない君を連れてはいけない。ここにいた方が安全だ。
確認したらすぐに帰ってくる。マノンがついて来てくれるから」
マノンは、頷いた。
「私は、この島の現実を自分の目で見たいんです。
ただ、シュメッターを連れて帰るだけで、理想水郷が作れるなんて思えず、すべてを見たいんです」
ほとりの語気は強かった。
「この島のことは話したし、わざわざ危険を犯す必要はない」
「ミズホさんの言うとおりです。悪いですが、この島で、いいえ、この世界で飛べないのであれば、何もできません」
マノンの言葉は冷たかった。
「確かに飛ぶことはできません。でも、何もできないわけではありません」
ほとりは、マノンから視線を逸らさなかった。
ほとりの武器
ほとりはマノンに抱えられて飛んだ。
前方斜め下を飛ぶミズホについていく。
ほとりの背中に、今のところ飛ぶことに役にはたっていない羽が広がっていた。
ほとりを抱えるマノンの腕は、水につかっているかのように、ほとりの羽を貫いていた。
マノンは最初こそ、気持ち悪がっていたが、すぐにほとりの羽のことに反応しなくなった。
汚染水施設へ続くデフトの連なりのさらに上空を飛ぶほとりたちに気づいたデフトが襲ってくる。
ミズホは、ぎりぎりでそれをかわす。
マノンは、ほとりを抱えているため、素早い移動が難しい。
しかし、ほとりが右手を振り降ろすと、ほとりの透明な羽がデフトをハエ叩きのごとく、叩き落とした。
落下していくデフトからは、水蒸気のような白い煙が上がっていた。
次々とデフトがやってくるが、ほとりはデフトをはたき落としていく。
そして、戦闘機の機関銃のようにほとりの羽から水弾が放たれ、デフトを撃つ。
ミズホを後方から援護した。
ほとりの羽の中に、水の入った瓶があり、羽を振ることで、瓶から水を放たれる。
ほとりは、ピラミッドから出られなかった期間、特にミズホとマノンが寝ている間、自分の羽の使い方を一人考えていた。
飛ぶことはできない羽だが、二度ほとりの身を守ってくれた水の羽。バックウェーブ島のサーカスショーで、ステージに落下した時、衝撃を吸収してくれた。
二度目は、このピラミッド島に来た日、デフトからミズホをかばった時、羽に包まれ、デフトが水の羽に触れると、慌てて逃げて行った。
ほとりは、デフトに対して自分の羽が武器になると考えた。そして、羽と体の神経の一体化が進んでいることにも気づいた。より細かい動作や羽全体に及ぶ感覚もあった。
水の羽で、物理的に物を持ったり、水に沈めるようにして運べることもわかってきていた。
大腐死蝶
汚染水施設が近づくにつれて、施設を包み込む黒い塊が大きく見えてくる。
上空から見下げる。
そこは、デフトが次々と塊の上に重なっていくからでもあった。
「どんどん大きくなっていく。これって……」
ほとりが言った。
「汲みに来れなかったから、汚染水が溢れ出しているんだ。デフトがそれをいっせいにかぎつけ、集まってきている」
ミズホの声は、少し震えていた。
小さな虫がうじゃうじゃと止まることを知らずに群れ、団子のように丸々と、焼かれている餅のようにふくれる。
言葉にならないデフトたちの不気味な声が、その塊の中で呼応し合っている。
黒い塊に続くデフトの連なりはずっと続いていて、遠くへ細く伸びていた。
「このままにしておくんですか?」
ほとりがマノンにそっと聞いた。
マノンは表情を変えることはなかったが、黒い塊を凝視したままだった。ミズホも無言のまま、何もできないと背中で語るように、動かない。
ほとりは、水を放てば少しはデフトが散るのではないかと思ったが、いっきにデフトが襲いかかってきたら、逃げきれるかわからず、何もできない。
しばらく様子を見ていると、塊になったデフトたちがいっせいに声をそろえて叫び上げる。
島全土に行き渡るように、まるで歓喜の声にすら聞こえた。
群れたデフトの間から黒い液体が溢れ、デフトを飲み込んで行く。
そこから逃げるデフトもいたが、体が黒水の中に溶けていってしまった。
そして、液体は粘りを増し、みるみる膨らんでいく。
徐々にそれは上へと伸びていき、羽の生えた巨大な黒い芋虫のようだった。ピラミッドと同じ大きさか、それ以上だ。
まだ動きは鈍く、辺りが見えているのかどうかもわからず、ゆっくりと体をうねらせていた。
「デ、デフトが合体した……」
開いた口がふさがらないほとり。
「いえ、融合……」
マノンがボソッと言った。
ミズホは、デフトを取り込んで大きくなっていくそれから身を引いていく。
「
3-9.島を救う光