5-4.森での生き方 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
ほとりとシリカは、クォーツを小屋に残して、出発した。
しかし、移動中、蔓に襲われる。敵を排除しようと周りの木々が連携する。
森を抜けると、積み上げられた岩で川が曲がり、森は削られていた。
濃い森
ほとりとシリカは、クォーツを小屋に残して、出発した。
コルコポにクォーツの面倒を見させるのは少々不安だったが、自分一人で大樹王に行くには、やはり時間がかかりすぎる。
ほとりを抱えたシリカは、大きな木々を避けるように、森の見えない航路を進む。
もし、シリカが一緒に行かなくても、ほとりは一人で行くつもりではあった。
歩くよりも断然早く森の中を移動していた。しかし、シリカは、いっこうに木の上に出ようとしなかった。
「木の上に出ないんですか?」
ほとりが聞いた。障害物をいちいち避けるよりその方が楽なはずだと思ったからだ。
すぐに返事はなかった。人一人抱えて飛び、木を避けなければならないシリカにとって、相当集中力が必要だった。
「ん、それは許されない。木への光を遮ってはならない」
「でも、一本の木に対して、一瞬じゃぁ……」
「その一瞬でも。ここは、森が絶対。刃向かえば、ここを簡単に追い出される。森の上は、雲と雨と風と光だけし許されない。私は自然に従う」
シリカが言い終えると、ほとりは、鼻をかすかに突く匂いを感じた。次第にそれは濃くなっていく。
「警報ガスか」
シリカが進もうとしている進路に、バサッと、数々の蔓が伸び落ちて来た。
シリカはそれを予見していたようで、蔓のない方向に進路を変える。
しかし、その先で、またすぐ新しい蔓が襲ってくる。
「ど、どうして」
「ここは、私が居ていい場所ではない。侵入者を追い出そうとしている」
「また説得すれば」
葉がガサガサとざわめき、蔓が伸びてくる。
「森が濃くなってる。いちいち説得してられない。遠回りするしかない」
突然、右へ大きく曲がり、ほとりの体が外へ振られた。
静かな森
シリカが、少し休憩と言って、またげるくらいの幅の水が流れる場所に降りた。
仮面をとったシリカの額から汗が流れ落ちた。シリカは、膝をつき、ちろちろと流れる水を見下ろして目をつむる。
ほんのわずか、体を制止させ、祈りを捧げているようだった。そして、やさしく水をすくい上げ顔を洗った。
ほとりは、思いっきり息を吸った。緑の香りが心地よかった。
「さっきの匂い、私たちを追い払うための匂いだったんですね」
「人にとっては、きつい匂いだからな。でも、あれは一帯の木々に警報を知らせるガスだ。
それを感知した木は、さらにガスを発生させ、敵を追い払うために、蔓を伸ばしてくる」
「木がそんなことを?」
「木の防衛策。木は、何も言っていないようで、メッセージを発している。人間が、それに気づいていないだけだ」
「そうだったんですね。でも、ここはとても静かなところ」
辺りを見回すと、木と木の間の間隔が空いていて、ところどころ、空から陽の柱が降りていて、適度な開放感があった。
「ところで、なんで仮面を?」
ほとりが聞いた。
シリカは仮面をつけて、ほとりを見る。
「なめられたくないから」
ほとりは、誰に、と心の内でつぶやいた。しかし、仮面をつけ、羽を広げて飛ぶ姿は、まるで森の精だった。森と一体化する意志の表れのようにも感じた。
シリカは、地面を見ながら辺りを歩く。そして、落ちていた細い蔓を拾った。
「ほとり、その服のひらひらをこれで止めて。飛んでいる時、バランスが取りにくい」
「あ、うん」
天女のように広がる羽織を広がらないように、蔓で自分の体に巻き付けた。
そして、またほとりはシリカに抱えられ、飛んだ。
生かされる木
ポツポツと雨が降ってきた。
頭上では、雨が葉にぶつかる音がしていた。木が傘のかわりになっているのが、十分に感じられた。
それでも雨粒は落ちてきて、ほとりの顔にぶつかりる。
シリカが仮面をつけている意味もわかった。
それから二度ほど休憩を入れてた。雨は止まない。それどころか強くなっていた。
服は濡れるも、体の中をすり抜けていくかのように、地面に落ちていく。しかし、降り続ける雨で、服が乾くことはなかった。
森の先が明るくなっていくのと同時に、ゴーという音が次第に大きくなっていく。
日が出ているわけではなく、暗い森が終わろうとしていた。
森を抜けると、勢いよく流れる大きな川が現れた。茶色く濁って、ガラガラと石が流されているのも見てとれた。
雨の音なのか、川の音なのかわからない。
向こう岸は、高く大きな岩が積み上げられ、川が大きく曲がっていた。自然にできたカーブではない。明らかに誰かの手によって作られている。
森の地面は崩れて土が向きだしで、あきらかに削られてしまっている。
「なんであそこだけ……」
ほとりの視界に、不自然なものが光景が入ってきた。川に浸食されていく森の際に、三本の枯れかかっている木が立っていたのだ。
土が崩れれば、川にながされてしまう位置にあるもに関わらず、それは平然と立っていた。
「ある種、森の壁」
「壁?」
「あの木が、川の浸食から森を守っている。根が土をしっかりつかまえているから。
背後の森の木々たちが、根を介して、あの三本を生かすために栄養を送り、これ以上、川に攻められないようにしている」
雨の音にかき消されないように、ほとりは必死に聞いた。
――木が、他の木を守る。そんなことって。
その時、川向こうで、積み上げられた岩の上から、大きな岩が一つ転がり落ちた。
しぶきを上げ、川に大きなゆがみを作る。押し出される水の流れ。
岩を崩し落としたところから、茶色くゴツゴツとしたいびつな人型ロボットのようなゴーレムがこちらを見ていた。
5-5.大樹王