5-5.大樹王 [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
シリカの祈りに、老木の大樹王から良い返事はなかった。そこにゴーレムが一体現れ、空から辺りを見ろと言う。
ほとりたちは上空から見下ろすと、二手に分かれた川に挟まれた中洲に、大樹王が孤立していることがわかった。
ゴーレムの集落
ほとりは、川向こうにいるゴーレムと目があったように思えた。
しかし、雨のカーテンでそれは定かではなかった。
シリカは、ほとりを抱えたまま、雨をはね除けるかのように羽を羽ばたかせて高く上がる。
ゴーレムがいる川岸は、川の流れを変えるための岩が広がり、木はなかった。その先にまばらに木が生え、他の木よりも背の高い木が一本だけ見えていた。
それは言われなくても大樹王だと、ほとりにはわかった。ほとんど葉はなく、大樹王の名にふさわしい老木だった。
「ほとり、ゴーレムたちのことは気にするな。私たちは用がない」
シリカは、その一番大きな木に向かいだした。
川を渡り、岩場が続く。そこは、ゴーレムの集落だった。とはいえ、石を山にして空けた穴で雨風をしのいでいた。
雨の下に出ているゴーレムは、川岸で見たゴーレムだけだった。
集落を通り過ぎ、ちょっとばかりの木々の森というには寂しい。その入り口でほとりは降ろされ、そこから二人は歩いて大樹王の元へ歩いた。
瀕死の大樹王
巨木の根元までやってきたほとりは、上を見上げた。
木のてっぺんは、ほとりの顔に打ちつける雨を降らす低い雲の中にあるよう見えた。
老木の溝だらけの肌を水が勢いよく流れ落ちていく。シリカは、そっと手の平を木肌につけた。
そして、目を閉じた。
雨が地面を打ちつける音が、大きく聞こえる。その中、ぬかるんだ地面を踏みつける低い音が近づいてくる。
「そんな――」
ほとりが振り返ったと同時に、シリカは声を上げた。
背後には、ゴーレムが一体いた。
見上げると、優に人の三倍はあった。川岸でみたゴーレムとは違って、色の黒いゴーレムだった。
コルコポを森から追い出したと聞いていたから、最初見た時は、恐怖を感じた。しかし、雨がゴーレムの土肌を流れ落ちいるせいか、とても悲しんでいるように見えた。
ゴーレムは少し間を空け、動きを止めた。土塊の拳を振り上げてくることはなかった。
「モウ、ソノキハ、カレカカッテイル」
ゴーレムは、野太い声で言ってきた。
「見たらわかるよ。大樹王は、もう森を統制する力がないって言ってる。あんたらがここをこんな風にしたせいで」
シリカは、茶色い水を跳ねかせて、ゴーレムに詰め寄った。
「ソレハ、チガウ。ムコウヲミレバワカル」
ゴーレムの太い腕が、大樹王の先を指した。
ほとりは、大樹王の横から奥を見た。ただの茂みが広がっている。
「ウエカラミロ」
「一体、何なんだ。大樹王は今はその力ができないって言うし」
シリカはほとりを抱えて、大樹王を真上から見下ろせるほどの高さまであがると飛び上がった。
「これは――」
体をつかむシリカの手にさらに力が加わったのが、ほとりにはわかった。
森の奥から流れてくる川は二手に分かれていた。
一つはほとりたちが越えて来た川。そして、もう一つは、大樹王の先に流れている。
「中洲になっている」
大樹王やゴーレムの集落一帯が、森の大地から切りはされてしまっていたのだ。
孤立する大樹王
「あんたたちは……」
ゴーレムの元にふたたび降りたシリカが言った。
「ダイジュオウヲ、マモロウト、シタ。アメガヤマナイ。カワノミズガ、フエテク」
ゴーレムに表情というものがなかったが、これ以上打つ手がないようと訴えているように、ほとりには見えた。
地形を自分たちの住みよい場所に作り変えていると思われたゴーレムは、大樹王を守るため、川の流れを変えようとしていた。
「大樹王は、川の外とつながりが絶たれてしまっている。それで、ゲートを開けようにも、森の木々が大樹王の声を聞けないでいるんだ。
雨が止んで、川の水が減って、木の根が地中で再びつながるのを待つしかない」
シリカは、上を見上げた。
「雨はいつ止みそう?」
ほとりが聞いた。
「さぁ、わからない」
「ズットフッテル。コノアタリダケ」
「あ、そういえば、雲はこの辺しか覆っていなかった。ここだけ、雨が降りやすい地域なの?」
「そんなことはない。晴れていることの方が多い。こんなに雨が降れば、川が増水しなくても、土が流されて、いずれは木は倒れてしまう」
シリカとほとりは足下を見た。降った雨水が、傾斜に従って流れていく。土や葉を運んでもいた。
「シリカが木々に頼んでも、やっぱりゲートを開けてはくれない?」
ほとりが聞くと、シリカは静かに頷いた。
「この島では、自然に従うのが摂理。人の勝手な願いをそう簡単には聞き入れはしない。ゲートが開けば、人がやってくる怖れもあるから」
ほとりは何も言えず、誰も言葉を発しなかった。ただただ、雨の打ちつける音だけが続いた。
「寒い」
ほとりは腕を自分の体に回し、体が震えていた。長く雨に当たりすぎていた。
「コッチニコイ」
ゴーレムは、大きな体を反転させ、来た道を戻っていく。
互いに視線を合わせたほとりとシリカは、頷いて、ゴーレムの後を追った。
5-6.ゴーレムを生んだ者