一文物語365 2015年1月集
一文物語
1
翌朝になってわかったことだが、響きがいまいち良くなかった除夜の鐘には、新しい発想を得るため万策尽きた現代アーティストが年越しで鐘の中で瞑想していたそうだ。
2
凍える寒さに温もりを得るために、暗闇の中で彼の顔を見たいから、恨みを晴らすために、彼女たちはそれぞれの思いをマッチに託して火をつけた。
3
彼は、はなすタイミングを間違え、彼女と生涯を共にはなしをして過ごすことになり、あの日、別れ際に無理矢理にでも手をはなしておくべきだったと、後悔の念をはなしていた。
4
物づくり教室で出会った彼と赤い糸とつながっていたと思っていた彼女は、その糸をノリでつなげ、ホッチキスで愛を重ね留めようとした。
5
この一年は何ごとも他力本願にせず自分でやろうとその意気込みを、買ってきてもらった半紙に、自分の毛を筆にしてしたためた。
6
彼は、もうずっと忘れたい人を忘れようとすればするほど、夢に出てきてしまい、さらにはインターネットで見かけ、終いに道端でその彼女と遭遇し、そんな人生は嫌だと、誰にも読まれない架空の自伝を書いて半生を過ごした。
7
そのキノコは、自分はまだつぼみだと思っているので、必死に傘をさらに花開こうと力んでいる。
8
誰もその流れ去る景色を見ることもなく、ただ億劫な入り口のある終着駅に向かう間、朝日を嫌うようにうつむき、一日を堪え忍ぶための薬を四角い板から脳に注入している。
9
知人から手紙が送られてきて、手で封を破ることができず、刃物で切ることもできず、燃やしても燃えない紙に、開けゴマと唱えると、すんなり封のノリは剥がれ、この手紙の開け方を教えてくれという内容だった。
10
羊飼いの女性は寒さをしのぐため、刈り込んだ羊の全身の毛を自分の全身に植え込んだ。
11
突如現れたドラゴンが街を破壊していることにうずうずしていたプラモデルたちが動きだし、世界中から集まって合体してドラゴンを倒したが、どうにも元に戻ることができず、記念像と化すしかなく、またただ見られる日々が続くことになった。
12
変装をして盗みを繰り返していた男は、変装姿で女に愛を告白され、逃げることができず、変装したまま生涯を終えることになった。
13
初めて人類が土星に到達して、宇宙船の窓から見た土星の輪っかは、ゴルフ場で明後日の方向に飛んでいった数多くのゴルフボールで、自分のがないかと探す人も出始めた。
14
ん、もう、そんなに強くしたら、いつもよりいっぱい、出ちゃうよ、と荒い力加減で握られて、歯磨き粉のチューブがもだえている。
15
死者の復活祭で、地上は生者で大いに盛り上がり、地中の骨たちもその祭りに参加しようと必死に土を掘って出ようとしているが、いつも間に合わない。
16
男は、比較的簡単に履いたり脱いだりできるオンナのような、それともすっぽり包み込んで長く履けるオンナのような、他のオンナの甘い汁を染み込ませない荒れた天気に強いオンナのような、靴屋で靴を眺めながら妄想している。
17
お腹が痛くなって、トイレでいつも神に許しを請う。
18
人としての生命倫理云々、生態系云々と言ってられないほど増えすぎた一種の鳥を一掃しなければならず、くじらに羽をつけていっぱい食べてもらう掃討作戦を決行することになった。
19
感受性のアンテナが強い彼女は、テレビから流れる異国の、悲しみの涙のように溢れ出る銃撃を見て、心をそれに打たれたように乱射銃の空薬莢のごとく涙をこぼしている。
20
電話をしている男性の会話の内容からパートナーと喧嘩をしている様子で、お互いの興奮は止まるところを知らず、電話向こうの怒りが頂天を超えた時、電話から相手の拳が飛び出てきて、男性はその一撃をくらって倒れてしまった。
21
覇権を握った男が、さらに未来でも覇権を維持するため、氷漬けになって百年後に目を覚まそうしていたが、その年は猛暑となり、男の氷はかき氷として売られていった。
22
人質をとった犯人の要求に答えるべく、それを届けに行くと、時間が経ちすぎていて二人は干からびていた。
23
背中がかゆいので、みてもらうと、背中の池で派手な鯉が泳いで、水面が波打っていると言う。
24
女がまぶたを何度かパチパチとすると、それを見た男たちは想いあやまってその場に倒れていったが、ただ女の目にゴミが入っただけなのだけれど。
25
愚痴だの、ひがみだの聞かされていた女性は、そんな声から耳を閉ざすと、天文学的な数の星々たちの息づかいが聞くことができるようになり、毎晩癒やされている。
26
雨の降った大地を乾かそうと、大地なる母が地面をひっぺ返して物干しにかけた。
27
少女は、海面に沈む小さな太陽に手を伸ばしてつまむと、熱いっ、と言って手を引っ込めた。
28
光の少ないその地域では、坊主が高台に立ち、頭に陽の光を受けて反射させ、隅々にまで届けている。
29
大人ぶってカフェに入った少女は、コーヒーを甘々にしてカップを斜めにして飲み干した時、カップの底からコーヒーの味わい方に文句をつけるような口が現れ、少女の唇は奪われてしまい、大人の苦さを知った。
30
お店から電池を盗んで警官に追いかけられているその人型ロボットは、その電池でバッテリーを充電しつつ、電線からも電気を盗んで逃走を繰り返していたが、ついに電車に引かれてしまった。
31
彼には本の内容を読み取る力があり、彼が読む本は、片っ端から文字だけが剥がしとられ、インクのところだけが虫食いのようになくなっており、内容がスッカスカである。
一文物語365の本
2015年1月の一文物語は、手製本「雪」に収録されています。