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4-3.地上と水と命と [小説 理想水郷ウトピアクアの蝶]
クリスタルの廃坑で、ほとりは地上の天気や環境の話をクォーツに伝えた。
興奮するクォーツから、
地上への好奇心
洞窟は、小さなクリスタルに覆われていたが、一部土がむき出しだった。
薄暗いが、何も見えないわけではなく、むしろ夜空に囲まれているようだった。
「廃坑なのに、まだクリスタルがあるの?」
ほとりが聞いた。
「また新しく生まれてきてるんだ。長い時間をかけて」
ほとりたちが進むたびに、クリスタルは頻繁に光を放つ。侵入者に驚いているのか、警告をしているのか、ほとりは少し怖かった。
「それにしても、私が来る時は、こんなに騒がないのに」
クォーツが微笑みながら、つぶやいた。
「私がいるから?」
「それもあるとは思うけど、そうでもなそう」
二人は、小さな泉に到着した。
「水だ」
ほとりが声を上げた。
岩の隙間からチロチロと水が流れ込み、溜まった水は、反対の岩の隙間に流れていく。
泉の底がクリスタルで覆われているせいか、流れる水から光を放っているように見えた。
「そりゃー、水くらいあるよ。水がないと生きていけないよ。でも、今は水不足。
でも、それを解消するための納天姫祭が行われるんだけど」
「その、さっき言ってた納天姫祭って――」
「ね、ほとり。そんなことより、地上の話を聞かせてよ」
クォーツがはち切れんばかりの笑顔で、ほとりの言葉を遮り、ほとりは手を引かれて泉の縁の石に腰かけた。
クォーツの見た目は自分よりも年上っぽいのに、とても子供っぽかった。落ち着いて清楚にすら見える彼女の中に、熱い好奇心の炎が目から漏れているようにすら見えた。
その熱に当てられたほとりは、クォーツの質問に、自分の記憶をさぐるように答えていった。
ただ、地上と言ってもセリカ・ガルテンではない断りを入れ、もともとほとりがいた世界のこと。それほど環境は変わらないだろうと思いながら、天気や空、海、森、砂漠、空気、雷のことを話した。
地上に戻れない
話が進めば進むほど、クォーツの頷きが強くなり、感嘆する度合いが深くなっていった。
「ほとりの住んでいた地上に行ってみたいなぁ」
クォーツは、足を伸ばして、天を仰ぐように低い天井を見上げた。まるでその言葉に反応するかのように、クリスタルが一瞬光る。
「どうしてそこまで地上に行きたいの?」
ほとりが聞くと、クォーツは視線を歩いてきた洞窟の道に向けた。それは、と言ってから少し間があって、続ける。
「もっと高いところを自由に飛びたい」
それを聞いてほとりは微笑んだ。今すぐにでも地上に戻って広い空を飛ばせてあげたいと思った。
「――ごめん、嘘」
クォーツが苦笑いした。
「えっ」
「本当は、納天姫祭から逃げたいだけ。納天姫祭は、蝶人の誰かがやらなければならない。
ミクトランの祈りを地上に届け、水を確保することも大切だから……」
神殿を出てすぐのところに、今はほとんど水がない貯水池がある。ミクトランの民の水。斜面を利用して家々に流れるようになっていると言う。
しかし、ほとりはそこまで細かく見ている余裕はなく、覚えていなかった。
「地上に行くことはできないの? 私が落ちてきた穴を上がっていけば」
クォーツは、左右に首を振った。
「あの穴は、クリスタルが棘のように鋭く下に伸びていて、昇ってはいけない。
どこまで続いているのか、わからないくらい長いし、クリスタルを壊しながら行くには、体力的に飛んでいられない。
噂だと、他に地上に続く道があるらしいけど、神官たちくらいにしか知られていないとか。地上の様子を知るために、使者を出しているらしいけど、本当のところはわからない」
――そんな。
ほとりは一点を見ていたが、視界はぼやけていた。もう地底から出ることができない現実をつきつけられた。
天姫の命
「ごめんね。すごい不安にさせちゃって。ほとりも地上に戻りたいもんね」
そう言われて、ほとりは自分がどんな顔をしていたのか思い直して、我に返った。
「その納天姫祭はどんなことするの? クォーツが何かするって」
クォーツは視線を下に落とした。
「うん。天姫である私は、神様に命を捧げるの」
「えっ、それって」
ほとりは耳を疑った。自分の声が反響した。
「食べられて死ぬの」
「死ぬ……」
「でも、そうしないと、たくさんの水を流し込むことができないから。
テクリート様に水にもらい、出来上がったベレノスの光を地上に届けてもらうため、千泊ごとに行われているの。
今回は、蝶人の中から私が天姫として選ばれた」
「せんぱく?」
「なんて言えばいいのかな。一泊を千回繰り返して」
ほとりはすぐに日数だとわかった。地底では、一日を泊で表した。
「確か光帝は、二泊後に納天姫祭って言ってたから」
「そう。あと二回寝たらね。でも、翌泊は準備で、翌泊の始まりで家族ともお別れになる」
ほとりは、胸が締めつけられるように痛くなった。
「そうだ。このままうちに来なよ。天姫のお祝いを家族がしてくる。それに、もっと地上の話を聞きたい」
立ち上がったクォーツにほとりは、両肩に手を置かれて、目をのぞき込まれた。
「でも、家族と大事な時間なのに私がいたら……」
「そんなことないよ。納天姫祭の直前に、地上の蝶人と出会えるなんて、奇跡だよ。
地上に行けるのが一番いいけど、地上を知っているほとりから本当の話が聞けて、私は満足」
「クォーツ……わかった」
「やった――最初から気になってたんだけど、これ、何? ずっと光ってるけど」
ほとりの肩にかけている物をクォーツが指差した。
ほとりは水筒を手に取った。布のケースから抜くと、ガラス瓶全体が納屋で発見した時と同じように光っていた。
4-4.ガラス瓶の光