一文物語365 2017年3月集
一文物語
1
最近、神様に願い事が届いていないと思ったら、神が何人か集って憧れの戦隊ヒーローゴットを結成したらしいが、誰がレッドになるかで宗派の争いが起きていた。
2
最近、神様に願い事が届いていないと思ったら、神が猫と戯れるのに忙しくしていたので、マタタビを焚いて猫をおびき寄せたら、戯れるのに忙しくなり、願い事などどうでもよくなった。
3
新月の晩、棚に飾り置いといた貝殻が、突然、海が恋しくなってしまったのか、貝が泣くように記憶された海の音が部屋中に響き始めた。
4
ボールにパカリと卵を割ると、生たまご、またパカリと生たまご、生たまご、生たまご、生たまご、生たまご、生たまご、生たまご、生ひよどり。
5
おかえりなさい、と帰宅のたびに声をかけてもらってほっとする気持ちすら芽生え、家に帰れることが嬉しさも湧いてきたが、自分の他に誰も住んではいない。
6
虹のように涙を流す彼女と別れてから初めて迎えた夕立ちの時期に、一度も虹がかかることはなく、雲の向こうで悲しんではいないのだろうと、彼は傘を閉じた。
7
遠くでしていた夜中の工事の音が、明け方になると近づいていて、外を見ると、目の前にまで星の解体が迫っており、すでに半球ほどなくなってそこには宇宙が広がっていた。
8
ひたすら上へと伸び続けるはしごが、沼に沈んでいくので、彼はただ必死に登り続けている。
9
魂を返せと、突如よみがえった船乗りを名乗る骸骨に追いかけられているロック歌手は、前世が海男か、など思えば、魂は海賊、という歌が思いつき、その新曲披露コンサートを兼ねて、船乗りの船が沈んだ近くの小さな島を貸し切って、鎮魂フェスを裏テーマに盛大なライブが開催された。
10
人間が疎ましく思っている毎朝の鳴り止まない目覚まし時計を、妖怪が親切心で止め回っているが、感謝されたことは一度もなく、見えないから仕方ないと思っている。
11
ウィルスにかかったのか、データが笑いはじめた。
12
太古の昔にこの銀河は宇宙ヘビに丸飲みされ、ゆっくり溶かされながら、宇宙だと思われている胃袋の中を進んでいる。
13
毎朝の通学路の、同じ時間の、同じ場所で、凛とした彼女に恋をした彼は、真横を通り過ぎたときにマッチをこすったように燃え上がった火で全身を包み込まれ、重症の火傷で病院に運ばれた。
14
ゴムのように思いっきり舌を引っ張って、勢いよく戻すと、体内情報の更新、魂の洗浄化が行われて生まれ変われると噂が広まり、各地で舌が引きちぎれる事案が多数発生している。
15
ガラスの板面に軽く触れるたび、どこかで銃弾が一発ずつ放たれている。
16
まったく読まれない本が自分に存在価値はないと悟り、木に戻ろうとして芽を生やした。
17
スースーする部屋の隅にすきま風の穴が空いていたので、彼は穴をふさごうと思ったら、なにやら賑やかな声が聞こえてきて、中を覗こうと顔を近づけていくと、勢いよく吸い込まれてしまい、その物件に住んだものは、相次いで忽然と姿を消している。
18
眠れないときに見る夢は、いつも羊を追いかけまわして毛を刈る夢で、肌寒さを覚えて浅い夢から目を覚ます午前四時。
19
戦いを終えた騎士が甲冑を脱ぐと、士気を高めるため全身に掘った妻や娘たちに捧げる愛の言葉が全て消えていて、安寧の時が訪れたのだと思い、最愛の者たちが待つ里へ帰ると、愛おしき名前は石に掘られていた。
20
冷え切った体の彼女は、目の前に飛び込んできた飲料自販機に並んだたっぷりお餅入りのおしるこ缶を勢いで買い、小口からのぞくぎゅうぎゅうに詰め込まれた餅に息をつまらせ、仕方なくぬくもりだけを味わうように缶を握りしめた。
21
ダイイングメッセージを残す寸前で息絶えた男の魂は、湯けむりでくもった風呂の鏡に文字を浮かび上がらせるが、鏡文字で読むことができず、終いには必死の形相で自分が写り込んで、気味悪がられてしまっていた。
22
貴族の屋敷で飼われている高貴で上品なネコが、何かの拍子で揺れたシャンデリアに目を奪われ、目をギラリと輝かせて必死に戯れて、満足し、シャンデリアは無惨に壊されたままつる下がっていた。
23
世界で類をみない力の吸引機を山に設置して、スギ花粉を飛散させないよう試みられたが、木々が根こそぎ引き抜かれるほどの吸引力で、一瞬で詰まってしまい、何の対策にもならなかった。
24
アイデアマンになりたいその男は、たくさん引き出しのついた机を買い、いつもでもアイデアを入れられるようにと、引き出しは常に空にしてあった。
25
相手をみちづれにすることは、自分の身を削ることと等しく、それでも自分の役目を最後まで果たし、姿形を消してしまった消しゴム。
26
紙飛行機で海を渡ろうとしていた夢を踏み潰そうとする心無い言葉にめげることなく、彼は、繊細な手つきでかつ大胆に紙飛行機を折り直して、月へと渡っていった。
27
じゃんけん愉快な日が施行され、物を買うにも、あらゆるサービスを受けるにも勝つことが前提とされ、通行人でさえも正面から向かってきた相手に勝たないと前に進めず、負けたら反対方向へ向かわなければならないが、海岸に立ち並ぶ人が続出して進みあぐねている。
28
意を決して、新品種のサボテンいちごを食べたら、果肉の色なのか口の中が赤く染まる。
29
ノアの方舟に乗船拒否された。
30
彼は、夜の裏窓から見える多面に並ぶ窓の中で住まう千差万別の生活人を羨むように、ただ温かいだけの弁当を食べるのが唯一の楽しみであった。
31
街中にいても、静かな部屋にいても、海を眺めていても、どこにいても、視覚野から逆走してくるフィジカルメンテナンスのアラートメッセージが、視界の隅に表示されてから長く、今は白い天井しか見つめていない。
一文物語 商品情報
2017年3月の一文物語は、手製本「飛」に収録されています。